「・・・どうしよう、宍戸。ラブラブ過ぎて近寄れへん」
「監督からの伝言だろ?伝えてこいよ。」
「宍戸が行けや。」
「・・・バーカ。入れるか。あの中に。」
『未完成な時計8』
気付いていた。
俺もも。
「・・・・・・。どうした?」
「・・・別に。・・・・なんでもない。」
最後の授業に入る前の休み時間。
いつもなら大きめの窓から光が差し込んでいる、日溜りの廊下は
今日は全体的に薄暗く、そんな窓の外を、がぼんやり眺めていた。
俺は授業が終わると、の教室に向かった。
俺が教室に顔をだせば、すぐに俺のところに向かってきた。
2人して廊下にでて、お互いの手に触れていた。
何も、とくにといって話はしない。
握るのではなく、ただ重ねた手。
俺もが見る窓の外に目をやった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
気付いていた。
昼休みの生徒会室で見た空は、鉛色を重くさせ、
寒さだけを感覚に刻む。
「・・・・。」
「・・・ん・・・・・」
廊下にどれだけの生徒がいたのか。
そんなこと、知ったことではなかった。
俺が名前を呼べば、は俺のほうを見る。
頬を両手で包めば、素直には瞼を伏せる。
そっと触れる唇。
優しさを覚えるのは、なぜなのか。
「・・・・ね、景吾。」
「あん?」
俺の両手はの頬を包んだまま。
「・・・・・景吾も負けず嫌いだよね。」
唇が離れ、真剣な目で見詰め合えば、
はふと微笑んで。
そう俺に問いかける。
俺はの突然の問いに一瞬目を見開くが、
次の瞬間。ただ微笑んだ。
「・・・・お前もだろ?」
が笑顔のままでいる。
もう一度だけその唇に近づこうとした。
目の端に、鉛色の空。
(・・・・・・気付いてる。俺もお前も。)
お互いが負けず嫌いなことも。
お互いが、自分が負ける気はないことも。
それから、もう一つ。
「・・・なあ、跡部。お取り込み中悪いんやけどな。」
「「・・・・・・・・・・・・・・」」
「・・・・・2人して睨むなや。俺だって話しかけたなかったわ。」
俺との近づこうとしていた顔は一気に離れた。
俺はの頬から手を離すと、俺に話しかけてきた忍足のほうに体を向ける。
「なんだよ。」
「監督が今日の放課後の部活はミーティングにする言うてたわ。」
「・・・・・・・・・・・・」
「ほら今日は天気悪いやろ?天気予報でも降るって言うてるらしいで。」
「・・・・・・・部室集合だろ?」
「他のレギュラーはもう知ってるで。」
俺は窓の外を、見る。
「・・・・・・・・わかった。」
傍にいたが俺の手に触れた。
指先だけをそっと。
俺はを見ない。いまだ窓の外の厚い雲を目に映す。
の手を握る。
<キーンコーン・・・・・・・>
授業の予鈴。
次が今日最後の授業だ。
「じゃあな、。」
「・・・・うん。またね、景吾。」
繋いでいた手がゆっくりと離れていく。
優しさを覚えるのはなぜなのか。
お互いの顔を見ることなく、自分たちの教室へ戻っていく2人なのに。
(・・・・・・なんだろうな。寒いのに。)
やけに。
手が温かい。
授業中の教師の話は流すだけ。
曇る窓ガラス。
かすかに見える窓の外。
きっと、見ている。
お前も。俺と同じように。
気付いている。
お互いに。
俺たちは似ているから。
「教室で待ってろ。迎えに来てやるよ。」
「待っててあげる。」
「・・・・・なんで空気は甘いのに。あんなに言い方にとげがあんのやろ。」
放課後。部活に向かう前にの教室に行く。
が座る席に手をついて、
お互いにいつもの不敵な笑みを浮かべる。
忍足が教室の外に出て、廊下で俺を待っているようだった。
教室にはまだまばらに生徒がいるが、関係なかった。
「・・・・・じゃあな。」
しばらく目をあわせて。
俺がの机から離れる。
は俺に不敵に笑んだままだった。
「・・・・・・・・・景吾!」
突然、俺の背中にが呼びかける。
は自分の席を立ち上がり。
俺はそんなに振り返る。
は、自分でも、いきなり俺の名前を口にしたことにとまどっているようだった。
「・・・・どうした?」
「・・・別・・に・・・・」
教室にいる生徒はみんな静かだった。
俺との動向が気になるのか。
微動だにしない。
が俺から視線をそらしたのとほぼ同時に、俺はに歩み寄る。
「寂しがるなよ。すぐに終わる。」
の顎をもちあげて、そのまま贈るキス。
女子の悲鳴があがるが。
俺はに笑うだけ。
は、呆然と俺を見つめていたが、すぐにいつものように不敵に笑った。
「・・・俺様。」
「くくっ・・・いい子にしてろよ。」
教室から出て行くとき、振り向いた。
俺を見ていたと目が合う。
そのまま視線を、厚い雲がかかる窓の外へとおくった。
「跡部?もう時間やで。」
「・・・・わかってる。」
軽く瞼を伏せると、忍足と共に部室へ向かう。
暖められた校舎内。
そこからでれば、外の寒さは一気に体を締め付けた。
「おせぇよ、侑士ー!」
「堪忍岳人。跡部がなかなかと離れようとせえへんから。」
「お似合いですよね、お2人。」
「俺、のこと好きなのになー・・・」
「激ダサだな、ジロー。」
「ひどいCー。笑わないでよ、宍戸。」
部室にはもうレギュラーがそろっていた。
部室のドアをしめ、それぞれの席につく忍足と俺。
「・・・・・・・・・・」
「なんだよ、跡部。元気ねぇな。」
「・・・・・あん?そんなわけねぇだろ?宍戸。」
「そうそう。跡部幸せいっぱいだもんねー!!」
「あかん。ジローがいじけ始めたで。」
暖められた部室内。
明るい声で話ははずみ。榊監督が姿を見せれば、すぐにでも始まるミーティング。
(・・・・・・・・・・・・・・)
部室のすりガラスの窓からでは外は確認できなかった。
空の様子は見えなかった。
俺もも、気付いている。
「俺が好きになったか?」
なぜ俺がそう聞いたか。
あれは俺たちが共通の考えを持つ口火を切った。
このゲームに、終わりはないのだと知った。
負けず嫌いの俺たちが負けを認めることはない。
けれど。
時計の針は進み、知らせる。
このゲームを始めるときの最初の取り決め。
・ ・・・・まだ。
(・・・・・まだ。)
俺は、空の見えない部室のすりガラスを見つめた。
「うわの空、やったな。お前らしくない。」
「あん?」
「・・・のことでも考えてたん?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「睨まんでええやん。本当のことなら。」
忍足にからかうように笑われるのが気に入らない。
部室のドアノブに手をかけ、部室を後にしようとする俺に忍足が声をかけてきた。
他のレギュラーは早々に帰り、俺は部誌を書き終える。
忍足だけがなぜか部室のソファーに座ったまま、何か本を読んで帰ろうとしなかった。
忍足は笑みを浮かべたまま話を続けた。
「結構クラスメイトとしてのこと心配してたんや。」
「・・・・・・・・・」
「跡部と付き合うようになったって聞いて、絶対2人は合わんと思っとったらそうでもなかったんやな。」
「・・・・お前はそれが言いたくて残ってたのかよ。」
「ん?最後まで言うてへんで。最近が優しい表情するからお前が相手でよかったんやなぁって思ったんや。」
「・・・・・最後か?」
「もう一つ。」
忍足が勝手に部室のドアを開けた。
俺に促すように。
「幸せにしたれや。」
「・・・・・・・・うるせえよ、へたれが。」
「最後まで言うたで?」
「今日はお前が戸締りしろよ。」
「はいはい。」
忍足が開けたドアから、俺は外にでる。
後ろで、部室のドアが閉まる音がした。
「・・・・・・・・・・」
予想に反してなのか。
願いどおりなのか。
外の景色は、変わらず。
曇り空だけが重く、空から落ちてきそうな鉛色をしていた。
白い息を吐き出し。
(・・・・・・・・・まだ。)
なんとなくだが、忍足の言葉が思い出され。
‘幸せにしたれや’
「・・・・・・・・・うるせぇよ。へたれ。」
「・・・・・誰がうるさいの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ゆっくりと。
別段、どこを見つめていたわけでもない視線は、
声がしたほうを向いた。
白い息を吐き出して。
「・・・・教室で待ってろって言ったろ?」
「待ちくたびれたんだよ。景吾、遅いから。」
が、笑いながら、コートを囲むコンクリートの階段に立っていた。
・ ・・・・・・なにもかもが。
白い息も。
さらさらと揺れる髪も、白い肌も、深い瞳も、声も、言葉も。
寒さに震えるその手も、肩も。
なにもかもが。
愛しかった。
衝動的に正規の出口ではなく、コートを囲む塀を飛び越えて、
の元に向かった。
すぐさま引き寄せて、両手での頬を包む。
「・・・・ん・・・」
あわせた唇。
薄く開いた目の端に映る雲行き。
(・・・・・・・まだ。)
まだ、降るな。
寒いのに、温かい。
優しさを覚えるのはなぜなのか。
「景っ・・・・」
「・・・歩いて、帰るか。」
「・・・え?」
「前に言ったろ?」
離れた唇。
触れたままの頬。
吐き出す白い息。
「歩いたほうが、一緒にいる時間が長くなる」
まだ。
・ ・・まだ、降るな。
刻むな、時間。
もう少しでいい。
といる時間を延ばせ。
「・・・・景吾」
「・・・・・・・・・・」
の手をひいて校門に向かう。
俺が先を歩き、が俺の後ろを歩いた。
気付いている。
俺もも。
「・・景吾・・・・・」
空を、見るな。
仰ぐな。
何もかもが、愛しくて。
鉛色の空を、俺は見てしまう。
・・・まだ、
(降るなよ。)
「・・・・・・・・。」
校門の手前で足を止める。
振り返り、お前の頬を両手で包み、見つめ。
時間が、ない。
お互いの白い息。
気付いている。気付いている。
何もかも。
知っている。お互いのことなら。
「・・・・・・・・・・」
「・・・景吾・・・・・・・・・」
これが、最後だ。
(・・・・・・・・なんでだろうな、寒いのに。)
やけに、温かい。
優しさを覚えるのはなぜ。
なにもかもが愛しいのはなぜ。
近づく唇。
お前に触れていたいのはなぜ。
お前のことを考えてしまうのはなぜ。
が伏せた瞼。
時が憎いのはなぜ。
なぜ俺は。
を望む。
答えは、俺が知っている。
答えは、が知っている。
もし、どちらかが、あと少しでいいから素直だったら。
そしたら、キスなどでごまかさなくても。
相手任せになどしなくても。
このゲームが、終われたのに。
静かな静かな空間で。
俺と以外誰もいない場所で。
2人の距離は、近づき。
唇が、触れかける。
突然触れたのは、冷たい感触。
俺の唇で溶けていく。
触れる前に、離れた顔。
「景っ・・・・」
「・・・・・・・・・時間切れだ、。」
俺との間に、
白い羽が舞い降りる。
冷たき、冬の訪れ。
「・・・ゆ・・・き・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
ゲームを始めるときの最初の取り決め。
俺たちが決めた制限時間。
「・・・・ゲームオーバーだ。」
名残惜しそうに、の頬から手を離した。
は目を見開いて俺を見つめ。
俺はから離れた。
次第に、雪は多く降り始める。
空から遅く舞ってきては、俺に触れて消えていく。
(・・・・・すぐに消えてしまうくらいなら。)
もう少しだけ、待ってくれればよかった。
に背を向け、歩きだす。
ケータイを取り出し、家の車を呼ぶ。
深深と降る雪の中、もう一度だけ振り返る。
「・・・・・・じゃあな、。」
しばらく目が合えば、が微笑んだ。
「・・・・引き分け、ね。」
「・・・・・・・・・」
ゲームが、終わりを告げる。
もう、を見ようとはしなかった。
校門を出た俺は歩き出す。
自分の家から車が来るだろう道に沿って。
雪は、降り続け。
帰り道の途中、俺に気付いた家の運転手は俺を車に乗せた。
「景吾様、待っていてくださればいいものを。」
「・・・・・・・・・・」
「ひどい雪ですね。明日には積もるかもしれません。」
「・・・・・ああ。」
曇った窓を力なく手で拭いた。
窓の外で、雪一つひとつが大きさを変えていた。
「・・・・・・・・酷い雪だ。」
これはゲーム。
はまったほうが、負け。
俺は自室で、ずっと窓の外を見ていた。
降り積もる雪を見ていた。
瞼を伏せれば、が浮かんだ。
「俺の負けだよ。・・・・・。」
end.