〈ガシャッガタッガタガタッドサッ〉
「「・・・・・」」
階段の一番上から踊り場まで
一気に落ち行く教科書、ノート、丸井のカバン
「・・・お前さん何しとう?」
「いやっ・・・手ぇすべった」
チャックが開いていたカバンの中味は外へと飛び出し。
「やべぇ携帯大丈夫かよ」
「・・・電子辞書もやばくなか?」
丸井が見事に中を舞い落ちていった携帯を拾いあげ
俺は落ちていった丸井の電子辞書を拾い上げた。
「・・・・・」
「・・・仁王?」
落ちた衝撃でいくつかボタンが押され検索されてしまったのか
開かれた丸井の電子辞書に表記されていた言葉に
俺は思わず、喉をならして笑った。
『涙法師』
問題:本のひしめきあう静かな空間。
さぁ、ここはどこでしょう。
ANSWER:
「・・・・こら。」
図書館。
「え?あれ?雅治?・・・あれ?」
入口から入って一番奥の机とイス
そこにいた後ろ姿の頭を
俺はこつんと
まるでドアをノックするかのように軽く叩いた。
「、また泣いとう?」
「だってこの小説がね!」
「はいはい」
は手元に開かれたままの本をぱたんと閉じた。
の隣の席を引いて座る俺。
俺はの顔へと手を伸ばし、
親指でそっと、の涙に濡れる目元を拭う。
は俺の顔を見つめ俺と目を合わせると
俺に笑う。
頬を赤らめて
ほんの少しの涙を目に携えて。
それを見た俺はに笑い返す。
は、
泣き虫だ。
「で?いつからここにいたと?」
「昼休みだよ。・・・・あれ?今って?」
「放課後の部活終了。」
「・・・・え?!」
俺はイスから立ち上がるとを見下ろす。
は俺を見上げ。
困惑の色を目に浮かべる。
「別によかよ。彼女が練習見にきてくれんでも俺はへこむような奴じゃなか」
「・・・・・」
「たとえが本に気を取られてて俺のことを忘れてたとしても俺は平気じゃ」
「・・・雅治」
は、
泣き虫だ。
「嘘じゃ、。帰ろ。迎えに来たとよ」
俺の言葉に涙目になったの顔を覗き込む。
俺はふっとさっきまでとは違って口角をあげて笑ってみせる。
はきょとんとした表情を見せると
その目からまっすぐ涙が流れた。
俺は手を伸ばしての頬に触れ
親指での目元の涙を拭った。
「っ・・・もう!雅治!!」
「は泣き虫じゃ」
少しの涙を目に携えた彼女の手をひいて
図書館のイスから立ち上がらせる。
はまたきょとんとした表情をして俺を見る。
俺と目を合わせると
は、俺に笑った。
例えば丸井ブン太ってどんな奴?って聞かれたとする。
そしたら俺は食いしん坊と答えるだろう。
はどんな奴?そう聞かれたら
俺はすぐに答える。
泣き虫。
「・・・?どうした?」
「ごめん・・・さっき読んでた本思い出した」
「・・・思い出し泣き?」
夕日が真っ赤だった。
少しの風と少しの寒さと
そんな秋の始まりの夏の日だった。
そんなと辿る帰り道だった。
「ほら、こっち向きんしゃい」
かすかに笑いながら俺の手がの涙を拭う。
は俺を見ると笑い、
小さく照れながらありがとうと言った。
俺はその表情にを抱きしめる。
愛しくて抱きしめる。
は泣き虫だ。
一緒に映画を見ては泣いて。
読んだ本に泣かされて。
初めてキスしたときも泣いた。
初めて抱きしめたときも泣いた。
今も、
から俺が体を離すと泣いていた。
笑って、
照れながら涙目で、笑って。
そうして俺はの涙を拭う。
俺の手での涙を拭う。
「今日な、丸井が荷物を階段にぶちまけたんじゃ。」
「丸井くん?」
「手が滑ったんじゃって。」
向かい合ったままの俺と。
の頬が赤いのは
夕日のせいだろうか。
「丸井の電子辞書も落ちてそれを俺が拾いあげたら勝手に言葉が検索されとった。」
「なんて?」
俺はの顔を見つる。
落ちた衝撃でいくつかボタンが押され検索されてしまったのか
開かれた丸井の電子辞書に表記されていた言葉に
俺は思わず、喉をならして笑った。
なぜならその言葉は。
その、言葉は・・・。
<キキーッ・・・・・!!>
「(!)」
「雅治っ・・・・」
「バカっ・・・・・っ・・・・・!!」
突然のことだった。
俺とに向かって突っ込んで来た車。
広くはない人通りの少ない路地にもかかわらず
無理やり曲がろうとしたためだった。
「雅治っ・・・!!嘘?!嫌っ・・・・」
「・・・・・・・・無事?・・・・」
「っ・・・・うん!うん!大丈夫だよ!待ってて、今救急車来るよ!」
が
俺をかばおうとした。
突っ込んできた車に俺を道の端へと押し、
けれど車に気付いた俺がをかばって車の前にとびこんだ。
俺の目に映るのは
赤だった。
(・・・・これは・・・ヤバイかもしれん・・・)
自分の血なんだろうが実感などない。
ただ俺の横たえる道路に広がって侵食していく赤が目に入り。
感じているものが痛みなのかもよく分からず。
「雅治っ・・・・雅治しっかりして!ごめんなさっ・・・・」
俺の目に映るのはだった。
瞳いっぱいに涙をためただった。
泣き虫。
(謝ることじゃなか)
俺は笑った。
に精一杯、心配するなと、
笑ったつもりだった。
「雅治!!」
手放した意識。
あの電子辞書の文字が頭でリピートしていた。
一緒に映画を見ては泣いて。
読んだ本に泣かされて。
初めてキスしたときも泣いた。
初めて抱きしめたときも泣いた。
泣き虫。
でも。
どんなに泣いてもよかったんだ。
どんなに泣いても、俺が拭ってやるから。
泣いても、よかったんだ。
俺が側にいてやるから。
俺が涙を拭えば、
は笑うから。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・?」
「っ・・・・・雅治!!」
ゆっくりと開かれた重い瞼。
ふと視線をずらせば、すぐそこにはがいた。
が俺の手を握っている。
そこに涙を落としているのが
雫の感触でわかり。
寝かされている俺。
見渡せば白い部屋。
・ ・・ここは。
「・・・・・・病院?」
・・・・・・・・・・・そうか。
そうか、俺は。
「・・・そんで?はまた泣いとるの?」
「雅治っ・・・・起きないかと思っ・・・・・・」
「・・・起きたとよ。ちゃんとここにいる。」
そうか、俺は。
もうすぐ死ぬ。
漠然とした確信は本能と言う奴が教えるものなのか。
はっきりとわかるのは
が俺の目の前で泣いていること。
「・・・・・・」
の涙を拭おうとした手が上がらない。
は俺の手を握り締めたままそこに顔をうずめて
俺を見ようともせず、
顔をあげようともしなかった。
「・・・・・・・・」
「っ・・・・ぐすっ・・・」
も、知っとるのか。
もうじき会えなくなること。
泣いてる。
が、泣いてる。
「・・・・・・丸井が荷物階段にぶちまけたんじゃ。」
「・・・・・・」
「手が滑ったんじゃって。」
「・・・・・・・聞いたよ?」
「・・・。、俺起きてるとよ。・・・・顔上げて?」
俺の手は涙に濡れる。
お前さんの涙に濡れる。
ごめん。
ごめん、。
手が上がらないから
いつもみたいに、拭ってやれない。
は泣きながら俺の顔を見た。
俺はそんなに笑いかけ。
「丸井の電子辞書も落ちてそれを俺が拾いあげたら勝手に言葉が検索されとった。」
「・・・それも、聞いたよ?・・・なんて?」
泣き虫。
泣かんで。
拭ってやれないから。
笑わせてやることができないから。
「・・・‘涙法師’。・・・泣き虫のことなんじゃって。」
「っ・・・・・・・」
「すぐにのことだと思ったとよ。すぐにを想ったとよ」
いつもより声がかすれてる。
、。
ちゃんと届いてる?
聞こえてる?
の目から涙があふれて止まらない。
次から次からは懸命にそれを拭うが、
は泣いていた。
俺の体は動かない。
手が上がることもなければ
が俺の手を握ってくれる手を握り返す力もない。
ただ、
声だけはまだでるから。
「・・・・・・よく泣くな」
「まさはっ・・・・」
「本当に、よく泣く。」
「雅治がっ・・・・・泣かせてるんだよ?」
。
泣き虫。
泣き止んで。
俺の涙法師。
もう、俺は拭ってやれないから。
「・・・・何をそんなに泣く必要がある?」
「・・・っ・・・いなくなっちゃやだっ・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
「いなくならないで・・・・雅治っ・・・・やだっ・・・いなくならなっ・・・」
抱きしめてやりたい。
俺はいなくならないと
抱きしめてやりたい。
拭ってやりたい。
何度泣いても大丈夫だと言ってやりたい。
拭ってやりたい。
どんなに泣いても俺が笑わせてやると。
好きだと、抱きしめてやりたい。
「」
けれど、そんなこと許されない。
泣くことなんてない。
最後の最後まで俺はお前を想っていられるのだから。
最後の最後までが俺を想っているのだから。
「・・・俺ばっかり幸せじゃ。」
「・・・まさはっ・・・・」
「も幸せになって」
「雅治が幸せにしてくれなきゃやだっ・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
俺の手は涙に濡れる。
お前さんの涙に濡れる。
ごめん。
ごめん、。
幸せにはしてあげられない。
俺は泣き虫なに涙しかあげられない。
「ダメじゃ、・・・・」
「なんでっ・・・・なんで?っ・・・・」
「・・・・俺じゃもう、拭ってやれん」
「っ・・・・・・・」
が俺の手を握る。
それに顔をうずめて。
は泣き虫だ。
一緒に映画を見ては泣いて。
読んだ本に泣かされて。
初めてキスしたときも泣いた。
初めて抱きしめたときも泣いた。
泣き虫。
泣き止んで。
俺の、涙法師。
もう、俺は拭ってやれないから。
「。・・・・、顔上げて、こっち見て」
「っ・・・・・」
「」
が首を小さく横に振る。
ただでさえ泣き虫な。
せめて悲しい涙だけは
流してやりたくなかったのに。
(死ぬとわかっていたら・・・・)
死ぬと、
知っていたら
好きだなんて言わなかったのに。
そしたら、
こんなに泣かせなかった。
俺の手は涙に濡れる。
お前さんの涙に濡れる。
もう、拭ってやれない涙に濡れる。
・ ・・・けれど。
ごめん。
ごめんな、。
死ぬとわかっていても
泣かせるだけだと知っていても。
最後だからこそ
最後の最後まで伝えたいんだ。
「・・・・・・好いとう・・・・・。好いとうよ・・・・・、好きじゃ。」
「っ・・・・・・」
「好き。・・・好きじゃ。・・・・・・・大好き。大好きじゃ、。」
言葉よ、拭って。
俺の動かない手の代わりに。
初めて好きと言ったときも
は泣いた。
今は、
俺の目の前がかすんで、
まるで俺が泣いているかのように。
「雅治っ・・・・」
「。・・・・顔あげて?」
「・・・・・・雅治。・・・・・・雅治も泣いてるの?」
この目がかすむのは
やはり涙のせいなのか。
が俺の頬に片手を伸ばす。
俺の手にが触れ、
俺の頬にが触れ。
「・・・・・・・困った」
「え?」
「困ったとよ、。」
どんなに泣いてもよかったんだ。
どんなに泣いても、俺が拭ってやるから。
泣いても、よかったんだ。
俺が側にいてやるから。
俺が涙を拭えば、は笑うから。
「困った」
「何が?雅治。・・・・・何が困ったの?」
「・・・・・・・困ったんじゃ。」
言えない、こんなこと。
俺はの涙を拭えないから。
困った。
困ったとよ。
が俺以外を好きになることが嫌だ。
言えない、こんなこと。
こんな言葉でを縛れない。
願うから。
ただただ願うから。
「っ・・・・・・・」
動かなかったはずの手。
が驚いて俺の手と頬から手を離した。
瞳いっぱいに涙をためて。
俺の手があがって、
の頬まで辿りつくと
はぼろぼろと泣き出した。
「泣かんで。・・・・泣かんで、。」
「雅治っ・・・・嫌だよ・・・嫌だよ・・・・」
願うから。
ただただ願うから。
好きだから、
精一杯幸せでいて。
「泣かんで、。お願い。」
俺の声はお前の耳に残る?
俺の姿はお前の目に残る?
俺の想いはお前の心に残る?
邪魔なら捨て去って。
寂しいけれど涙と一緒に流して。
ただただ願うから。
好きだから、
精一杯笑っていて。
泣き虫。
いつだって泣いてばかり。
でも、
俺が拭えばその涙はいつも笑顔に変わるから。
俺の涙法師。
笑って。
最後の最後まで、君の名前を呼ぶよ。
「。」
「・・・・・・雅治」
「(!)」
俺は親指でそっと、の涙に濡れる目元を拭う。
は俺の顔を見つめ俺と目を合わせると
俺に笑う。
頬を赤らめて
ほんの少しの涙を目に携えて。
それを見た俺はに笑い返す。
「」
ごめんと、笑い返す。
「・・・・・・・・・・・・・・雅治?」
最後の最後まで、君の名前を呼ぶよ。
は泣き虫。
一緒に映画を見ては泣いて。
読んだ本に泣かされて。
初めてキスしたときも泣いた。
初めて抱きしめたときも泣いた。
でも、
どんなに泣いてもよかったんだ。
どんなに泣いても、俺が拭ってやるから。
泣いても、よかったんだ。
俺が側にいてやるから。
俺が涙を拭えば、は笑うから。
俺の涙法師。
俺はもうその涙を拭ってやれないけれど
もう重い瞼を開けることはできないけれど
願うことなら
今の俺にだってきっと許される。
泣き虫。
涙法師。
俺の、涙法師。
どうか。
どうか精一杯幸せでいて。
どうか。
どうか精一杯
笑っていて。
End.