早くかけろよ、俺。
電話とにらめっこの夜。
21時42分。
『21時58分』
髪から雫が落ちる。
お風呂から上がったばかりの俺は
ただわしゃわしゃと拭いただけの頭の上からタオルをかぶっていて。
自分の部屋で壁によりかかりながら床に座って、
同じ床におかれた俺の目の前にある携帯とにらめっこ。
(起きてる…よね?)
表示したディスプレイには‘’の名前。
もう一つボタンを押せば君に電話がつながる
(便利になったもんだよねぇ)
最高に親父くさい俺の思考。
「…よしっ!」
勢いよく携帯を床から奪って。
21時47分。
『キヨ?』
「もしもし?ごめん。今日はメールじゃなくて電話しちゃった。」
とは毎晩メールをしている。
けどメールを送信している時間がもどかしくて
受信している時間が待ち遠しくて。
ボタン一つでつながるなら文字じゃなくて
声がよかった。
「今電話、平気?」
『うん、大丈夫だよ。』
迷惑かな、なんて考えたけど
メールで電話してもいいか聞けばよかったかもしれないけど。
かけちゃえって
俺の中の俺が俺の背中と携帯の通話ボタンを押したんだ。
「今何してたの?」
『本読んでたんだ。キヨは?』
「…のこと考えてたよ」
『…嘘つきー。』
「あははっ本当だよ」
本当だよ。
恥ずかしいからこれ以上は主張しないけど。
「今日ごめんね。帰り遅くなっちゃって。」
『キヨ達部活がんばってるんだもん。仕方ないよ。』
「明日も遅くなっちゃうかも…」
『いいよ。待ってるよ。』
話したいことはたくさんあったんだ。
メールじゃもどかしいくらい。
でも、電話してみたらしてみたで
いきなり明日の話とかしちゃうし。
…それに。
『キヨ?』
「…電話、ごめんね急に。」
『ううん、あたしうれしかったよ。電話かかってきた時、キヨからで。』
…それに。
「世の中便利だなぁって思ったんだ。」
『あははっキヨがおじさんだ。』
便利ついでに
ボタン一つで今に会いに行ければいいんだ。
電話みたいに。
「…。」
『ん?何、キヨ。』
「会いに行ってもいい?」
ボタン一つで会いに行きたくなった。
君の声を聞いたら
たくさんあった話したかったこととか
全部どっかに消えて。
俺の中を埋めたのは
君に会いたいって
それだけ。
『今から?』
「うん、今から。ダメ?」
『…平気だよ。でも、キヨは?』
「大丈夫。俺テニス部だし。走って行くし」
『え?ちょっと待って!キヨがこっちに来るの?』
「うん。」
携帯を右手に耳にあてて
左手でもう一度わしゃわしゃ髪を拭いて。
タオルを俺の部屋にあるイスにかける。
『でも、遠いよキヨ!』
「大丈夫。それより会いたいんだもん。」
『…』
「ダメ?。」
ボタン一つで会いに行ければいいんだ。
電話みたいに。
『待ってていい?』
「(!!)すぐに行くよ!!」
ボタン一つが君に会いたくさせた。
(便利な世の中だよねぇ)
だから早く作って。
すぐに君に会いにいけるボタン一つ。
通話をきった携帯のディスプレイ。
君に会いたい衝動に駆られた
21時58分。
end,