絵本の世界にあこがれた。











「ねぇ、ブン太。」



「ん?」



「ブン太はこのお姫様ね!」



「・・・は?俺がひめ?!」



「うん!それであたしがナイトなの!」



「?」








お前の好きな絵本。





二人で見て、絵本の中の登場人物指差して。












「私がずっと傍にいて、ずっとブン太を守ってあげる。」











おかしな話。



小さな俺と



幼くて。



でも、幼いなりに、は真剣だったんだ。








































俺が姫。







お前が俺の騎士。








































































「・・・・・・夢かよ。」




































































『オトギバナシ』









































































「・・・・・何やってんだ、。」


「あっブン太!」


「荷造りだろぃ?なんでこんなに部屋が荒れるんだよ。」


「いやー・・・探し物が見つからなくて。」





俺がやってきたのはの部屋。



いくつかの大きな段ボール箱と、雑貨や本が散らばる床。



ドアを開ければ、が床に座りこんで、



困った顔して手探りで、散らかった床を探ってた。






「探し物?」


「そう。・・・もー、本当にどこにいっちゃったんだろう?」


「・・・・何探してんだよ。」


「んー・・・・気にしないで!あとで探しなおす。」


「ふーん。」






きょろきょろと見渡す、昔から何度も来て見知った部屋。



空になった本棚。



何もなくなった机の上。



きっともう、近くにあるダンボールの中にすべて納まってしまっているんだろう。






「あれ?ブン太。今何時?」


「11:00。約束の時間だろぃ?」


「あー!ごめん!すぐしたくするから!!」






そう言って、の部屋の入り口に立っていた俺の隣を、あわてて駆け抜けて



ばたばたと階段を下りていく音をさせた



持っていた携帯をあけて時間を確認する。



11:06



約束の時間6分後。



携帯を閉じてポケットにしまい、もう一度の部屋を見渡した。



空になっていくこの部屋。






(・・・・がいなくなったら)






本当の空っぽ。



は、



今年から、外国で暮らすことになった。
















































































































































































































































雲が穏やかに流れる空はやけに青い。



今は春休みだから、人通りがいつもより多く感じる街中。





「ブン太、お昼食べよ!」


「おう。マジに待たされて空腹だからな。」


「ごめんって!」


「はいはい。何回も聞いたって。」


「じゃあそういうダレた顔しない!」


「あ?もともとこういう顔だっつーの!」





横を並んで歩くがぷっと噴き出す。



俺の顔見て、ごめんごめんと。



俺は俺でそんなに、始めのうちは不服な顔をしてやるけど



すぐに笑い返す。






「あっブン太!あのお店にしよう!」






が指差した店に俺は反対しない。



ポケットに突っ込んだままの手。



で持っていたカバンを両手で持ってる。



がはしゃいで店に入っていくあとを、俺は少し遅れて追っていった。



とこんな風に2人で会うのは1週間ぶりくらい。



荷造りや、外国に行く準備でが忙しかったからだ。



久しぶりにからメールがあったのは昨日。



とても簡潔に







‘デートしよっ!’







だけ。



それを見て、すぐさま返事を返したのは俺だったけど。







「あたし、パスタにしよ!ブン太は?」


「ちょい待てぃ。考える。」


「・・・すっごい真剣だね。」


「当たり前だろぃ?」


「あははっ・・・」







昔から変わらない空気。



雰囲気。



昔から変わらない関係。



幼馴染。



昔から変わらず一緒。



どこに行くにも、何をするのも。



でも、



今は、何かが変わろうとしていた。







「行くの、アメリカだよな。」


「ん?そうだよ。ブン太も遊びに来てね!」


「・・・簡単に言うなって!金ねーし、時間もねえよ。」


「そっか。部活がんばってるもんね!」


「・・・ってかさ、お前行く前に練習見にこいよ。」


「行くなら試合がいい。」


「・・・ねぇよ、しばらくは。」







笑いがたえないのが俺たちで。



お互いのことをわかりきってるのも俺たち。



ウェイターが持ってきた料理をたわいもない話と一緒に食べる。



小さい頃から何をするにも一緒。



でもは、近くにある世界のことにあまり興味はなかった。



いつも遠くを見て、いつも実際にできないことや触れることのできないものに思いを馳せていた。



だから、初めて聞いたとき。







「あたし、中学卒業したらアメリカで暮らそうと思うんだ。」







あまり驚きはしなかった。



らしいと思ったし、いつかそんなこと言い出すんじゃないかともどこかで思ってた。



らしい。



でも、その決意は、俺にとっては。
































「なぁ、。」



「ん?どうしたの?ブン太。」



「・・・・・・・」



「・・・何?」
















































食事を終えた店から出て、少しだけ歩く。



どこに行きたいかと聞けばはどこでもいいと言った。



そののん気な言い方とか、俺の隣を歩く歩調とか。



本当に変わってないと思った。



思って、言いたくなった。






















「好きだ。」
























俺の足が止まればの足も止まる。



は目を見開いて俺を見るが、次の瞬間にはいつものようにあははと笑う。






「私も好きだよ、ブン太。」



「・・・そうじゃなくて。」



「ん?」







そうじゃなくて。







「・・・・・・・なんでもねぇよ。」







何度も何度も伝えてきた。



自覚は遠の昔からあった。



何度も声にして、言葉にして。その度にに伝えるが



の返事はいつもそうだ。



私も好きだと答えるだけだ。



でも、



それは俺の言う好きとは違う。



そんなのわかってる。



そんなの、昔から。ずっと、昔から。










「・・・なんか買うもんねぇの?アメリカに持っていくものとか。」


「・・・もって行きたいものがあるけど、家にあるかもしれない。」


「探し物のこと?」


「・・・・・・・うん!ね、ブン太。私ブン太に何かプレゼントしたい。何がいい?」


「プレゼント・・・?」


「うん!」









一瞬、じゃあお前をくれと言いたくなるけど、



喉の奥にすぐさま引っ込んだ。



・ ・・っていうか、ちょっと待て。



この場合、何か餞別を贈るのは俺のほうだと思う。










お前、いなくなるんだろぃ?










海の、向こうに。







「・・・は?欲しいもの。」


「あたし?」


「アメリカ行くんだろぃ?何か餞別にやるよ。」


「とくになし!」


「少しは考えろぃ!」


「あははっ・・・・・」







とはいえ、俺も思いつかない欲しいもの(いや、思いつくけど。)



ならどうするかといえば、



これからお互いに渡すものを選びに行こうと言う話しになる。











































































































































「ネックレスは?」


「部活があるからあんまそういうのつけねぇ。」


「んー。」


「お前は?ネックレス。」


「金属が好きじゃない。」


「なんだそれ。」





いろんな店に入る。



いろんなものを聞く。



いろいろ、お前のことを考える。



・ ・・・・ちくしょう。



本当に、言えたらいいのに。



お前が欲しいんだと、言えたらいいのに。



・ ・・・言えるかよ。






「難しいな。・・・・ブン太が好きなのはお菓子だけど、そしたら形に残らないし。」


「・・・ってか、なんでが俺にくれんだよ。」


「ん?アメリカにいる間にブン太があたしのこと忘れないように置き土産をって。」


「・・・・バカか。」


「バカとは何よ。だっていつも傍にいたのに、そうじゃなくなるんだよ?」








忘れるわけが、ねぇだろ。







ふと、夢のを思い出す。



今朝見た夢、幼い頃の夢。



おとぎ話の夢。



















「・・・・・そういやさ、夢見たんだ。」


「・・・夢?」


「ガキの頃の夢。」


「・・・いつの?」


が好きだった絵本あったろぃ?あの本と一緒に読んでるんだよ。」


「・・・・・・・・」


「で、お前が言うんだ。俺がお姫様、がナイト。ずっと傍にいて、ずっと守ってやるって。」


「あははっ・・・そうだったね!あの日から、ブン太はずっと私のお姫様!」












俺が何言い返しても、のことだから聞かない。



そう思って、何も言わなかったあのとき。



自分と約束をした。












「あのなー、普通逆だろぃ?俺が騎士でお前が姫。」











ずっと傍にいて、ずっと守ってやる。



ずっと、



ずっと。













「守られるだけなんてつまらないじゃない?」


「・・・・お前らしいな。」


「・・・・でも、すごい偶然。」


「あ?」


「なんでもないよ!」











がくすくすと笑う。



ひどく絵本の世界にあこがれたあの頃。



変わらないものはたくさんあるのに。



お前はいなくなる。



もうじき、いなくなる。



・ ・・なぁ、お前が言ったんだぜぃ?



ずっと傍にいるって。



鈍感なナイト。







「・・・・・。」







何度も言うのに、何度も伝えるのに。



絵本の世界にあこがれた。



あの頃から、俺の中ではお前が姫で、俺が騎士。



ずっと、傍にいて、ずっと守るんだ。



これは自分との約束。













































「・・・好きだぜぃ?」





































































































なぁ、何度言えばわかる?



お前がアメリカに行くっていいだした日から、覚悟なんて、腐るほどできてる。









「私も好きだよ。」









でも、傍にいてぇんだよ。



時間も想いも一緒にはできない。



あのときから、お前の中の俺は変わらずオヒメサマ。



俺がどんなに自覚しても、には届きはしない。



時間も想いも一緒にはできない。



そんなことわかっていた。



だからせめて、傍にいたかった。



想うから、誰よりも何よりもお前を想ってみせるから。



なのに。



鈍感なナイト。



ただ俺に変わらず笑ってみせるだけ。






「・・ブン太?どうかした?」



「なんでもねえよ。」






時間がどんどんと過ぎていく。



歩き回って店に入って。



お互いに似合うもの、欲しいものを探すけど。



見つからない。






「・・・・もうこんな時間だね。」


「・・・・・・・・・」


「帰る?」


「・・・見つからないもんだな。欲しいものって。」







空の色が変わっていく。



赤から紫に似ていく。



ふとが空を見上げるから、俺もつられて空を見上げた。



・ ・・が、欲しいものがないのなら。



俺がにやりたいものは、なんだ?



海の向こうに行く



もう傍にいられない、鈍感なオヒメサマ。



俺がに、あげたいもの。








「・・・・・あ。」


「ん?」


「この先に小さい公園あるだろぃ?そこ先行ってろぃ!」


「え?ブン太?」


「いいから!」








歩いていた方向から真逆に方向転換。



を先に行くように促して、俺は一気に走り出す。



欲しいものは見つからない。



でも、あげたいものならある。



絵本の世界にあこがれた。



例えばだ。



ここからお前をさらってさ。



行くな、傍にいろ。



そう言って。



でも、それができるのは騎士でも、勇者でも、王子でもない。



それができるのは、悪の魔法使いだけ。



だってそれは、の夢を壊すことだから。



でも、













































































































































































傍にいて欲しい。




例えば、ここからお前をさらって。




伝わるまで、伝えたい。




どこにも行くなって言いたいんだ。






































































































































































































































































「ブン太!」


「はぁっ・・・はっ・・・・・!」


「走ってきたの?」


「・・・っ・・・当たり前だろぃ?」


「・・・・ブン太・・・」


「ほらっ・・・・」


「え?」






小さな公園の遊具の一つに、が体を預けてた。



あたりは暗がりが落ち始めて。



でも、まだお互いの表情がわかる程度に明るい。



俺がに差し出したのは、一つの紙包み。



薄くて、だけど大きい。



突然のことには俺の顔を一度確認する。



俺がうなずけば、が包みを受け取った。



それを胸に抱きとめると、俺に笑う。






「あたしがもらっていいの?」


「お前のだぜぃ?」


「・・・あけてもいい?」


「もちっ!」






紙袋をゆっくりとが開く。



ちょうどそのとき、俺たちの上にあった電灯に明かりが灯った。



手元が明るくなり。



俺の姿もの姿も暗がりの中にはっきりと浮かんだ。







「(!)」


「題名あやふやだったし、まだそれが売ってんのかわかんなかったけど、探してみるもんだよな。」


「これっ・・・・・・」


「・・・アメリカ持ってけよ?」







が手にするのは絵本。



の好きだった絵本。



あの夢の中で、あの幼い頃に一緒に見た絵本。



が目を見開いて、ずっと扉絵を見ていた。



次の瞬間とてもうれしそうに笑って。



俺はほっとする。






「・・・・探し物、これだったの。」


「え?」


「全然読んでなくて、久しぶりに思い出して探したらどこにもなくて・・・。」


「・・・・偶然だな。」


「うん!ありがと、ブン太!!うれしい!すごくうれしい!」






見せてくれる笑顔に。



絵本を抱きしめる手に。



お前が好きだと、想うだけ。



・ ・・俺、悪の魔法使いになってもいい。






(・・・・行くなよ。)






「でも私、ブン太に何も・・・・・」






(傍にいろよ。)






「ブン太!欲しいもの、本当にないの?」


「・・・・ない。」


「・・・どうしよう、何あげよう・・・・。」






なぁ、何度言えばわかる?



欲しいものなんか、見つからない。



見つからねぇわけだよ。



欲しいものなんて




























































































































































いつだって、たった一つしかない。



















































































































































































「・・・・。本見てみろよ。」


「え?」


「開いて、見て。」





照らされる電灯の下で。



俺はに笑う。



苦笑が、正しいのか。



は胸に抱いていた本を開いた。



初めから順々にめくっていく本。



姫と騎士の物語。



あるページで、俺は絵本の絵を指さした。






「ブン太?」


「・・・はこのお姫様。」


「え?」


「で、俺がこっちのナイト。」






挿絵には姫の手にキスをする騎士の絵。



本当に幼い絵だった。



俺は指し示していた手を絵本から下ろした。



は、俺と目を合わせる。










































「俺がずっと傍にいて、ずっとを守ってやる。」
























































驚くにただただ笑う。



そんなに驚くなよ、お姫様。



鈍感なナイト。





「あの時だって、本当はそういうつもりだった。」


「ブン太・・・」


「欲しいもんさ、本当はあるぜぃ?」






好きだよ。






ずっと、ずっと。



好きだ。



好きだ。



気付いたときから、実感したときから。



なぁ、悪の魔法使いになったら、



どっかの王子に、お前をさらわれるのかな。



傍にいろって言ったら、行くなって言ったら。



お前はどうする?



・・・・答えは、わかってる。












































































































































「俺は、が欲しい。」















































































































































































夢見たんだ、お前の。



お前が騎士で、俺がオヒメサマ。



だけど、言わなかっただけで俺の中では俺が騎士、お前が姫。



ずっとそうだった。



あのときから、ずっと。






「・・・ブン太っ・・・・」


「・・・・好きだ、。」


「・・・・・・・・・・」


「好きだ。」






絵本の世界にあこがれた。



ナイトはきっと、あの絵本の結末のあとも



姫と一緒にいたはずだから。



ずっと傍にいて、ずっと、守っていたはずだから。























































「っ・・・ごめっ・・・・・ごめんねっ・・・ブン太っ・・・・・」



「・・・・・・・・・・」



「・・・ごめんねっ・・・・」

























































































・ ・・・ずっと、傍にいたから。



ずっと一緒にいたから。



答えなんて、わかってた。



お前はいつも遠くを見て、いつも実際にできないことや触れることのできないものに思いを馳せていたから。



俺は近くにいるだけで、ちゃんとその視線に入りきれていなかった。



そっと手を伸ばして、絵本ごとを抱きしめる。






「・・・バカだよな、お前。鈍感でさ。」


「・・・・・・・・・・ごめん。」


「・・・ホント、バカだぜぃ?アメリカに行くなんてよ。」


「・・・・・・・・・」


「これから俺、もっとかっこよくなるんだぜぃ?」


「あははっ・・・・」


「笑うなよ。」







ごめんはいろいろ。



俺の気持ちに気付かなかったこと。



それに応えられないこと。



ごめんはいろいろ。



俺の欲しいものが叶わないこと。



アメリカに行くこと。



鈍感なナイト、オヒメサマ。



おとぎ話は、もう閉じる。



でも、



まだ終わりじゃないと信じてる。

















































(・・・きっとずっと、好きだから)














































































きっと、ずっと。



これからも。



アメリカに行ったって想ってやる。



これは、自分との約束。



お前がオヒメサマ。



俺が騎士。



ずっと傍にいて、ずっと守ってやるって。



そう、決めたから。



欲しいものなんか見つからない。









お前以外見つからない。









は1週間後にアメリカに発った。



悪いけど俺は、それじゃあまたとも、じゃあなとも言わなかった。






「ブン太。あの・・・・・」


「あきらめてねぇよ、俺は。」


「・・・・・・・・・・・・」


「言ったろぃ?お前が姫、俺が騎士。」






ずっと傍にいて、ずっと守ってやりたいから。



だから。



はいつものように笑って、手を振ってくれた。











夢見たんだ、お前の。









幼い頃の。










夢見たんだ。

















































































































































絵本の世界に、あこがれた。














































End.