・・・・言っておくけど。




好きになったのは、顔だから。














































『夏、僕らはそれを恋と呼んだ。』
















































































































「あー・・・あっつー。」


「・・・・・・・・・」


「暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い・・・・」


「ちょっ・・・!もう暑いって言うな!!余計暑くなるだろぃ!!」


「・・・・じゃあ、寒いならいいの?丸井。」





今朝登校してくると、部活が終わって教室に向かうクラスメイトの丸井と、



校門から少し敷地内に入ったところで出くわした。



そこから2人で並んで教室に向かってる。



夏休みが始まるまであと少しだってのに、照りつける太陽。



増して行く温度。



ちょっ・・・もう本当に、帰ってきて冬。



私、こんな中にいたら溶けるか、焦げるか・・・。



どっちにしろおかしくなる。



少しは温度もましなはずの校舎に早く入りたいけど、夏の暑さが私の速度を遅くする。





「・・・寒い寒い寒い寒い寒い寒い・・・・・・」


「・・・・もう黙っとけぃ。。」


「だからあっついんだってばぁ!!!!」


「わかったわかった!!ってか、わかってる!!ほらっ早く校舎行こうぜぃ。」





太陽の下で焦げそうな私に、丸井は笑った。



そんな丸井の笑顔に、私の心臓が小さく跳ね上がったことは、誰にも言わない。



・・・本当にこいつ、顔がいい。



かわいいというか、かっこいいというか。



しかも、こっちの気分が落ちているときに限って、こう・・・一際明るい笑顔を見せてくる。



まぁ、早く言ってしまえば、丸井の顔は私好みだった。



出会った時から好みだった。



ジャストフィットととでも言おうか。



とにかく、その容姿は、すっぽりとすっかりと私の心にはまった。



いわゆるひとめぼれ。




(・・・・顔にね。顔に。)




入学式、かっこいい人を見つけたと思ったら、同じクラスで。



すごくすごくうれしかったのは、そのときからずっと続いている気持ちなのだと思う。



ぼーっとそんなことを考えながら歩いていたせいか。



昇降口で靴を履き替えようとした私は何かにぼすっとぶつかった。






「って。丸井、なんでいきなり止まって・・・・・」






私の前で立ち止まっていた丸井。



見えた背中に、私は、丸井の視線を追った。



・ ・・ああ。



そういうことか。



私と丸井の目の前、廊下を通り過ぎていくさらさらとした髪をなびかせたすごくかわいい女の子。





「・・・・丸井って面食いっぽいもんね。」


「は?・・・ってか、っ・・・・」


「あたしが気付いてないとでも思ってんの?」





にやっと丸井の顔を覗き込んで笑う私。



だんだん頬を赤らめてくる丸井。



あっそんな顔もするんだ。














「丸井、あの子が好きなんでしょ?」














しかも結構前から。



・ ・・私がそれを、知らないはずはなかった。



私は丸井を試すかのように笑っていると、丸井がふいっとそっぽを向いた。



照れてる。そう思ったから、私の前を歩き出したその背中を少し小走りでついていく。



こっちに振り返ることはないけれど、歩く早さは私に合わせてくれてることがわかる。





「ねっ、告白しないの?」


「・・・・・・・・・・・・」


「まーるーいー」


「・・・・しねぇ。」


「あっ。やっぱり好きなんだ。」


「・・・・・・悪いかよ。」





さらさらとした髪をなびかせたすごくかわいい女の子。



(・・・・・・・・悪くないよ。)



私と丸井とはクラスが違うけれど、よくテニス部の練習を見に来ていた子だ。



名前は知らない。



知りたくもない。





「・・・告白すればいいのに。」


「簡単に言うなよ。」


「大丈夫だって!!丸井、顔だけはいいんだから。」


「・・・・顔だけかよ。」





丸井が、私に振り返った。



振り返って、笑って。



ちょっと照れていた。





。今日お前数学あたってるの覚えてる?」


「・・・・・・は?」


「1時限目だぜぃ?」


「ちょっ・・・・・早く言ってよ!!」


「・・・・・バーカ。」





そう言いやがった丸井に、私は軽くグーパンチで背中を叩いた。



丸井は「いってー」と言ってよろけたが、私はざまぁみろって顔して急いで教室に入って数学のノートを取り出した。



(もっと早く言ってよ、丸井!!)






















































































































































































































私と丸井は仲がいいと思う。



たぶん、私にとってクラスで一番仲のいい男子は丸井だし、



丸井にとってもクラスで一番仲のいい女子は私なんだと思ってる。



からかうのも、からかわれるのも、丸井とだからできるし、



音楽とか、見てるテレビの話とか。



本当に、偶然なんて呼ぶにはもったいないくらい合う。



かっこいいと思っていた人が同じクラスだと知ったとき、



私がそのかっこいいと思っていた人に話しかけたのがきっかけだったわけだけど、



丸井が好きなバイキングとか、丸井に誘われて一緒に行ったこともあった。



丸井は話しやすいし、明るいし、本当に一緒にいると楽しい奴。



でも、私にとっては顔が好みってだけで、別に恋愛対象とか、この3年間そんな風に丸井を見たことはなかった。











あの日。あのときの丸井の横顔を見るまでは。












「丸井ー。」


「ん?珍しいじゃん、がテニス部の練習見に来るなんて。」


「先生が丸井だけ英語の課題だしてないって怒ってたって、親切に伝えに来てあげたんだよ。」


「げっ。忘れてた。」


「バーカ。」





丸井をからかいに行ったテニス部の放課後練習。



休憩中の丸井に話しかける。





。俺のノート今から出してきてくれね?」


「何おごってもらおうかな。」


「あー・・・わかったわかった。今度な。」


「忘れないでね!」


「お前が忘れねぇだろぃ。」





丸井が笑う。



本当にこいつ、顔だけはいいんだよなぁ。





(・・・いや、一緒にいて楽しいけど。)





いい奴だと、思ってた。








「・・・丸井?」









ノートを部室にとりにいってなかなか戻ってこない丸井。



丸井を探しに行くと、ノートを片手に、フェンスの向こうで立ち尽くしてる丸井を見つけた。



声をかけようとして、近寄って。



私は、言葉を忘れていた。




(・・・・丸井?)




私の目に映る丸井の横顔。



テニスをしてるときにも、一緒にふざけてるときにも、一度も見たことのない、



そんな、横顔。



まっすぐなまっすぐな視線と、寂しげで、愛しそうな目。



かみ締めた唇と、風に揺れた赤髪。



今までに見た中で一番かっこいい丸井。



見惚れて、声も出ず。



ただ、丸井の視線を追いかけた。



そして、気付いた。



さらさらとした髪をなびかせたすごくかわいい女の子。



丸井の目に映る女の子。



そして、気付いた。































































































































































あの子を見ている丸井を、好きになった自分に。



























































































































































































































「夏ってどうして暑いのかな。」


「夏だから暑いんだろぃ。」


「・・・どうにかしてよ、丸井。私焦げる。」


「焦げればいいだろぃ?」


「いいの?丸井!!かわいい女の子が1人、焦げるんだよ?!」


「あははっ・・・・・笑えねー。」





夏は暑くて。



暑くて、暑くて。



照りつける太陽。上がる気温。汗ばむ肌。



クラスのベランダに出て、日陰に冷やされたコンクリートにすがろうとする私と丸井。



暑さに弱い私は、今日は本当にロウテンションだった。



そんな私の頭を丸井がポンポンッと叩いた。





「焦げるなよ。かわいい女の子かは知らねぇけど、悪友が焦げるのは気分が悪いだろぃ。」


「悪友?!」


「悪友。」





ははっと笑う丸井。



(・・・・悪友。)



・ ・・・そう呼ばれるのも悪くないと思った私がいたのは、確かな事実。



だって、私は。



・ ・・・・・私は。


























「・・・・・・丸井?」



























ベランダの手すりにつかまって、丸井の横顔が、



あの時と、同じだった。



まっすぐなまっすぐな視線と、寂しげで、愛しそうな目。



かみ締めた唇と、風に揺れた赤髪。



本当に本当に、心からかっこいいと思ってしまう丸井。



見惚れて、声も出ず。



ただ、丸井の視線を追いかけた。



さらさらとした髪をなびかせたすごくかわいい女の子。



ベランダから見下ろせる中庭の木陰。



すごくかわいい笑顔で、友達なんだろう女の子達と話してる。





「・・・・・かわいいね、あの子。」


「・・・・・・・・・・・・」


「(・・・・・・・私とは、大違い。)」





私はあの子をあの子と呼んだ。



クラスが違えば名前も知らない。



知ろうと思はない。










丸井の好きな子の名前なんて、知りたくもない。










丸井はあの子を見てた。



ずっとあの子を見てた。




(・・・知ってたよ。)




だって、私は、



あの子を好きな丸井を好きになった。






「・・・ねぇ、丸井さ。告白しなよ。」


「・・・・・・・・・・・・」


「すっごく好きみたいだしさ。ほら、顔いいんだし。」


「・・・・顔だけかよ。」






丸井の横顔を、見ていた。



見惚れて、焦がれて。



太陽が焦がしてくれるなら、この心を夏のせいにできるのかな。



丸井の横顔を、見ていた。





「・・・顔だけじゃないよ。丸井いい奴だもん。一緒にいると楽しいもん。」


「・・・・・・・・・・」


「だからうまくいくと思うんだよなぁ。・・・・私は。」





本心だった。



それが私の本心。



さらさらとした髪をなびかせたすごくかわいい女の子。



丸井ととても、お似合いだ。





「・・・・ってさ。」


「んー?」





私は、この恋に何も望んでなんかいない。










「いい奴だよな、お前。」



「気付くのがおそーい。」



「ははっ・・・・悪ぃ。」










丸井に好きな人がいるって知ってるのに、何かを望むなんてできるわけがない。



開き直った恋心。



苦しい、なんて乙女チックは私には似合わない。



っていうか不向き。



だったらさ、悪友ってかっこいいじゃない?



女子で丸井の悪友なんて、私くらいだしさ。



でも、励ますし、応援するから。



良ければ善友と呼んでよね。



丸井の横顔を見ていた私のほうに、丸井は顔を向けた。



それから、いつもみたいに笑う。





「・・・・なぁ、。明日暇?」


「明日?土曜でしょ?暇に決まってる。」


「だよな。明日バイキング行こうぜぃ!近くにできたカフェなんだけどよ。」


「そういうのにあの子を誘えばいいのに。」


「・・・そんなのいきなり言ったらひかれるっつーの!!」





かすかに赤くなって、照れてる丸井。



あの子、丸井にいろんな顔をさせる。



一緒にいるだけじゃ見れない顔ばっかり。



私が見れるのは、いつもの丸井の笑顔だけ。



あのブン太の一番かっこいい顔さえ、私は、横顔しか見れない。



(・・・私。)



私。





















































































































































































































(あの子になりたい。)















































































































































































































































































































「あー・・・あっつー。」


「・・・・・・・・・」


「暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い暑い・・・・」


「ちょっ・・・!もう暑いって言うな!!余計暑くなるだろぃ!!ほらっここだから。」





暑すぎる夏。



照りつける太陽。上がる気温。汗ばむ肌。



そんな環境下で、丸井と来たカフェ。



一ヶ月に一度のバイイング形式らしい。



・ ・・本当にバイキング好きなんだよね、丸井。



暑さに弱りきってる私。



席に付くと、丸井は氷をたくさん入れて、ジュースを取ってきてくれた。



喉を通る水分は、私を大分元気にさせる。






「あーありがとう、丸井!本当にいい奴!!」


「お前夏バテとか?食えそう?」


「もちろん!!」






テーブルの上でガシッと丸井と手を組めば、二人でにやりと笑う。



せっかくのバイキング。



食べなくてどうするの。夏に私の食欲は負けたりしない!!





「あっ。これおいしい!丸井、食べる?」


「じゃあ、これやる。」


「ありがとう!」





どちらかがおいしいと思ったら、絶対2人してそれを制覇するのが約束になっていた。



丸井は食事のときもかっこいい。



っていうか、食べっぷりがいい。



すごくおいしそうに食べてるから、なんだかこっちまで食事をしてて幸せな気分になれる。





(・・・・・・・・・)





丸井と私は仲がいい。



それは疑うことなき事実だと思う。



結局、一緒にいてすごく楽しいと思えるのは、丸井だけなんだ。



・ ・・丸井にとっても、そうだったらいいのにって。



時々すごく思うけど。



本当は。





「・・・丸井さ。」


「ん?」


「本当はあの子と来たかったとか思ってるんでしょ。」


「・・・・バーカ。思ってねぇよ。」


「うっそだー。」


「本当だって!!」





丸井の顔を覗き込むようにして言えば、丸井はすごくムキになる。



否定。



してくれて少しだけ安心したけど、本当は違うんだろうなって。



食事をする手が、一瞬止まってしまった。



らしくないと、軽く自分の頭を振った私。





「・・・・は?」


「え?」


「好きな奴、いねぇのかよ。」





カフェは、テーブルの真ん中にパラソルがあって日陰になるけど、



気温を避けることはできなかった。



夏は暑くて。



暑くて、暑くて。



丸井が最初に持って来てくれたジュースのコップに残っていた氷が溶けて、カランっと音を立てた。



その音を聞いた私は、丸井に向けてこれでもかってくらい、思いっきり笑ってやった。







「・・・いるよ。」


「マジ?早く言えよ。俺ばっかからかいやがって。どんな奴?」


「んー・・・。鈍感で、バカで、いい奴で・・・・・・・・・あとは、顔だけ。」


「お前、誰にでも顔だけって言い過ぎだろぃ。」







そう言って笑う丸井。



・ ・・何言ってんの。こんなこと言うの丸井だけだよ。



・・・・言っておくけど。



好きになったのは、顔だから。




(・・・・・最初はね。)




氷の入ったコップ。



触れると、周りの水滴が一気に水になった。



夏は、暑くて。



熱にまぎれて、水に浮かんだ氷みたいに。



この想いも、溶けちゃえばいい。



そしたら。





「・・・・は告白しねぇの?」


「・・・・しないよ。」


「お前もいい奴だぜぃ?そいつに俺が勧めとく。」


「ははっ・・・お願いする。」





そしたら、こんなに、丸井を想うこともないのに。



笑顔に隠した、本心。





(言わないよ。)





好きなんて、死んだって言ってやらない。



好きだから、好きって言えない。



そんな哀しさとか、



太陽が焦がしてくれるなら、この心を夏のせいにできるのかな。














































「・・・・丸井?」



















































さっきまで、笑顔だったはずの丸井の表情が変わって、



食事を進めていた手が止まった。



あの、横顔。



カフェテラスから見える大通り。



丸井の横顔に見惚れる私は、ほんの少し泣きそうになって、



こらえたくて、丸井の視線を追いかけた。





「・・・・・・・・え?」





・ ・・・・・・嘘。



嘘。



嘘だ。





(だって・・・・そんなの・・・・・・)





夏は、暑くて。



暑くて、暑くて。



照りつける太陽。上がる気温。汗ばむ肌。



私と丸井の視線の先。



さらさらと髪をなびかせたあの子。



その隣に、あの子と手を繋いだ仁王くん。






「丸井っ・・・・・・」


「・・・何?」


「何じゃなくてっ・・・・・・・!!」







見えていたあの横顔。



私のほうを見て丸井はいつも通りに笑う。



私はただ平然としている丸井に驚いて、目を丸くさせていた。






「・・・・あれな。知ってた。」


「・・・知ってたってっ・・・・・」


「仁王の彼女だって、ずっと前から知ってた。」







丸井は、手元にあったフォークで刺したミニトマトを口に運んだ。



なんで、そんな。



何もなかったような顔して。



丸井は食事を続けるけど、私は何も手に付かない。





「・・・・・?」


「ちょっと待って・・・丸井、それってっ・・・・」


「・・・・仁王といるあいつを見てた。」


「・・・・・・・・・」


「・・・気付いたら好きだった。」





それって。



(・・・・それって。)



私と、同じ。



誰かを見てる、丸井を見てた。





「・・・・告白なんかできるかよ。・・・・・・仁王といるときが、一番かわいい。」


「・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・一番幸せそうなんだぜぃ?」





丸井は食事を続けてた。



いつも通りの笑顔で。



目を丸くする私に、そんな顔するなって、



とても明るく、笑う。



一緒だったんだ。






「・・・・丸井、バカじゃないの。」


「・・・バカだよな。」


「本当に、バカっ・・・・・」


「マジでな。」






私も、丸井も。



誰かを見てるその人が、



好きで。



好きで、好きで。



それは、その人には届かない。



確かな、叫び。





(・・・・・・それでも、好き。)





そうやって、いつも笑う丸井が。



夏は、暑くて。



暑くて、暑くて。



熱にまぎれて、水に浮かんだ氷みたいに。



この想いも、溶けちゃえばいい。



水に、なって。










「・・・・おい、。」


「っ・・・・・・・・」


「なんだよ、どうした?」


「・・・・丸井のせいっ・・・・・」


「・・・俺?」









どうしてくれんの、丸井。



涙が、零れる。



目元に溜まっては、手の甲で拭う。



照りつける太陽。上がる気温。汗ばむ肌。



あの子と仁王くんの姿は、私たちにはもう、見えなかった。



丸井の、あの横顔。



私、




























(私、あの子になりたい。)








































































「・・・・っていい奴だよな。」


「・・・・・・・・・・」


はうまくいくといいな。好きな奴と。」


「・・・それ以上言ったらこのご飯全部おごらせるからね。」


「・・・・なんだよ、それ。」





丸井が、笑う。



言ったでしょ?



私の好きな奴はバカで、鈍感で、いい奴で、顔だけで・・・・。



私の悪友。私の善友。



・・・でもさ、丸井。






「・・・・なぁ、。」







私が丸井を好きになった理由なんて、



私が恋をした理由なんて、



丸井が誰かを好きだったからじゃない。



丸井だって、そうだ。



あの子が仁王くんを好きだったからじゃない。









「・・・・何よ。」









その人が、いたからだ。















「・・・柳生がさ、駅前のケーキ屋がバイキングやるって教えてくれたんだけど。」



「・・・・・・・・・・・・・・・・」



「・・・・・今度一緒に行こうぜぃ。」














君がいたから。
































































「・・・・・いいよ。」








































































































































































































































































































君がいたから、恋をした。













































End.