夜と朝のはざまで朧気に。
君の手に触れることのできた温もりを
そっと抱き締めて。
『朧月夜』
眠れなかった。
眠ることなんてできなかった。
自分の部屋の床に座り込んで
窓の外を見ていた。
空には月。
満月一つが浮かんでいて。
「ね?大丈夫でしょう?」
視線を落とせば
君に触れた右手。
「・・・・・・」
眠れなかった。
眠ることなんてできなかった。
見つけたクローバー。
もう二度と会えることなんてなかったはずのに会えた今日。
温かったの手
「・・・・」
ねえ、もう一度だけ
きっとこの温もりは明日になれば消えてしまうから。
今日が終われば・・・・・。
夜と朝のはざまで朧気に。
俺は立ち上がると自分の部屋を出て
満月が一つ浮かぶ空の下に
家族が寝静まった家を一人あとにした。
今日が終われば・・・・・。
明日が未来だと気付いたのはいつだったかな。
「へっ・・・くしょん!」
「・・・こんなとこで寝てっからだろ、ジロー」
「あれ?宍戸だ」
俺が2年の冬だった。
どんなに寒くても俺が昼寝に選ぶ場所は屋上。
だって君が俺を探す時一番最初に
俺を探しに来る場所だったから。
コートを着てマフラー巻いて屋上に仰向けになってた俺。
「跡部が今から放課後まで起きてろだとよ」
「宍戸寒そうだね」
「・・・さみーよ。誰のせいだ?あ?今俺の話聞いてたか?ジロー」
宍戸がしゃがみ込んで俺に機嫌が悪そうな顔を見せる。
白い息を吐き出しながら考える。
たぶん跡部がちょうどよく宍戸を見つけて
俺への伝言を宍戸に頼んだんだと思うけど
そしたら今宍戸が寒い思いをしてても俺のせいじゃなくて
「・・・宍戸ってついてないだけだよね」
「俺の話聞いてたかって聞いてんだよ!」
「放課後まで寝るなでしょ?なんで?」
「が放課後の部活の準備が忙しいからな。お前を起こしに来れないんだとよ」
「・・・・・」
寒い冬。
屋上はこの学校の敷地内のどこよりもきっと寒い。
夏の大会が終わって
俺たちの一個上の先輩たちが部活を引退。
新人戦が終わって
最近は正レギュラー準レギュラー合同のきつい練習が行われ続けていた。
マネージャーのはその練習に付き合って
一人せわしなくコートを走り回る日々が続いていたんだ。
「へっ・・・くしょん!」
「なんやジロー。風邪なん?」
「んー・・・なのかなぁ?」
「馬鹿は風邪ひかないんじゃなかったか?」
「・・・岳人。ジローはお前より成績ええで?」
「・・・・・マジ?」
コートでは宍戸と鳳のラリー。
跡部の指導する声が飛ぶ。
その向こうのコートでは準レギュラーがサーブとリターン練習を繰り返す。
コートに入れない準レギュラーは郊外に走りに行っていた。
「先輩!ボール補充お願いします!」
「はーい」
「!こっち怪我人!」
「ちょっと待って!」
「!ボール拾い間に合ってねぇぞ!!」
「はい!」
寒い冬
白い息を吐きながら
コートを走り回る。
「・・・なんやのほうが俺らよりハードやんな」
「忍足!向日!コートに入れ!!」
「侑士。跡部が呼んだぜ?」
「今行くわ」
「・・・・・・・・・・・」
忍足と岳人がコートに入った後も
が忙しそうにあちこち行き来するのが見えた。
とは最近部活以外で会わないし
俺を起こしに来れないから話もあまりしていなかった。
白い息を吐き出して
そんなを寒そうだなと思って。
「・・・」
コート中がせわしない。
ボールを打つインパクト音
部員の掛け声
つぶやいただけの俺の声が
に届くはずがなかった。
「ジローちゃん呼んだ?」
怪我人の手当てを終えて
が俺のところに急いで来てくれるまで
届くはずがないと思ってたんだ。
そう思ってたんだ。
「っ・・・・ー!」
「きゃっ・・・」
「おい!ジロー!!忙しいんだよ!を放せ!!」
「ジローちゃん?」
「・・・へへっ・・・・・」
うれしかったんだ。
俺がに抱きついて部活が終わった後跡部にものすごく怒られたけど。
うれしかったんだ。
うれしかったんだよ。
が俺の声に気付いてくれたこと。
忙しくてもちゃんと俺のことも気にしてくれてたこと。
走ってきてくれたこと。
「・・・変な、ジローちゃん」
がそう言って笑った。
「おい!ジロー!!」
「・・・ジローちゃん。私行かなきゃ。」
「・・・うん。ごめんね、。」
「ジローちゃんも部活がんばってね!!」
うれしかったんだよ。
俺が笑うとも笑ってくれるから。
「・・・へっ・・・くしょん!!」
でも
やっぱりが忙しいのはずっと変わらなかった。
部活以外では会わなくて話す回数も減って。
「えー!!」
「なんだよジロー。文句があるのかよ」
「筋トレ反対!!」
「じゃあ何するんだよ」
「・・・跡部!跡部!雪かき!!」
「却下。」
大雪が降ったある日。
コートは雪に埋もれ
もちろん部活なんかできる状況じゃなくて。
急遽決まったミーティング内容。
正レギュラー、及び準レギュラーは室内で筋トレ。
その他部員、マネージャーは雪かき。
「とりあえず明日はその予定でいくぞ」
「・・・・へっ・・・・・くしょん!!」
「ジローちゃん、風邪?」
「・・・・・・・・ううん。大丈夫」
「ジローちゃん?」
俺たちは室内。
は外。
明日はに会えないのかな。
そう思ったら悲しかった。
ミーティングが終わった後もは部室に入ってスコアの整理したりとか。
久しぶりにがコートを走り回る必要がない日でさえ
とはあまり話せなかった。
「へっ・・くしょん!!」
「芥川先輩大丈夫ですか?」
「・・・うん。・・・ってか俺以外くしゃみとか咳とかしてないんだね」
「そんなやわな鍛え方してねえよ」
「宍戸、宍戸。」
「あ?」
「バカは風邪引かないんだって」
「ジロー!てめえ!!」
「まあまあ宍戸さん!!」
氷帝にはちゃんと室内でトレーニングできるように部屋が用意されていて
雨が降ったりしたら
外で活動している運動部とかはほとんどそこで筋トレ。
そういう部屋はいくつもあっていくつかの部活がかぶって使うことになるとか
そういう心配は要らない。
「(・・・結局会えなかった)」
学校のどこでも
休み時間にのクラスにに会いに行ってみたけど
はその時教室に不在。
「いいな。宍戸。同じクラスで」
「あ?」
「・・・なんでもないよ」
柔軟をしたりだとか
機器を使って筋トレをしたりだとか
いろいろなレギュラー陣
「・・・・あ。」
ふと見た窓の外
再び降り始めた雪と、
(・・・・・)
この部屋から見ることの出来たコートの上
寒い冬の中
白い息吐き出して
雪かきしてる君。
寒そうだなって思ったら
「おいっジロー?!」
会いに行っていた。
「・・・・・!!」
「え?ジローちゃん?」
雪の舞い降りてくる空を仰いでいたに声をかけた。
「どうしたの?景吾から伝言?他の部員なら雪降ってきたからトレーニングルームに向かわせちゃったけどダメだった?」
「・・・・・・・・・」
「ジローちゃん?」
コートには以外残っていない。
コートを埋めていた雪は半分ほどが綺麗にのぞかれていた。
「・・・が・・・」
「ん?」
「が寒そうだったから・・・・」
白い息。
俺もも吐き出す。
「・・・それであたしの様子を見に来てくれたの?」
「・・・・・・・・」
「ジローちゃん?」
「・・・・・・・・・・・へっ・・・・・くしょん!!」
雪は再び積もりそう。
折角緑の見えたコートの半分さえ
また隠してしまうんだろうか。
・ ・・明日こそ
に会えないかもしれないのかな。
「ジローちゃん、風邪気味だったね。とりあえず校舎に入ろ?」
が俺を促すけど
俺が動こうとしないから
が俺の手をとった。
の手は、温かかった。
「あれ?先生いないね」
「・・・・へっ・・・くしょん!」
「ジローちゃん大丈夫?」
「ん?・・・うん」
が俺を連れてきたのは保健室。
保険医はいなかったけどついたままの暖房で部屋はとても暖かい。
「ジローちゃん熱測ってみようよ」
「え?いいよ」
「でも・・・・風邪引いてるみたいだし・・・」
が俺の手を離す。
そのままガーゼとかバンソウコウとかがはいっている籠の中から
体温計を探し始めたみたいだった。
「・・・・・・・・・・・・」
俺はと繋いでいた手を見ていて
それから保健室の窓の外を見た。
「・・・・・・・・・・・・・雪」
「ん?」
「明日また積もってるのかな」
「雪かきし直さなくちゃね」
俺が近くのベッドに腰を掛けると
があったと小さく言って俺に体温計を持って近づいてきた。
「はい、ジローちゃん」
「・・・・・・・・・・・」
「ジローちゃん?」
の手から差し出された体温計を俺は受け取ることはしなかった。
代わりにの顔をじっと見つめて。
は不思議そうに俺の顔を見返す。
「・・・・・・・・・明日」
「ん?」
「明日嫌だな。」
「え?」
また俺は室内では外で。
に会えないかもしれなくて。
「・・・ジローちゃん?」
「・・・・・・・・・・嫌だな。俺も雪かきがいい」
「・・・・風邪引いてるくせに」
が俺の隣に腰を下ろす。
体温計は俺の手元に置かれ。
が俺にちいさく笑いかけてみせた。
寒い冬。
雪が降り続ける。
「が風邪ひいても困るよ」
「・・・・・」
「俺は毎日会いたいんだ、に。」
は驚いた表情で
少し顔を赤くした。
「ちょっ・・ジローちゃん。・・・・・・・今のは照れた。」
「・・・・・・・・・だから嫌だな、明日。・・・へっ・・・・・くしょん!!」
「ははっ・・・・珍しいねジローちゃんがものごと後ろ向きに考えてるなんて」
「・・・そうかな?」
「そうだよ」
まだ顔を赤くさせて
俺はそんなを見てたかったのに。
いい雰囲気の中の俺のくしゃみ。
やっぱり風邪だねとが笑う。
「・・・・・・・・・・・・」
は珍しいと言う。
俺の考えが後ろ向きなのが。
明日を嫌だと口にしたことが。
けどだってそうだ。
後ろ向きな考えをしないのは
俺たちにそれを見せたこともないのは。
「・・・・・・・・・・は明日が嫌だって思ったことはないの?」
「ん?」
「・・・・・・・・・明日が不安だって」
俺は嫌なんだ。
に会えない明日なら。
がいない明日なんて考えたくもないけど。
「・・・・・明日って怖いよね」
寒い冬。
降り続ける雪。
「何が起こるか誰も知らない未来だから」
「・・・・・・・・・」
「でも誰も知らないからこそ楽しみだとも思うよ」
「楽しみ?」
「例えば明日は忍足が跡部を倒しちゃうとか。宍戸と長太郎がダブルス組むことになるとか。ジローちゃんが新技開発しちゃうとか。」
が笑った。
テニス部の面々を思い出すかのように
瞼を閉じて
小さく小さく笑いながら、
楽しみな明日の話をする。
「・・・・テニス部のことばっかりだね」
「・・・だね」
「らしいけど」
「・・・・・・・・こんなふうに考えたら明日って楽しみになるでしょう?」
何が起こるかわからない未来だから。
が教えてくれたんだ。
明日は未来だってこと。
「でもやっぱり明日は怖いから。今日が終わる前に今日できることをやらなくちゃ。後悔してしまうのが明日だから。」
「今日できること?」
「・・・あたしが、みんなが早くテニスできるように雪かきをするとかね」
またテニス部のこと。
テニス部のみんなのこと。
の今日はテニス部のことを考えてばかりいるんだね。
俺たちのためにできること考えてばかりなんだね。
「さてここで問題です。今日ジローちゃんにできることはなんでしょう?」
「・・・・・・・・・・・え。」
かなわないんだ。
俺たちのことちゃんと見てくれているまなざしには。
今日出来ることでさえもテニス部のことを考えるの言葉には。
どんなわがままも。
俺たちのテニスを一番に考えてくれる君だから。
「・・・練習?」
「それと風邪を治すこと」
「へっ・・・・・くしょん!!」
「くすっ」
「・・・・・・・・・・・・・・」
なんてタイミングのいいくしゃみ。
雪かきがしたいと言った俺に
が問いかけた今日出来ること。
俺が俺たちのことを思ってくれるのためにできること。
「ジローちゃんが風邪をひいて休んでも会えなくなっちゃうんだからね。」
2人で保健室をでようと立ち上がった俺に
が言った。
・ ・・うれしかった。
うれしかったんだよ。
「ねえ、。」
「ん?」
「もう一回手つないでもいい?」
はうなずいてくれた。
ちょっと赤くなりながらそれでも。
「・・・・・へへっ・・・・・」
「・・・・・何?ジローちゃん」
「、あったかいね」
あったかい。
の、手のぬくもり。
夜と朝のはざまで朧気に。
が残していった四葉のクローバーに囲まれて
俺は真っ暗な中、月が照らし出した氷帝のコートの中心に
1人立っていた。
君の手に触れることのできた温もりを
そっと抱き締めて。
きっと明日には消えてしまう。
だからもう一度。
君に会えた今日が終わってしまう前に。
ねえ、。
泣いてもいい?
見上げた満月は朧月。
照らされたクローバーとコート。
そのコートに一つ染みが出来る。
一つ。また一つ。
・ ・・・・これが最後だから。
誰のためでもなく俺の為に泣きたい。
残った最後の悲しみも寂しさも全て流して。
もう一度に会えることだけを
がいつでも側にいてくれることだけを知っていたいから。
‘今日ジローちゃんにできることはなんでしょう?’
・・・・・・・明日のために泣くことだよ。
きっと今日しか許されない。
これが最後だから。
「・・・ねえ、。・・・あったかいね・・・・・・」
夜と朝のはざまで朧気に。
君の手に触れることのできた温もりを
そっと抱き締めて。
一つ。
また一つ。
明日が怖いよ。
この温もりが消えてしまうだろう明日が。
「・・・・・・・・・・怖いよ・・・明日が・・・・」
突然クローバーがざわつく。
クローバーにそうさせた風は
そっと俺の頬をなでた。
まるでが泣かないでと言ってるみたいで。
「・・・・・へへっ・・・・・・・・」
俺が笑えば笑ってくれた君だから。
笑ってほしくて笑った。
大丈夫だと伝えたくて。
明日にはこの涙は
痕も残っていないからと
伝えたくて。
「明日を楽しみにする考え方。が教えてくれたんだもんね。」
一つ。
また一つ。
笑っているのに泣いている俺。
待つよ。
待ってる。
待ち焦がれてる。
にまた会える日を。
待つよ。
待ってる。
待ち焦がれてる。
がまた笑いかけてくれる日を。
今か今かと明日に思いを馳せて。
そしたら明日は怖くない。
明日見る月もきっと
朧気に俺を、照らしてくれるよね。
もう一度コートに吹きわたった風。
きっと君が、笑った証。
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