雨が2人を、繋いでいた。








雨が。








雨だけが。








すべてを、知っていた。







































































『Rain1』










































































晴れわたる日の空に似た色。



薄い青。空色。鮮やかな、海のようなコバルトブルー。



シンプルで、簡素。開けば大きくて。



それが侑士の傘だった。
















「・・・侑・・・士・・・・・・・・?」















雨の音がしていた。



ずっと、ずっと。



雨の匂いがしていた。



ずっと、ずっと。



あなたの声が、雨音にかき消されそう。



私。



あなたの傘が好きなんだ。








「・・・?・・・・無・・・事・・・?」


「侑・・・士・・・・・?・・・侑士っ・・・侑士!侑士!!」


「・・・聞こえ・・・て・・・・・る・・・・・」









雨の音がしていた。



ずっと、ずっと。



雨の匂いがしていた。



ずっと、ずっと。



あなたの傘が、遠くで開いたまま、横たわってる。



ずぶ濡れ。



私も、侑士も。



あなたは、横たわり。



私は、座り込み。


































「事故だ!!おいっ・・・大丈夫か?!」


「救急車!!早くっ・・・!!」


「おい、君!!立てるかい?!」


「・・・侑士っ・・・・侑士!」













































手を伸ばして。あなたに、手を伸ばして。



手を伸ばして。私に、手を伸ばして。



雨音で、私の声がかき消されそう。



周囲が騒がしくなる。



色とりどりの傘たちが、あたしと侑士を囲む。













「・・・・・・・・・・・・・・・・・」













侑士が、横たわったまま。



あたしの名前を呼んだ。







「君っ・・・・」







大きな道路の往来で、座り込む私を、誰かが立たせようとする。



やめて。離して。



嫌だよ。なんで?



雨の音がしていた。



雨の匂いがしていた。



ずっと、ずっと。



遠くで、侑士の傘が開いたまま横たわっている。



あなたの血が、雨の水溜りに浮かび。



私は、泣いていたのに。



雨が、流してしまう。



突然、二人に向かってきた車。



気付いた時には、体に小さな衝撃。



気付いた時には、ずぶ濡れの2人。

















「嫌だっ・・・!侑士!!・・・・っ・・・・侑士!!」
















雨にかき消されてしまう。



私の声が。侑士の声が。



手を、伸ばしても、あなたには届かず。



私は、誰かの手に立ち上がらされ。



あっていたはずの目。









侑士が、瞼を閉じてしまう。









「っ・・・い・・・・やだ・・・・・嫌だ!!侑士!!起きて!!起きてよ!!」









髪から、滴り落ちる雨。



今降ってきたものなのか。



だいぶ前に降ってきた雫なのか。



それさえもわからない。



晴れた日の空に似た色。



薄い青。空色。鮮やかな、海のようなコバルトブルー。



シンプルで、簡素。開けば大きくて。



それが侑士の傘だった。



雨の日だけの、あたし達の約束だった。



雨が。



雨だけが。



あたしと、侑士の。



































































































































































































































































































































































































































































































「侑士!!」






バタンっとすごい音と同時に開いた病室の扉。



駆け込んできたのは向日くんだった。



一つのベッドを囲んで、集まってきた面々が、向日くんのほうを見る。






「静かにしろ、向日。」


「侑士は?!おい、!!何があったんだよ!」


「向日!!を責めるな!!」






跡部君の声がした。



そのあと向日くんの声がして、宍戸君の声が聞こえた。



あたしは、ひたすら冷たいその手を握っていた。



向日くんの姿を確認しただけで、すぐに視線を戻していた。



侑士の、整った顔。



白い病院のベッドの上。



酸素マスクも、点滴も施されていない侑士。



こうして見ていると、ただ眠ってるだけのよう。



事故になんか、あっていないみたいに。







「・・・侑士・・・あたしを、かばって・・・・・」


・・・無理して話そうとしなくていい。」


先輩、日吉の言うとおりです!」







きちんと、説明しないと。



それだけの思いだけで、どうにか喉から搾り出した声。



若が、私の肩から落ちた毛布をかけなおしてくれた。



病院に来てからずっと侑士の側から離れようとしない私は



いまだ降り続ける雨のせいで、髪からは雫が落ち、全身ずぶ濡れだった。



そんな私の姿を見かねた看護師さんが、タオルと、冷えた体を温めるよう、毛布を持ってきてくれた。



侑士が濡れないよう髪を拭いた私は、無意識のうちに、若に連絡を取っていた。



若は私の幼馴染。



私から連絡を受けた若が、氷帝のレギュラー陣に連絡をとってくれて、



今こうしてみんなが侑士のいる病室に集まっている。



私は、侑士の横になるベッドの近くに置かれたイスに座ったまま、



侑士の手を離そうとしない。




(起きて。)




起きて。













「・・・侑士、外傷は頭を少し切っただけで、他は大丈夫なはずなのにっ・・・・」




、無理しなくていいCー・・・。」












芥川君が、私の背中に声をかけてくれる。



でも、説明しなくては。



私のせいで、侑士は。









「・・・・・もう、目を開けてもいいはずなのにっ・・・・・」









雨の音がする。



まだ、ずっと。ずっと降っている。



雨の雫が、病室の窓に張り付く。



怖い。



睨まれているよう。侑士が、さらわれてしまうよう。



雨の音が。



私が、医師から聞かされた忠告。

















































「このまま・・・目を覚まさなければ、命に・・・・関わるって・・・・・・」









































































































































起きて。





(起きて。)





侑士。



起きて。



綺麗な、寝顔。



冷たい手。



起きて。



起きて。



目をあけて。



侑士は実家から離れてこっちで1人暮らし。



侑士の持ち物からわかった電話番号で、看護士さんが、侑士のご両親に連絡してくれたようだった。



でも、当然すぐにここに駆けつけられるわけもない。








「・・・・・侑士。」








病室に、静寂が走る。



私だけが侑士の名前を呼ぶ。



若の手が、私の肩にそっとのったのがわかった。



泣きたいのに、泣けない。



雨のせい。



雨が、流してしまったから。



雨の音がする。



ずっと、ずっと。



雨の匂いがする。



ずっと、ずっと。



雨に、かき消されてしまいそう。



雨音に、かき消されてしまいそう。



私の声が。



侑士の鼓動が。









「っ・・・・起きてよ。・・・・侑士・・・・。」









冷たい手。



雨のせい。



そういえば、侑士のあの傘。



誰かが、持っていってしまったのだろうか。



所在がわからない。



雨の中、広がったまま横たわる。



晴れた日の空に似た色。



薄い青。空色。鮮やかな、海のようなコバルトブルー。



シンプルで、簡素。開けば大きくて。



侑士の傘。



強く、強く握り締めた冷たい手。









「・・・・侑士・・・・・?」









かすかに、かすかに握り返された侑士の手。



私がその反応に驚く声をだしたので



病室に集まっていたレギュラーのみんなが、侑士のベッドの周りに集まり始めた。



かすかに、動いた唇。











「侑士っ・・・・!!」











ゆっくりと、上がった瞼。



目が、合った。



手は、握ったまま。









「・・・・・・誰?」


「・・・え?」









雨の音が、していた。












































































































































































































































































































「・・・・自分、誰?」

























































































































































































































































































































































侑士の目は、困ったように笑っていた。



あたしだけが、強く手を握っている。



その言葉に、握っていた手を離し。






「・・・・忍足、お前・・・・」


「ん?跡部?」


「侑士っ・・・・・」


「なんや岳人。お前も・・・・ってここどこやねん。」






侑士が、上半身を起こして、病室中をきょろきょろと見渡す。



あたしは、思わず座っていたイスから立ち上がり、後ずさりしてしまう。







。」



「っ・・・・・・・」







若が、よろける私の肩を支えてくれた。



誰かの息を呑む音がした気がした。



誰もが黙り、誰もが顔を見合わせる。



侑士だけがきょとんと不思議そうに小首をかしげ。








「忍足、お前・・・・」


「忍足・・・?」


「なんや、宍戸。ジロー。鳳まで。みんな何でそろってるん?」


「忍足先輩っ・・・・・さんがわからないんですか?」


・・・・・・・・・?」








レギュラーのみんなが侑士の視線を促した。



この病室中の視線があたしにある。



若が、いまだあたしの肩を支えてくれていた。



侑士と、目があう。



・ ・・・・呼吸が、止まってしまいそうだった。



侑士の眼鏡を通してではない瞳。



透き通って、綺麗だった。












「・・・・・え・・・・・堪忍。・・・・・自分、誰?」











侑士が、苦笑する。



さも、誰かが自分を騙そうとしているのを、見破ったかのように。



病室内が静まり返る。



嘘。



・ ・・・・嘘。



目を見開かせるあたしの肩から、さっきまで支えてくれていた手が離れた。



呼吸が浅い私の隣を、すごい勢いで通り過ぎる。













「(!)っ・・・・・若!!」


「・・・・あんた、何ふざけてるんですか?!」


「・・・・なんやねん、日吉。いきなり人の胸倉掴んで。」


「忍足さん!がわからないって言うんですか?!」


「若、やめろ!忍足だって意識取り戻したばかりなんだぜ!!」












あたしは、目の前で起こっていることの、完全なる傍観者。



だって。



だって。



若が、ベッドに飛び乗る勢いで侑士の胸倉を掴み、



それを宍戸君が制止しようとしてる。



侑士は突然のことに、冷静に若を睨み上げていた。



私はただただ。












「・・・・?」












雨に冷え切ってしまった震える体を、自分で抱え。


























































































































































































「だから誰やねん、それ。」





































































































































































































雨の音がしていた。



ずっと、ずっと。



雨の匂いがしていた。



ずっと、ずっと。



病室の窓に張り付いて。



雨がこっちを見てる。



若の手が、侑士の胸倉から、静かに下ろされ。



誰もが、そこに呆然と立ち尽くした。



その日。
























































































































































































侑士は、私を忘れた。



















































end.