一歩歩いては立ち止まり
立ち止まっては歩き出す
あなたのことを考えながら
思って、悩んで。
そうして
自分の優柔不断さに
「・・・どうしよう」
自己嫌悪へとおちいった。
『プレゼント』
氷帝が騒がしいのは
今日一日の限定。
「ねぇいたー?」
「ううん、いなぁい」
「どこ行っちゃったのかな跡部様」
だと、思う。
「それでね、朝からギャラリーがうるさいから跡部の声も監督の声も届かなくて、今日は一日部活中止なんだって!」
朝、登校してきたあたしは
廊下の景色に唖然とする。
数え切れないほどの女子生徒が
それぞれの手に色鮮やかな箱や紙袋を抱えて
あちこちをキョロキョロと見渡していたからだ。
校門周辺には他校生。
もちろん女の子。
「だからね、跡部今逃走中なんだ。」
「・・・逃走?」
「とーそー!!」
自分の教室に辿り着くと
同じクラスのジローくんが
笑顔であたしに一番におはようと言ってくれた。
カバンを持ったまま
自分の席にも着かず
教室に入ってすぐの廊下の近くで
あたしはジローくんが話してくれる今朝の状況を聞く。
「でね、。俺伝言頼まれたんだよ」
「・・・・・」
「すぐに迎えに行くから待ってろだって!」
「・・・景吾が?」
「うん」
「・・・・・」
自分のカバンを手に持つ力が思わず強まって
あたしはいつの間にかうつむいていた。
氷帝が騒がしいのは今日一日の限定。
あれ、でも忍足くんや鳳くんの誕生日があるか。
でもきっと
今日ほど騒がしい日はないと思う。
なんてたって景吾。
俺様。帝王。
教室の開いたドアから見える廊下では
今も女子生徒が逃走中らしい景吾を探していた。
それが廊下をキョロキョロとする原因。
・・・景吾、今どこにいるの?
あたしね
・・・・あたし
「・・・ー?顔色悪いよ?」
「・・・そんなことないよ!」
あたしを心配してくれて
うつむくあてしの顔を覗き込んできたジローくん。
「確かに嫌だよね。女の子たちみんな跡部探しちゃってさ!付き合ってるのはなのにね」
・・・そうじゃなくて
「でも跡部って氷帝の帝王だから祝わずにはいられないんだよ、きっと!」
そうじゃなくて。
「でもきっとすぐ跡部に会いに来るよ!今日部活ないから今すぐ帰っても問題ないCー!!」
そうじゃないの。
「・・・・ない」
「ん?、本当に大丈夫?具合悪い?」
「ジローくん、あたし会えないの」
「え?」
顔をあげて
苦笑い。
ジローくんが少し驚いた顔をした。
今日は
あなたの誕生日。
「あたし、景吾に会えないの。」
「えっちょっ・・・?!」
カバンを持ったまま
教室に入っても席に着くこともなく
あたしは廊下へと歩きだした。
廊下にいるたくさんの女の子達の合間をぬって
どこかへ向かおうというわけでもなく歩いた。
「ジロー。」
「(!!)跡部!!」
だから知らない。
「えっ?跡部、どっから来たの?」
「窓。」
「跡部!跡部!ここ二階!!」
「俺に不可能はねえ」
あたしがいなくなったあとの教室に
窓から景吾が侵入してきたこと。
「廊下からだと誰かに見つかる。」
「スリリングだね!跡部!!」
「・・・はどこだ?」
「・・・・・・それがね」
本当にすぐに景吾があたしに会いにきてくれたこと。
「会えないって」
「あ?」
「。跡部に会えないって」
ジローくんが景吾にあたしの言葉をそのまま伝えたこと。
景吾がそれを聞いてどう思ったかなんて。
知らなかった。
そんなこと考えてる余裕は
そのときのあたしにはなかった。
あるはずもなかった。
(・・・・・・どうしよう)
階段を下りて、人気の少ない廊下で立ち止まる。
早足で階段を下りたせいか、
少しの息切れと動機。
それがあいまってさらにあたしをあせらせる。
「えー!授業始まっちゃう!!」
「ねえ、マジ跡部くんどこ?」
あたしの目の前を通り過ぎる女の子達。
その手には色鮮やかな景吾あてのプレゼントたち。
「・・・・・・・・・・・・・」
一歩歩いては立ち止まり
立ち止まっては歩き出す
あなたのことを考えながら
思って、悩んで。
そうして
自分の優柔不断さに
自己嫌悪へとおちいった。
一ヶ月前からあれこれと考えていた今日だと言うのに。
通り過ぎていく女の子達。
その手にあるプレゼント。
あたしはあのプレゼントに混ざれるものも、
匹敵するものも手にしていない。
持っていない。
・ ・・・・・ないんだ。
「・・・・会えないよ」
一歩歩いては立ち止まり
立ち止まっては歩き出す
あなたのことを考えながら
思って、悩んで。
そうして
結局見つけることの出来なかった、
景吾への誕生日プレゼント。
だから、会えないよ。
「(・・・・・今日は、景吾の誕生日だもの)」
あなたの誕生日なのに、
あげるもの一つないあたしなんて。
自分のカバンを手に持つ力が思わず強まって
あたしはいつの間にかうつむいていた。
・・・・・大丈夫。
まだ間に合う。
立ち止まった足をもう一度動かす。
「(今日一日あるから。)」
今からもう一度探しに行こう。
あなたへの誕生日プレゼント。
動き始めた足は速度を増す。
見つけて、
会いに行くんだ。
<キーンコーン・・・・>
チャイムの音に周りの人の気配は少なくなっていった。
あたしは、授業に出る気などさらさらなく
さらに速さを増して足を動かし、駆け出す。
・ ・・・・・探したんだよ、
景吾への誕生日プレゼント。
でもね、見つからなかったんだ。
あなたにあげたいもの。
「!!」
見つからなかったんだよ。
<ぐいっ>
突然掴まれた腕。
聞きなれた声。
昇降口で靴を履き替える前に動きを止められたあたし。
「っ・・・・景吾?」
「俺に会わないで帰るつもりってわけか?。」
なんで、ここに・・・
逃走中なんでしょ?
そう聞こうとしても声が出なかった。
あたしと目を合わせる景吾は
「会えないってなんだよ。会いたくないならそう言えよ」
「け・・・・ごっ・・・」
その目も、声も、あたしの腕を掴む手も、
景吾は怒っていた。
ジローくんからあたしについて聞いたのだと
景吾の言葉から推測する。
腕が熱い。
掴まれる強い力が痛い。
「ちがっ・・・会いたくないんじゃないっ・・・」
「じゃあなんだよ」
「景吾・・・いっ・・・・・」
明らかに怒っている景吾が怖い。
なんで?
そんなに怒ることない。
あたし会えないと言っただけ。
腕が痛い。
景吾の視線が痛くてあたしは思わず目をつぶった。
「それでさー」
「え?マジ?」
「・・・・ちっ」
「景吾?」
遠くからこっちに向かって歩いてくる足音と声。
景吾はあたしの腕から手を離して今度は手を握ると
あたしを引っ張るようにして歩き出した。
その力はさっきと変わらず、痛いと思うほど強い。
「景吾・・・」
「・・・・・・・」
「景吾痛いよ・・・」
「・・・・」
「け・・・ご・・・・」
目にしていたのは握られたあたしの手。
あたしの手を握る景吾の手。
あたしの先を行く景吾の背。
何を言ってもこの手を離してくれないね。
廊下を早足で進む。
突き当たりの階段を上ると、
そこは音楽室。
景吾は【音楽準備室】と書かれた通常授業で使う教室の
一つとなりのドアを開けた。
<どんっ>
景吾に背中を押され、
その部屋に足を踏み入れる。
「っ・・・景吾・・・・」
「・・・・・・・・・なんで‘会えない’?」
「・・・・・・・・」
音楽教師の榊先生がこの部屋を出入りするところを見たことがないから
この部屋は実際あまり使われていないんだろう。
少しの本が入った戸棚。
小さな窓。
湿気。
鍵のついたドア。
その鍵はさっき景吾が閉めた。
あたしの手は離され。
あたしと景吾は真正面で向かい合っている。
「・・・・・放課後戻ってくるよ」
「俺の誕生日は祝わないってことか?」
「違うよ!そうじゃないっ・・・・」
「なら・・・・・」
景吾の目は怒ってた。
その声も怒ってた。
あたしは言いたくなかった。
景吾に誕生日プレゼントを選べなかったなんて言いたくなかった。
だって今日は、
「勝手に祝ってもらう」
あなたの、誕生日。
「っ・・・・景吾!・・・・っ・・・やだ・・・」
「・・・・・・・・」
「け・・・ご・・・・」
景吾の足があたしに近寄った。
黙ったまま、
景吾の手があたしに伸びて、制服のブレザーを脱がされる。
「・・・んっ・・・・・・」
角度を変えて、何度もキスをされながら
景吾の唇が今度はあたしの首筋に降りてくる。
「待って・・やだっ・・・・なんで?なんで景吾、怒ってるの?」
「・・・・・・・・・・・」
「っ・・・・・景吾・・・・」
景吾の手はあたしの制服のボタンを外し始める。
怒ってる。
なんで?
会えないって言っただけ。
ダメだよ。
あたしあなたにあげるもの何一つ持ってないんだもの。
景吾のキスが降ってくる。
さっき手を掴まれていた力はそこにはなく、
ただ優しいばかりに。
(・・・・景吾。)
本当のこと、言わないから怒ってるんだね。
ううん。
本当は怒ってない。
怒ったフリして、言わせようとしてるだけなんだ。
‘会えない’って
なんでそう言ったのか。
今日は、
あなたの誕生日だから。
「・・・・・・・世界で・・・・・・・・一つだけのものを探してたの」
「・・・・・・・・・・」
「・・・でも・・・見つからなかったんだよ、景吾。」
「・・・・・・」
景吾の手が止まる。
キスが、止まる。
景吾があたしの胸にうずめていた顔を上げる。
「・・・・ごめんなさい景吾っ・・・・あたし・・・景吾に誕生日プレゼント用意できなかったっ・・・・」
世界で一つだけのものを探してた。
一歩歩いては立ち止まり
立ち止まっては歩き出す
あなたのことを考えながら
思って、悩んで。
誰もの心を奪う景吾だから、
たくさんの人があなたを祝う。
たくさんの人があなたにプレゼントを贈る。
景吾に似合うものは無数にあるけど、
そんな中であたし、この世界にたった一つしかないものをあげたかった。
あなたを想う誰もが渡すことの出来ない、
あたしだけのプレゼント。
どんなに探しても結局見つからなかったけど。
「・・・・・そんなことで俺に会わない理由が成立するとでも思ってんのかよ」
「そんなっことってっ・・・・」
「そんなことだろ」
景吾が笑う。
あたしにそっと触れるだけのキスをして。
あたしの髪をそっとなでた。
「世界で一つ?笑わせんなよ」
「っ・・・・・・・・」
「そんなもの探す必要ねえだろ」
あなたを想う誰もが渡すことの出来ない、
あたしだけのプレゼント。
「俺が想うのは、世界で1人だ。」
景吾がさっきキスを落としたあたしの首元に触れた。
「それで十分だろ?」
世界で一つなんか、
あなたの言葉の足元にも及ばないんだろうか。
あたしは景吾を見る。
景吾はかすかに瞼を伏せ、優しく笑う。
あたしの首元に触れ。
そっとあたしの髪をなでる。
「・・・・・さっきの・・・演技?」
「あ?」
「怒ってた。」
「・・・・・・・半分本気だ。」
「なんで?」
「俺の誕生日に会えないなんて言うからに決まってんじゃねえか。」
「・・・・・・・・・」
「世界で1人だっつったろ?。」
今日は、
あなたの誕生日。
あたしは何一つあげなくていいの?
こんなに愛しいものをくれる景吾に。
景吾があたしから離れてドアの鍵を開ける。
あたしに振り返るとまた優しく笑う。
「そのままでいると本気で襲うぜ?」
「(!!)っ・・・・景吾のせいでしょ?!」
「くくっ・・・・・」
景吾に外された制服のボタンを急いで留める。
喉を鳴らして笑う景吾。
「帰るぞ、。俺の家、来るんだろう?」
今日は、
あなたの誕生日。
あたしは何一つあげなくていいの?
部屋のドアを開け、
景吾はあたしが足を動かすのを待っていた。
「けっ景吾の家に行く前にどこかお店、行こう?」
「・・・また言い出すのか」
「だってっ・・・・・景吾の誕生日だしっ・・・景吾が欲しいもの選んで?一緒に買おうよ!!」
はあ、と景吾が溜息を一つ落とす。
もう一度開いていたドアをバタンと閉めるとあたしの前までやってきて、
あたしの髪をその指に絡める。
「・・・・・・なんでもいいのか?」
「あっあたしのお金で買えるなら!!」
「・・・・・・へえ」
「(!!)・・・んっ・・・・・」
あごを持ち上げられて景吾に再びキスをされる。
開いた口の隙間から器用に舌をいれられ
長い長いキスをする。
「っ・・・景吾っ・・・・」
「がいい」
「(!!)」
離れた唇から景吾が言った。
「目も、髪も、の時間も心でさえも。全部、俺にくれればいい」
「けっ・・・・・・」
「俺の誕生日だぜ?」
「・・・・・・・・・・」
「欲しいもの、くれるんだろう?。」
景吾の唇が近づく。
何度も唇をあわせては
名前を呼ばれ。
「・・・け・・ご・・・」
「ん?」
「誕生日・・・・おめでとう」
世界で一つを探したのに
そんなもの
あなたの言葉の足元にも及ばないんだろうか。
(困った・・・・)
吐息が混ざっていく部屋の中で
伝えたい言葉があった。
「んっ・・・・け・・ご・・・」
今日は、
あなたの誕生日。
(あたしのすべてならとっくにあなたにあげていたのに。)
でも、
そんなこと言ったら今度こそ襲われるんだろう。
・ ・・・・・・どうしようか。
このキスの嵐が止んだら、
言ってみようか。
私にとっても
世界で1人。
私の想う人。
襲われるのは覚悟のうえで。
(あたしのすべてならとっくにあなたにあげていたのに。)
End.