「好きです。跡部君。付き合ってください。」
そんな。
俺にむかって繰り返される言葉に
毎日聞くようになった言葉に
俺は慣れてしまった。
慣れるようなものでは、ない気がしていたのに。
声だけが変わる、同じ言葉の林立に
価値など、見い出せるわけもなかった。
『未完成な時計7』
「ー!!おはよー!!」
「え?」
「・・・・・・・はぁ。学習しろよ、ジロー。」
冬の寒空。
朝の部活が終わり、体温があがったままの体。
コートから校舎に向かう途中だった。
白い息吐き出して、こちらにかけよってくる金髪が一名。
3・・・・・
2・・・・・
1・・・・・
「ー!!」
「きゃっ・・・」
<ぐいっ>
を俺のほうに引き寄せ、俺の腕の中に納める。
に飛びつこうとして、目標物を失い、見事によろめいた金髪。
「だからに触るんじゃねぇって言ってんだろ、ジロー。俺のだ。」
「ひどいC−・・・・跡部ー!!」
俺がジローを睨めば、ジローはかすかに目を潤ませる。
・ ・・・・泣きまねなんてするんじゃねえよ。
はいきなりのことに驚いているのか、俺に抱かれたまま動かない。
ジローの姿を確認すると、そっと俺の胸を押して、俺から離れる。
咄嗟に、俺はの手を握ると、が俺の手を握り返してきた。
「おっおはよう、芥川くん。」
「ー!今日もかわEー!!」
「触るんじゃねぇぞ。」
「うっ・・・・・・・」
またに飛びつこうとしたジローが伸ばした手を下ろし、肩を落とす。
が苦笑する横顔。
寒さに白い息が昇る。
「・・・なんか、めずらCー・・・・」
「あん?」
「何が?芥川君。」
俺とを見て、きょとんとした表情のジロー。
俺とはそんなジローを見る。
「2人が手繋いでるの、俺初めて見たC−。」
「「・・・・・・・・」」
「俺フラれた気分ー・・・・。」
ジローが再び肩を落とす。
その落ち込みに、だから俺のだって言ってんじゃねえか、と今一度言おうとしたがやめる。
が俺を見上げていたのに気付いたからだ。
ジローに指摘されても手を離そうとはしない。
俺はと目を合わせると、がふっと微笑んだ。
「・・・・今日は、寒いから。」
「・・・そうだな。」
白い息が昇り、目を合わせたまま声にする。
手を繋いだまま、口角をあげて微笑み。
寒いから。
それが手を繋ぐ理由。
そんな俺とを見て、ジローが再び肩を落とした。
昨日、初めて交わしたキス。
唇を離せば、ただただ見詰め合うだけの時間。
初めて、普通の会話というものをした気がする。
今までは、俺はお前を落とすための言葉選び。
お前は俺を落とすための言葉遊び。
「・・・景吾って顔はいいけど性格悪いよね。俺様。」
「あん?バーカ。俺が俺だから誰もが俺についてくるんだろう?」
「・・・・・ふーん。」
「だってそうだろ?顔はいいが人嫌い。」
「言い方がよくないんじゃない?嫌いなんじゃなくて不審なだけ。」
「・・・・・・へぇ。」
けなしているのか。ほめているのか。
ただの探りあいか。本当に相手を知ろうとしているのか。
俺の首に腕を回したままの。
俺はの背中に手をまわしていた。
見つめあい、沈黙が生まれれば交わしたキス。
これは、ゲームのうちなのか。
(・・・誰にも。)
「・・・・・ねえ、景吾。」
「あ?」
「景吾って苦手なものあるの?」
「・・・・あるように見えるか?」
しばらく俺の目を見るに俺は口角をあげたまま。
「ありそう。」
「・・・ねえよ。」
「本当に?」
「ああ。」
一瞬何もかも見透かされた気がして、
俺は少しだけあせった。
・ ・・・本当はある。苦手なもの。
「・・・見つけてやる。」
「くくっ・・・できるのか?」
「できないとでも?」
・ ・・声にはしなかった。
できないなんて、言いきれなくて。
ごまかすためのキスをする。
長い時間、見つめあい、長い時間、話した気がした。
の笑顔は変わらず端整で、作り物だったが。
それでもその笑顔を見る度に、俺は思っていた。
(・・・・・誰にも。)
いつか、心からお前が笑ったとき。
それを。
(見せたくない。)
俺以外。誰にも。
苦手なものがある。
欠落しかけたその感情。
慣れてしまった言葉に、こめられているはずの想い。
価値など見い出せないそれ。
気取るな。
(・・・今更、気取るな。)
へのこの想いは単なる独占欲。
誰のものにもならないものだから。
簡単に手にはいらないとわかっているお前だから。
だから、他の誰のものにもさせはしない。
絶対俺のものにしてやる。
落としてやる。
ゲームの再開。
俺は負けない。
今更、気取ることなどできないのだから。
価値など、見い出せない。
気取るな。
お前をものにする。それだけだ。
気取るな。
欠落しかけの感情。慣れてしまった言葉。
今更、気取るな。
愛してるなどと。
「景吾?」
「・・・・あん?」
「パスタ、冷めるよ?」
昼時の学食。
と向かい合う俺。
人目を引くのは、俺もも。
騒がしい学食の視線は俺たちにあるが、誰も寄せ付けないのは、
やはりこの2人だからか。
遠くの席は窮屈そうに埋まっているのに、近くの席はまばらに空いていた。
「・・・・・・・・・・・・・・」
気に入らなかった。
「・・・景吾?」
「・・・・さっさと食えよ、。」
「え?」
「場所変えるぞ。」
を急かして、早々と学食を後にしようとする。
・ ・・・・気に入らなかった。
に、向けられる視線が。
時間がないのに。
お前はまだ俺のものにならない。
の手を引く。
残った昼休み。生徒会室までくると、役員の何人かが生徒会室で昼食を取っていた。
「悪いがあけてくれ。」
「あっはい・・・・。」
「・・・景吾?」
生徒会室のドアを開けると、廊下の少し寒い空気に、暖房で暖められた空気が流れ込んだ。
俺が声をかけると、さきほどまでいた生徒会役員は昼食をもって生徒会室を後にする。
が俺を不思議そうに見ていた。
それはそうだ。
の手を引いて、足早に廊下を歩いてきた俺は、何度が俺を呼んでも、
答えることはしなかった。
「・・・・・・・・・・・・・」
<どんっ>
「っ・・・・・?!」
の手を引いて生徒会室に入り、ドアを閉めると
生徒会室の入り口近くの壁にを押し付けた。
「景吾っ・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
手は、繋いだままだった。
俺が顔を近づければ、が瞼を伏せる。
・・・・本当を。
が、教えてくれたから。
「・・・・・・・・・・・・・。」
小さく短いキスを贈る。
の額に。
静かで幼稚なキスを贈る。
「俺が好きになったか?」
寒いから手を繋ぐ。
ゲームが続くから、に触れる。
本当を知ったから。
本当を、お前が話したから。
その笑顔。取り戻してやりたくなって。
強まる独占欲。
俺の目はまっすぐにをとらえ。
は、俺を見つめ返す。
たどたどしく、動く唇。
「・・・好きじゃない。景吾なんか。」
いつものように不敵に微笑み
の視線は、真っ直ぐに俺を貫いた。
俺は、負けない。
このゲームに。
生まれるのは独占欲。
聞きなれたその言葉に、価値など見い出せない。
欠落しかけのその感情。
慣れるものではない気がするのに。
「・・・・そうかよ」
「・・・・景吾は?」
「・・・・・・・・・」
「あたしのこと、好きになった?」
苦手なんだよ。
「・・・・・・・・・・バーカ。」
そんな、慣れてしまうような感情。
「好きじゃねぇよ、お前なんか。」
手を繋ぐ理由が、寒いからなら。
唇を重ねる理由はなんだ。
心にうずき、あふれかける。
零れ落ちる前に胸にとどめ。
でてきそうになる言葉は、キスで閉じ込める。
生徒会室から見えた空には、
冬の訪れを知らしめようとする厚い雲がかかる。
「・・・・・・景吾。」
欠落しかけのこの感情。
欠落しきれないこの感情。
お前が俺を呼ぶ声に、キスで応え。
手を繋ぐ理由が、寒いからなら。
唇を重ねる理由はなんだ。
心にうずき、あふれかける。
零れ落ちる前に胸にとどめ。
でてきそうになる言葉は、キスで閉じ込める。
気取るな。
愛してるなどと。
言えるか。
好きだなんて。
慣れていたはずの言葉は、胸の内で声にすれば
やけに胸を締め付け。
独占欲と言う名で覆い隠し、自分を守る。
声にしないように、に口付けることで喉を乾かした。
言えるか。
好きだなんて。
寒いから手を繋ぐ。
ゲームが続くから、に触れる。
ゲームが続くから。お前との距離は、何よりも誰よりも近い。
言えるか。
(・・・・・好きだなんて)
ゲームが、終わっちまうだろう?
end.