あいつは、毎日のように歌ってた。




自由奔放。気まぐれ、気ままに。




まるでどこかの野良猫みたいに。




だから俺は、毎日のようにその歌を聞いていた。




ずっと、聞いていた。



























『野良猫ソング』


































【立ち入り禁止】



そんな札がドアノブにかけられている屋上へ続く扉は



ゆがんでいるせいで開けるにはコツを掴まないと開かなかった。



ドアノブをつかんで、回すと同時にドアを蹴る。



って・・・まぁ結構無理やりなコツ。



でもそれを知ってる奴だけが屋上に足を踏み入れることができた。



たぶん今のところ、それができるのは2人だけ。





「赤也!見て見て!あの曇、わかめみたい」


「・・・お前、わかめってなんだよ。ってか制服汚れるぞ」


「なによ、赤也も汚れるぞ」


「俺は別にいいんだよ。お前いちよ女子だろ」


「あれか、男女差別か。しかもいちよなの?せっかく赤也似の雲を見つけてあげたのに」




(・・・俺似って、おい。)







屋上には仰向けに寝そべる人影が二つ。



一つは俺で。



一つは猫。



・・・いや、実際は人なんだけどな。






「ほら、あれ!」


「・・・。お前はわかめの形知ってんのかよ」


「わかめでしょ。わかめはわかめだよ」


「・・・・・」





仰向けのまま



が空に向かって人差し指をまっすぐ向けた。



俺はその指の先を目でおって



が指しているだろう雲を見た。



がわかめだと言い張るそれは他の雲と変わらないただ小さい固まりの白。



真っ青な背景によく映えていた。





(・・・わかめ)





だいたいわかめの形ってなんだ?想像がつかない。





、わかめって・・・・」


「・・・・・♪」


「・・・・」





ダメだ。
















































歌い出してしまった。










































「♪」








俺の隣で寝そべるを見れば



目を閉じて歌を口ずさんでいた。



英語なのか、何語なのかよくわからない言葉。



だけど鼻歌と呼ぶにはおかしい、はっきりとした言葉で。



は自由奔放。



気まぐれ気まま。



人の話をよく聞かない。



聞かずに歌いだす。



話の途中だろうと歌いたくなったら歌う。





(・・・なんだろな。本能?)





毎日のように歌ってた。





「・・・・・・」


「♪〜」





自由奔放。気まぐれ、気ままに。



まるでどこかの野良猫みたいに。



だから俺は、毎日のようにその歌を聞いていた。



ずっと、聞いていた。



それが話の途中でも



俺はが歌っているのを止めたりしたことはない。



途中で話しかけたりしない。



上半身を起こして



いまだ仰向けに寝そべって歌うを見た。







(・・・止められねえよ)







なんとも、気持ちよさそうに歌うから。














〈キーンコーン・・・・〉












「予鈴だ」





の歌が終わったと同時に鳴ったチャイム。



俺は空を仰いでがさっきまで指差していた雲を見た。



・・・やっぱりわかめには見えない。





「赤也。授業行くんでしょ?」





その声に視線をおくればはいつの間にか上体を起こして俺を見ていた。





「ああ。は・・・って。・・・気が向いたら来るんだろ?」


「その通りー」





いたずらっぽい笑顔の



俺はそれを見て「何がその通りだ」とふざけてのデコを小突く。



はデコを抑えてむくれた。



ちなみに俺たちはクラスが一緒だ。





「今日はいい天気だね」


「もっとまともな雲探せよ」


「わかめ雲?」





座り込んだまま空を見つめるを見てると



なんだかそのへんにいる野良猫が空を仰いでいるようでおかしかった。



俺は立ち上がると屋上の出口へと向かって歩く。



屋上の扉を開けて振り返ると



さきほどと変わらない状態で、が遠くから俺に手を振っていた。



軽く手を上げて返すと俺は屋上を後にする。















































































































と屋上で会ったのは数か月前のこと。



俺にとっては授業をさぼりがちのクラスメイト。



よく授業中クラスの席がぽつんと一つだけ開いていた。



そこはもちろんの席。



よく晴れたある日に



俺は好奇心で立ち入り禁止の屋上に向かった。



屋上へ続く扉はドアノブを何度回しても開かない。





「なんだ、つまんねぇな」





〈ドカッ〉





「・・・・あ。」





偶然蹴ったドア。(軽く故意)



開いた屋上への先。



空を見上げる野良猫が一匹。



もとい、がいた。






「・・・?」


「・・・・・・・」


「おい、






名前は知っていた。



サボりがちのこいつ。



集団で騒ぐ女子の中でよく1人でいて、



たまに出る授業中はいつも空を見てる。






その姿は目を引いた。






何者にも束縛されない野良猫みたいで。



は俺が名前を何度か呼んで、やっと空から俺に目を移した。





「・・・・・・・・・・・わかめ・・・・」


「・・・・何、お前。ケンカ売ってんの?」


「利子つきで売ろうか?」


「買わねえよ!」


「・・えっと・・確かね、確か・・・・・・・切原・・切原ー・・・わかめ!」


「・・・・やっぱり買ってやるよ、利子つきで」


「あの・・・落ち着いて!」





屋上の床で座り込む



それを見下ろす俺。



も俺の名前を知っていた。



こいつに興味を持ったのはそこから。



話してみるとますます猫のよう。



自由奔放、気まぐれ、気ままに。



おもしろい奴。






「屋上が好きなの」


「いつもここでサボってたってわけな」


「雲が好きなの」


「・・・・雲?」


「ここが一番空に近いでしょう?」






のん気だと、思った。



のん気で、マイペースで。



俺の存在なんか忘れて、再び空を見上げて雲に没頭する姿に、






なぜかとてもあこがれた。






「・・・・♪」






突然歌いだした



どこまでも自由で。



それがとてもおかしくて。



その日から俺の日課。時間を見つけては屋上に来るようになった。



























































































































<ガラッ>





「・・・・・、いつも言ってるだろう。来るなら授業終了5分前とかはやめておきなさい」


「でも先生。欠席より遅刻のほうがいいでしょう?」





クラスのあちこちから小さくもれる笑い。



教壇に登る教師は呆れ顔。



授業中。



と言っても終礼のチャイムが鳴る5分前だったけど。



クラスに姿を見せた



一番後ろの席に座る俺と目を合わせると笑って、



教室の入り口から自分の席にむかった。



の席は前から二番目の窓際。



おかしな重役出勤はだからこそだ。



自由気ままな野良猫の特権。




(・・・・かっこよすぎだろ)




は授業には出る気になればでる。



出る気になるときの理由を知ったとき、俺は笑うしかなかったのを覚えてる。



一番後ろの席から視線をおくるのは黒板にではなくに。



あいつは頬杖ついて窓の外を見てた。



思わず苦笑する。



誰が知っているだろう。



は自分のあの席が気に入っていて、



あの場所から見る雲が屋上から見るものの次に好きなこと。



が授業に出る理由はそれ以外にない。






「(・・・・わかめ以外にしとけよ)」






授業残り5分間。



の後姿がうれしそうだった。



また、おもしろい雲を見つけたのだとすぐにわかった。



本当に、本能のまま、気の向くままに行動する



きっと。



初めて屋上で会ったときに



空に向かって手を伸ばしたのだって。










「綺麗だね、赤也。」










ただ、あの空の青が欲しいからなんだ。



気ままなは自由奔放。



たぶん、そんなものにあこがれたんだと思う。





(たぶんな、たぶん)





きっとそんなが、


























うらやましかったんだと思う。

































「赤也。今日は俺と試合」





放課後の部活。



相変わらず雲がぽつぽつと浮かぶ青空の下のコート。





「仁王先輩とっすか?」


「対左利きの特訓見せてみんしゃい。」


「・・・・・・・・・・・」





きっと、うらやましかったんだ。





「・・どうした、赤也。そんなんが左利き?」


「ちっ・・・・・」


「・・・・笑わせるなよ」





俺のコートにことごとく決められる仁王先輩のボール。



仁王先輩にことごとくとられる俺の打つボール。









「ゲーム仁王!6−2!」








空が見たかったら屋上。



授業には出る気になればでる。



青が欲しくて手を伸ばして。








「俺に勝てんで、幸村や真田に勝つなんてできるわけなかよ」








歌いたいときに歌って。






「・・・そんなこと、わかってますよっ・・・・」






たぶん、羨ましかったんだ。



だからあこがれたんだ。



好きなときに歌いだして。



気持ちよさそうに歌って。



やりたいことそのまま、毎日歌って。






(・・・なんで・・・・練習も筋トレも毎日やってるのに・・・・)






その歌も、自由奔放なも。






「・・・・くそっ・・・・・」






俺はこのときスランプというやつにはまりきっていた。



誰と試合をしても誰にも勝てなかった。



とらわれて、動けなかった。



悔しさに埋もれて、身動き一つ取れなかった。






(・・・・・・・・・・)






こんな、



つまらないことにとらわれている俺は



野良猫から見れば、なんて不自由な人間なんだろう。













































































































































































































































校舎内から外へ。



空気が通じればそよぐくらいの風が吹き



空気は少し熱いくらいの暖かさ。





「♪」





屋上の扉を開けて見つけた俺より先にいたその姿。



は歌の途中だった。





「・・・・・・」





毎回思うのは一体何の歌なんだと。



毎日適当かと思えば毎日同じメロディー。



空を見上げて歌ってる。



が好きな雲は相変わらず空に浮かび。




(・・・・雲に向かって歌ってんのか?)




俺はが歌い終わるまで、その姿をずっと見ていた。
















、これやる」


「・・・お菓子!!」


「喜びすぎだろ」














が歌い終わって



俺が制服のポケットから取り出したのはアメ一つ。



オレンジの紙でくるまれているものだった。



は俺の手からそれをとるとうれしそうに笑ってはしゃいだ。



・ ・・・なんだか野良猫を餌付けている気分だ。





「赤也いい人だー」


「お前はブン太さんと同種か。」


「・・・・ブン太さん?」


「そのアメくれた人。丸井ブン太先輩」


「・・・・丸いブン太?・・・・・・・・・・・・・丸いの?」


「・・・・・・・・・・・・・」





変な誤解で自分で冷や汗をかくな。



言葉にはせずのデコを小突いて訴える。



がむくれながら自分のデコを抑える。



今朝の部活。






「アメやるから元気出せよ、赤也。不調なんて誰にもあるだろぃ!ま、俺にはねえけど」


「・・・・・・・・・・・・・・」






ジャージから着替え終わった俺の頭に降って来たいくつかのアメ。



犯人はブン太さん。



今朝の部活も、俺は最悪だった。



いつものようにボールをまともに打ち返すことさえできなくて。







「・・・赤也?元気ないよ?お菓子返す?」


「・・・・・・・・・・・・・」







俺の顔をいつの間にか覗き込んでいた



小首をかしげて不思議そうに俺を見ていた。



思いつぐがままの行動。



気まぐれ、気ままに。



人の気なんて知らずに。





「・・・・・・猫みてえ」


「・・・猫?」





いつも思っていても口にしたのは初めてだった。



ましてに向かって言うなんて。





「・・・・のん気でいいなって言ってんだよ」


「・・・のん気も楽じゃないよ。授業にでないと怒られるもん。」


「それは自業自得だろ」


「あははっ・・・・・・」





きっと、羨ましかったんだ。







































「♪」









































が歌いだす。



毎日のように歌ってた。



自由奔放。気まぐれ、気ままに。



まるでどこかの野良猫みたいに。



だから俺は、毎日のようにその歌を聞いていた。



ずっと、聞いていた。



何ものにもとらわれない、その姿。



雲に向かって歌い、空を見上げて笑う。



自由なが歌う歌。



屋上で、空を見上げれば歌いだす



自由な野良猫。











































不自由な俺。











































































































































































































その日の昼休み、



部室で昼食をとろうと思った俺が部室のドアノブに手をかけると



部室の中から声がした。





「・・・・や・・の・・・・だが」


「(・・・柳先輩と)」


「スランプなんてものは相手にはしていられない」


「ならば、弦一郎。・・・・赤也を欠いて練習すると?」


「(・・・・柳先輩と真田副部長だ)」






2人は俺の話をしていた。







「勝利をつかめない者などいないにも等しい」


「・・・・話はわかるが・・・・・」


「すぐにとは言わん。せめてあと3日の猶予はやるつもりだ」







それはつまり。



その話はつまり。



俺をレギュラーから外す検討で。



部室のドアノブを回すことなく俺はその場を離れた。








「・・・・・・・・(・・・・なんで)」








こんなんじゃなかった。



こんなはずじゃなかった。












誰にも、勝てない。











こんなの俺じゃない。



俺じゃない。



俺は強かったはずだ。



人並み以上に練習だってしてきた。



化け物みたいな先輩達に毎日しごかれて。



毎日くらいついて。



なのに、なんで。






(なんでだよ・・・・・・・・)






耳元で歌が聞こえてた。



野良猫の歌う、自由気ままな歌が。















































































「あれ?赤也?サボりなんて珍しいね」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「あーかやー?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・」





























































































屋上の貯水タンクの設置された壁に寄りかかって、



俺はうつむいたまま座ってた。














「・・・・・・♪〜」













が、歌いだす。



自由に、気ままに、気まぐれに。



その声が耳に届く。



顔を上げればが空を仰いでた。





(・・・・・・・・・・・・・・)





が手を伸ばす。



青空に向かって。



右手を、真っ直ぐに。



雲が空を流れていた。







「・・・・なあ」


「♪」


「なあ、







気ままなは本能で動く。



なんて自由な野良猫。



空に向かって手を伸ばすのだって。












「・・・・その歌なんだよ」


「・・・・・・・・・・」


「何歌ってんの?なんて歌ってんの?」











初めて俺はの歌を止めた。



初めては歌を途中でやめた。



気ままなは本能で動く。



自由奔放。気ままに気まぐれに。



なんて自由な野良猫。



空に向かって手を伸ばすのだって。
















































































































ただ、あの空の青が欲しいだけなんだ。























































































































































「・・・・内緒」


「・・・・・・・・・・・・まさか英語じゃねえよな」


「あたしは英語、赤也並にできないよ」





羨ましかった。



羨ましくて、あこがれた。





「赤也、元気ないね。どうしたの?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「部活でなんかあったの?昨日の放課後もなんだか大変そうだったけど」


「・・・・見てたのかよ」


「・・・・見えたのよ」





自由で気ままで、気まぐれで。



毎日気持ちよさそうに歌ってて。



マイペースで、のん気で。



自分の欲望に忠実で。



うらやましくて。






























「・・・・・・・・・・・お前なんかに関係ねえだろ」

































うらやましくて、疎ましい。



















































































































「・・・・赤也?」


「・・・・・いいよな、はのん気で。悩み事なんかねえだろ?」


「・・・・・・・・・・・・・・」


「好きなことだけやって、歌いたいだけ歌って。」





俺はの顔は見ていない。



うつむいたまま、屋上の床を目にうつしてた。













「いいよな、雲だけ見てればそれで満足な奴は。」












こんなの、やだの八つ当たりだ。



羨ましくて、恨めしい。



自由で気ままで気まぐれで。



どうして何にもとらわれずにいられんだよ。





「・・・・・・・・・・赤也は、」





どうしてそんなに、



恐れも知らずにやりたいと思うままに行動できるんだよ。









































「テニス好きじゃないの?」



























































その言葉にの顔を見た。



野良猫のようなの目は俺を笑ってるように見えた。









なんて、不自由な人間。









そんなのただの思い違いだったのに。



ただの勘違いだったのに。



がただ羨ましくて。












「っ・・・・・・お前に関係ねえだろ!!むかつくんだよ!!何も知らねえくせに!!」











知らないのは当然だ。



何もに話していないのだから。



完全な逆切れ、ねたみ。





「あか・・・」


「・・・・・うぜぇ」





俺の視線は再び屋上の床に。



















「消えろ」















自由に、気まぐれに。



のようになれたらいいのに。



やりたいと思うこと、何もとらわれずに好きなこと、



できたら、いいのに。



でも、俺にとってのの歌にあたるだろうそれは、



必ず勝敗のついてくる結果がすべてのもので。









「・・・・あたしは考えるより先に動いちゃうんだ。だから、歌いたくなったら歌う。」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「だってね、今やりたいって思うことはすぐにやらないと、少しでも時間が経つと色あせるんだもの。」









俺はを見ない。



の言葉は聞こえてた。



俺の耳に届いてた。



俺の、やりたいこと。












「・・・・・・・・・・・・・♪」












が、歌いだす。



・・・責めるべきは俺なのに。



変な八つ当たりして。






「・・・・・・・・・・・・・・・」






うらやましかったんだ。



うらやましかったんだ。



何もとらわれずに、テニスがしたかった。



自由に、気ままに。







それで、勝ちたい。







調子のいい俺。



だって好きなことだから余計に勝ちたかったんだ。



だけどスランプなんてものにはまって。



考えるより先に動けばいいのに。



悩んでる暇があったら練習すればいいのに。












「♪」











かっこ悪くて。



ごめんなんて、言えなかった。



歌ってくれるから。



いつもと変わらずに自由に、気ままに歌ってくれるから。



ごめんなんて、言えなくなった。



は毎日のように歌ってた。



自由奔放。気まぐれ、気ままに。



まるでどこかの野良猫みたいに。



だから俺は、毎日のようにその歌を聞いていた。



ずっと、聞いていた。













































































































その日から、は屋上に来なくなった。







































































































































































































































「おい、赤也。元気ねえな。まだ調子悪いんだって?」


「・・・・・・・・・・・・・」


「聞けよ。俺お前を励ましてるんだぜぃ?」


「・・・・・・・・・・・・」


「・・・・ジャッカルー。赤也がかまってくれねえ。遊んで。」






‘消えろ’






あんなこと、言わなきゃよかった。



が屋上にいない。



クラスにも来ない。



歌が聞こえない。





「・・・赤也。俺と試合じゃって。」


「・・・・はい」


「お前、そろそろ俺に勝たないとヤバイとよ?」


「・・・・・わかってますよ」





の姿を見なくなってから3日。



俺はいまだスランプ。






「which?」


「smooth」






仁王先輩がサーブを獲る。



猫って死ぬ前に姿を消すって聞いたことがある。



誰にも見つからないところに。



は野良猫。



たぶん気まぐれで姿を見せないだけだと思ってる。



そう信じているけど。





「(・・・・死んでねえよな?)」


「赤也、余所見なんてしとる場合じゃないじゃろ」


「(!!)」





仁王先輩のサーブを打ち返す。



不敵に笑ってる仁王先輩。



俺は、負けられなかった。



考えてる暇があったら行動しろ。



悩んでる暇があったら努力をしろ。



不自由な俺は自由になれない。



とらわれたものは俺にとってやりたいことだから。







「(だから、勝ちたいんだ。)」


「・・・・・・・・・・」


「・・・・いきますよ、仁王先輩」







自由に、気ままに気まぐれに。



歌うあいつは雲を追う。



俺が追うのはボール。



あいつは歌って、俺はラケットを握って。



コートの上では好き勝手やる。



俺のやりたいようにやる。



気ままに、気まぐれに。







(・・・・なんだ)







なんだ、俺もあいつと変わらねえじゃねえか。




















































































「ゲーム切原!!7−5!!」











































































































自由奔放、気まぐれ、気ままに。



野良猫みたいに。





「・・・・勝った・・・・」


「スランプ脱出じゃな、赤也。」


「仁王先輩・・・・・」





仁王先輩がコートをはさんで俺に手を差し出していた。



俺はその手に手を差し出す。



だが、その手が結ばれることはない。



仁王先輩にすかされた。





「って、仁王先輩!」


「まだまだじゃね、赤也。」


「・・・・・・・・・・・・・・」





スランプ、脱出?



































「♪」











































耳元で音がした。



歌が、聞こえた。





「・・・・・・・・・・・」


「赤也―!俺のアメのおかげだぜぃ!感謝しろぃ!!」


「・・・・・・・・・・・・





視線は屋上に。



人影は見えない。



空を見れば青く、白い雲が浮いている。







「真田副部長!!今から休憩にしてください!10分でいいですから!!」


「なあジャッカル。赤也が俺のこと無視するんだけどどう思う?」


「知らねえよ」







俺は真田副部長のところまで走っていってお願いする。



折角スランプ脱出したんだ。



部活の最中に抜けるわけには行かない。



せめて休憩中にして欲しい。



あいつが、空を見てるんだ。







「いいんじゃないか?弦一郎。赤也も一試合終えたところだ。」


「うむ。今から10分間休憩にする!!」


「っ・・・・・・・・・・・・」


「あっ!おい、赤也?どこ行くんだよ?」







真田副部長の休憩の合図と同時に俺は走り出す。






「♪」






どこって、決まってる。



歌が聞こえる。



歌ってる。



いつものように、英語だか何語だか、



何を歌ってるかわからないけど。



歌が聞こえる。



自由奔放、気まぐれ気ままな、

















野良猫の歌。














<ガチャッ>






!」


「・・・・・あ、赤也だ。」





野良猫が空を見上げてた。



ちょうどが歌い終わると同時に屋上の扉を勢いよく開けた俺を、



が見る。






「ちょうどよかった、今ね。わかめ雲2号を・・・・・」


「っ・・・・・どこ行ってたんだよ・・・・・」


「・・あの・・・・・ちょっと、赤也?」






が立っている場所まで俺は屋上を駆け抜けた。



そこまで行くとを抱きしめた。



お前の好きな雲が見えなくなってるかもしれないけど、しばらく我慢して欲しい。



かっこ悪いから。








「・・・・ごめん!!」


「・・・え?」


「消えろなんて嘘だ。うぜえなんて思ってねえ」


「・・・うん。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・わかってるよ?」


「・・・・・・・・は?」


「赤也八つ当たりぽかったもん」








体を離せば飄々と言い放つ



いや、おい。八つ当たりぽかったって・・・。



いや、八つ当たりだったけど。



でも、本人を目の前にそんな当然のように言うなよ。



俺1人、恥ずかしい思いをしている。



・・・・・・どこまで自由なんだ、野良猫。








「・・・・じゃあなんで屋上に来なかったんだよ」


「風邪ひいてて。やっぱり屋上で昼寝はよくないね!」


「風邪?!」


「学校自体休んでたんだよ」








飄々と言い放つ。



・・・・なんだこれ、心配損じゃないか。






「あ・・・・かや?」






なんだかもう、なにもかも負けてる気がした。



負けてる気がして、くやしくて抱きしめなおした。





「・・・・携帯、アドレス教えろよ。お前の居場所すぐわかるように」


「・・・持ってないよ」


「・・・・は?」


「携帯なんて不便なもの、持ってない」


「(・・・・不便か)」





らしくて、笑える。



何にもとらわれないお前だから。



でもそれじゃあ、俺が困るんだ。





































































































































































































「なら、俺と付き合う?いつもお前が俺の隣にいりゃ問題解決なんだけど」

































































































































































































































気付いたんだ。



自由奔放、気ままで気まぐれな野良猫を



好きになってたこと。





「・・・・赤也と?」


「・・・・不服?」


「・・・・・・不便ではないよね」


「俺便利なのかよ?!」


「あはははっ・・・・」





抱きしめたままの会話が心地よかった。



は俺の腕の中で「いいよ」と小さく言った。



さて、大変なのはここからだ。



なんて言ったって、彼女は野良猫。



自由奔放、気まぐれ気ままで。



突然どこに行くかわからない。






「・・・歌ってすごいね」


「・・・・え?」


「歌だよ、歌!」


「なんだよ、やっぱりあの歌。なんかの歌だったのかよ」


「嫌だな、鈍いよ。赤也。」






だから、毎日歌って。



毎日聞くから。



自由奔放で、気まぐれ気ままに。



その歌で見つけるから、がどこにいたって見つけるから。



野良猫の歌。



英語だか、何語だかわからないけど。








「あの歌はね、」








やっと、何を歌ってるか知って



なんだかもう、なにもかも負けてる気がした。



負けてる気がして、くやしくて、



俺はまた、を抱きしめなおした。
































































































































































「ラブソングだよ」



















































End.