心をざわつかせた、ほんの一瞬。



無邪気に。



無防備に。



俺には到底できないような笑顔で。



透き通ったその目。



気付いたときには、その笑顔に、思わず彼女の細い手首を掴んでいた。






(・・・・何してんねん、俺。)






怖がられると、思った。



なのに。






「・・・・・・・・・・・・・・・・」






思い出すことなどできないのに。



記憶の中にを見つけることができないのに。



心が衝動を掻き立てては、想いばかりが先走る。



そんな気がしてならない。






怖がれると思ったのに。



あのときが笑ってくれたから。



今も。



その姿を見つければ、



この胸が痛む正体を、知る術もなく足掻いている。

































































『Rain4』
































































































































晴れてよかった。





「待たせてごめんな。」



「・・・待ってないよ。今来たところ。」





がそう言って、俺に笑顔を見せた。



休日ともなれば、当然のようにいつもより人の波は多い。



そこには、日常と違い学校に通う制服姿ではなく、私服姿の俺との姿があった。





「ほんまに映画でええの?」


「うん。最近全然見てないし、侑士の行きたいところでいいよ。」





映画館の前。



チケットを買いに2人して並ぶ。



一つの会話が終われば始まってしまう沈黙は、仕方がないと俺は思った。



俺の提案。



すぐに決まったデート。



・ ・・こんなに早く叶うとは、俺もも思っていなかったはずだ。






「後ろ?」


「侑士は前のほうがいいんだよね。」


「・・・・・・・・・」






・・・よく、知ってる。



でも、付き合っていたのだから。



恋人だったのだから、当たり前なんだろうか。



映画館に入って席を探していたとき、が俺の好む映画館の位置を知っていて言葉が止まってしまった。



ほんの少し驚いてみせた俺に、が苦笑い。



その笑顔に俺は気まずさを感じ、の先を足早に行って、席をとる。



目が合えば、は俺の隣に静かに座った。



うまく目を合わせることができずに、二人で映画が始まるのを待っていた。




(・・・なんでこんなに余裕ないねん、俺。)




流れる沈黙。他にも映画を見に来てる客は多いのに。



なぜか、この空間がやけに静かに思えた。



仕方がないのだと思った。



俺の提案。



・ ・・こんなに早く叶うとは、俺もも思っていなかったはずだ。











































































































































































































































「忍足。」


「なんや、跡部。」


「お前、部活に来なくていいから。」


「・・・・・・・・・・・・・・は?」





それはもう、リストラをいきなり上司に告げられたサラリーマンの気分だった。



雨の降り出した午後のせいで、部活のできない状況になっていた放課後。



岳人と教室で話していた俺を、いきなり跡部が訪ねてきた。



いきなりの跡部の登場にざわつく廊下、教室、校舎。



テニス部リストラを告げられた俺には、そんなざわめき、蚊帳の外だったが。





「今週の日曜、・・・・まあ予報じゃ雨だが。自分の運でも信じるんだな。」


「・・・跡部?何の話や。」


「・・・・デート」


「!!」






・ ・・・ああ、ジローか。



そう瞬時に思った俺の視線の先、廊下をふわっと金髪が横切った気がした。



‘デートしよか?’



ついさっきまでと交わしていた会話。



なんで跡部がそんなこと知ってるんだとか、そんなの愚問でしかなかった。



あのとき俺の言葉を聞いていた可能性のある奴なんか1人。



と同じクラスのジロー。





を誘ったんだろ?」





跡部が、ものすごく愉快そうに笑っていた。



その笑みは俺をかすかに不愉快にさせていた。





「・・・・なんでそんなに楽しそうやねん、お前。」


「今度の日曜。部活の予定だがお前は部活なし。いいな。」


「(・・・・無視かい。)」





雨の音がしていた。



一緒に帰ろうと誘ったが、は約束があるらしく、叶わなかった。



だからと言ってはなんだが、咄嗟に、勢いと共にでた言葉。



呼び捨てがいいと言った俺に、が、あんな風に赤くなってうなずいたりするから。




(・・・・のせいやと思う。)




知りたい。



無邪気で、無防備なその笑顔。



透き通った瞳の向こう。



赤く染まる頬。



知りたい。



思い出したい。



だから、誘った。



まるで早くと急かすように、まるで急げと催促するように。



咄嗟に、勢いと共にでた言葉。



‘デートしよか?’



知りたい。



思い出したい。



早く。早く。



そう、心がどこかで願っていた。



早く。



時折、ちりちりと痛む胸。



心がざわついたあの一瞬。



が見せてくれた笑顔。



知りたい。思い出したい。



あの透き通る瞳の向こう。



早く、
















(・・・・早く、か。)
















「・・・侑士?」


「・・・・ん?何?」


「・・・大丈夫?何かぼうっとしたよ?映画始まるよ。」


「・・・ああ。」





が静かに笑って、照明がぼんやりと消え、周囲が暗くなっていった。



明るくなったスクリーン。始まる映画予告。




(・・・・デート。)




こんなに早くかなうなんて、思ってなかった。



跡部のおかげといえばそうなのだが、リストラにも似た休んでいい宣言をに言えば、



少しとまどったかのように笑ってうなずいてくれた。



・ ・・・それはそうだろう。



誘って、予定が決まったのはその日のうち。



さらに俺は、記憶喪失。



のことを思い出しているわけじゃない。



ただ、知りたくて、思い出したくて。



そう思ったから、今日もここにいる。




(・・・・早く、か)




何をあせっているのか。俺は。



・・・らしくない。



知りたいと思ったのは、嘘なんかじゃない。



にとってだって、早く思い出したほうがいいに決まってる。



・・・俺だって。



心をざわつかせた、ほんの一瞬。




(・・・あの、一瞬。)




スクリーンの光で見えたの横顔。



透き通った瞳。



・ ・・俺だって。




(・・・早く思い出したほうがいいに決まってる。)




ちりちりと、この胸が痛む正体を、知る術もなく足掻いている。



記憶の中に、の姿を見つけることなど、できないのに。



思い出したのは、映画館の席、



俺の好む場所を知っていたが、少し驚いてみせた俺に向けた苦笑い。



本当は。



デートに誘った放課後。



ジローに向けていた、あの無邪気で無防備な笑顔が、見たかったのに。



(・・・・・・早く。)



早く。



スクリーンの光が、今はいつもより、まぶしかった。












































































































































































































































































「・・・・・。」


「・・・・・・・・・・・」


「・・・。顔あげてぇな。」


「・・・っ・・・・・・・・」


。」





綺麗に映し出された映画。



ラブロマンスの洋画。



それを見終えて、俺たちは小さなカフェに入っていた。



映画が終わった頃はもう昼を過ぎた時間になっていた。



俺の正面に座ったの肩が小さく震えていた。





「・・・・


「・・・・・・・・・」


「・・・声ださなくても笑ってるのバレバレやで。」


「・・だってっ・・・・」





が顔をあげる。



かすかに目元を拭ったのは、泣くほどウケたってことなのか。



映画が終わってエンディングロールが終わるまで席を立たなかった俺と



明るくなった映画館でが見たのは、俺の頬を伝う一筋の涙。





「・・・・泣いたらあかん?・・・感動したんやけど。」


「悪くないよ。・・・ごめんね。」


「・・・まだ笑ってるやろ。」


「おもしろかったね、映画。」





・・・見事にに流された。



頼んだランチがテーブルにやってくる。



思わずの涙にしまったと思ったのは俺のほうなのに。



・・・・やってしまった。



肩をすくめて小さく溜息を吐いた俺。



俺と目が合うとが「ごめん」と言って笑った。








「・・・もうええよ。」









そんなに楽しそうに、笑ってるから。









もう一度目をあわせると2人して思わず小さく笑ってしまう。



俺がランチに手をつけ始めるとも俺に続くようにしてランチに手を伸ばした。



ふと見えたカフェの窓の外。



雨の降り続いた連日とは打って変わって晴れてくれた空。



跡部の言っていた通り、確かに天気予報は雨。



だから、晴れてくれて本当によかった。





「「・・・・・・・・・・・・・・」」





始まってしまった沈黙に気まずさを覚えないわけもない。



カチャカチャとランチを進める音だけが2人をまとっていた。



突然のデート。



を忘れた俺。



・・・・・・は。



は、今。



きっと変な感覚しかないのだろう。





「・・・・なぁ、」


「ん?」





付き合っていた2人ならともかく。



好き合っていた2人ならともかく。






と俺のきっかけってなんやったの?クラスちゃうし、接点何?」






今、目の前にいる男は、自分を忘れた恋人。





「・・・・若の練習試合の応援に行って初めて会ったときから、・・・ちょっとずつ話すようになって」


「日吉は幼馴染やったっけ。」


「うん。」


「・・・・・・・・」


「・・・侑士は、会った時はすごく冷たい人だった。」





そう言葉にするは優しい笑みだった。



俺と目を合わせることなく、少しずつランチを進めていく。



聞いてみたかった。ずっと不思議に思っていたこと。




(・・・冷たい人か。)




その言葉に、小さく小さく胸が痛んだ。



屋上で『忍足くん』と呼ばれたときに感じた痛みに似ていた。



ちりちりと、まるで焦げるような。



理由もわからないそれに、押し黙っていた俺だったが、



次の瞬間、俺は目を丸くしていた。






「たぶん、私のことが大嫌いだったんだと思う。」






そんなの言葉。



・ ・・・大嫌い?



俺の食事をする手が止まる。



平然とそう言ったは、特に何かを気にするでもないようだった。



淡々と話される過去。



自分の記憶を探したが、の言葉で覚えていることはない。



練習試合。日吉の応援に来ていた人。



と以前話したこと。



・ ・・・が嫌いだったこと。




(・・・・何も。)




覚えていなかった。





俺は、いつも上辺だけの人との関わりを望んでいた。



だから、誰かに冷たい理由も。



誰かを嫌う理由もわかる。



勝手に、踏み込まれることが気に入らない。





(・・・・・大嫌いだったのに。)





なのに。



俺は、を好きになったのか・・・・。



今の俺のように、のことを知りたいと思ったのか。



今の、俺みたいに。



踏み込まれることも踏み込むこともない人間関係。



その関係を、望んでいたはずなのに。



ずっと望んでいたはずなのに。





「・・・・・・・」


「・・・・侑士?」


「・・・なんでもないわ。ちょっとな。」





思わず自分に噴出してしまった。



・ ・・今の状況を考えてみろ。



踏み込もうとしているのは、自分からだ。






あの日。降り出した雨とその音に、に会いに行った日。



咄嗟に掴んだ細い手首。



怖がれると思ったのに、優しく笑ってくれた。



俺の予想なんて、軽く飛び越えて。







「・・・変な子やね、。」


「(!!)」


「・・・どうしたん?」


「・・・・前にも。」







透き通った瞳で、きっと。









「前にも侑士、同じこと言ったんだよ。」









を知っていた頃の俺にも、そうやって笑っていたんだ。



きっと。



大嫌いじゃなくて。





(・・・大好きやったんやと、思う。)





俺。



記憶の中に、を見つけることができなくても。



思い出すことができなくても。



だから、







「・・・なぁ、。」


「ん?」


「告白したのはどっちからやった?」








だから、



心が衝動を掻き立てては、想いばかりが先走る。






俺の質問に、目を大きくさせる



ええやろ。聞いたって。



今日はのことが知りたいと思ったから、俺はここにいる。



思い出したいと思ったから。



にとってだって、早く思い出したほうがいいに決まってる。



・ ・・俺だって。




(・・・早く思い出したほうがいいに決まってる。)




きっと、大嫌いじゃなくて。




























































































































「・・・私からだよ。」





































































































































































































































































きっと、大好きだった。



(・・・・反則やん。)



赤く染まるの頬。



照れて、恥ずかしそうに俺から目をそらして、小さく小さくランチの残りを口に運ぶ。



その姿が、なぜかうれしくて。



自分から告白したのだと言うが、かわいくて。



早く。



早く、思い出せ。



あせるなんて、らしくない。



でも早く、思い出したかった。



思い出したかった。



そう想う理由も、あの日、抱きしめてあげたいと想った衝動も。



あのとき、心をざわつかせた、ほんの一瞬。



無邪気に。



無防備に。



俺には到底できないような笑顔で。



が笑った。



透き通ったその目。



気付いたときには、その笑顔に、思わず彼女の細い手首を掴んでいた。






(・・・・何してんねん、俺。)






怖がられると、思った。



なのに。






「・・・・・・・・・・・・・・・・」






思い出すことなどできないのに。



記憶の中にを見つけることができないのに。



心が衝動を掻き立てては、想いばかりが先走る。







怖がれると思ったのに。



あのときが笑ってくれたから。



赤く染まる頬と透き通った目を見つければ、



この胸が痛む正体を、



思い出す術を知ることもできないまま、心が、足掻いている。



















































































































































































































カフェから出れば、外は今も晴れていた。



店からでてきては俺と目が合うと、さっきの発言がまだ恥ずかしかったのか、



急いで俺から視線をそらした。



自分を忘れた目の前の恋人を、は今も、想っているのだろうか。



俺は、どうしてのことだけ何も覚えていないのか。





「・・・なぁ、。もう一つ聞いてもええか?」


「・・・・うん。」


「・・・初めてのデートは何したん?」





はゆっくりと俺と目を合わせる。



が静かに微笑むと、透き通った目に、俺がちゃんと映って見えた気がした。



刹那、胸がはねたのに、俺は気付かないフリをした。








「・・・付き合い始める前に、2人でこの辺で会ったんだ。」


「・・・・・・・・・」


「それから、長すぎるくらい時間かけて、遠回りして、2人で歩いて帰ったの。」









たぶん、それが初デート。



あわせていた視線を外すと、の横顔が青空を見ていた。



晴れて、



晴れてよかった。



一瞬のとまどいは、俺がを思い出せないから。



の教えてくれる過去に、何も覚えがなかったから。






「・・・ほな、長すぎるくらい時間かけて、遠回りして。」


「・・・・・え?」


「一緒に歩いて帰りたいんやけど。」






自分を忘れた目の前の恋人を、は今も、想っているのだろうか。



今も、俺を想ってくれているのだろうか。
















「・・・・いいよ。」















が赤い顔してうなずいてくれる。



それが、妙に。・・・いや、やけにうれしくて。



どちらからともなく歩き出した。



どちらからともなく隣を歩いた。



声にするのは、他愛もない日常の話。



テニス部で何があったかとか。



のクラスでの出来事とか。



時折見る横顔。



並んで歩く道の途中で、手を繋いでしまいたいと何度か思った。



・ ・・でも、俺はを思い出していない。



から聞く記憶が、俺の中にはない。



隣を歩く男は、自分を忘れた恋人。



会話は生まれて途切れては、風に流れて消えていく。



時折、ちりちりと胸が痛んだ。



それは、自分の中に芽生えた苛立ちに似ていた。



・ ・・どうして。



他の全てを覚えているのに、のことだけ忘れているのか。



時折、の笑顔が見えた。



・・・・俺はうまく、笑い返してやることもできない。



大切だと思った。



思い出したいと思った。



知りたいと思った。







・ ・・・今にも泣き出しそうな顔。



赤くなってうなずいた姿。



あの透き通った瞳。



空を仰ぐ横顔。



俺の予想なんか、簡単に飛び越える。



優しく微笑む。







俺は、



・・・・・俺は。






「・・・そういえば、はテニス部の練習見に来ぇへんの?練習試合だけやなくて。」






長い時間歩いて、気付けば空は赤が覗く雲間になっていた。



晴れていた空だったが、梅雨のこの時期。



明日にはまた雨も降るのだろうか。



さっきよりも雲が多く、厚い。





「・・・前は、時々見に行ってたんだけど、・・・・侑士が、」


「・・・・・・え?」





そこで、の言葉が途切れた。



(・・・俺が、何?)



が黙ってうつむく。



その髪がの頬にかかって、隠れて見えない横顔。



がどんな表情なのか、わからない。



・ ・・俺が、何かしたのか。



だからは、テニス部の練習を見に来なくなったのか。






?」


「・・・なんでもないよ。朝も放課後もギャラリーの子でいっぱいだから、なかなか見に行けないだけ。」






そう言って、は俺に笑った。



だがそれは、今までに見た中で、一番無理して笑ってるように見えた。



本当は、少しだけ、哀しいのに。



無理して、笑っているように。



(・・・なんで)



ちりちりと、胸が痛んだ。






「・・・っ・・・・・」


「あ・・・」






ふいに、が空を見上げる。



俺も咄嗟にその視線を追う。



右手の甲に、冷たい滴。


















「雨・・・・・」
















ぽつぽつと降ってきたそれは、足元のブロックの色を濡らしては変えていく。



粒は小さいが次第に勢いを増していく雨。





。あの下。」


「うん。」





周りを見渡し、俺が指差したそこ。



2人で駆け込んだ、小さな店の屋根の下。



雑貨屋だろうか。シャッターが閉まっている。




<ざあぁ・・・・・>




あんなに多かった人並みが、雨音にかき消されていくように、



一気に人影がなくなっていく。



それは、あっという間の出来事。



目の前の雨を見つめた。



そこにあるのは、雨でかすむ景色だけ。






「・・・・すごい雨やな。」


「・・・晴れてたのにね。」






降り始めて、すぐに屋根の下に避難したおかげで、と俺はあまり濡れずにすんだ。



髪からほんの少し滴が落ちる程度だった。



をふと見る。



もまた、さっきの俺のほうに、目の前の雨を見ていた。





「・・・寒ない?」


「平気だよ。侑士は?」


「平気や。」





屋根の下には、2人だけだった。



他の通行人たちも、きっとどこかの屋根の下で非難しているのだろう。



ざあざあと途切れない雨音。



小さな店の前で雨宿りする俺との間の距離は、近いのか、遠いのか。



2、3歩歩み寄れば、隣に行けるが、さっきまでの会話の名残か。



続く言葉が見当たらない。



雨を見つめるの横顔。



さっきまで、無理をしていた笑顔。



あと2、3歩なのに。





(・・・俺は。)





俺は。






・・・はあのとき、何を想っていたのだろう。



記憶をなくした目の前の恋人が、自分を知らないと言ったとき。



なのに、身勝手にも、突然思い出してみせると告げたとき。



・・・哀しくなかったはず、ないのに。



どうしていつも、怯えることもなく、笑ってくれるのか。










































「・・・初めてのデートのときね。」



「・・・・え?」



「私と会ったとき、侑士は映画館の帰りだったんだ。私は本屋に行った帰り道。」





















































は、その場に静かにしゃがんだ。



俺は立ったまま、2、3歩離れた距離で小さく膝を抱えるを見下ろす。



透き通った瞳が、雨だけを見ていた。



の言葉が、雨音にまざってはとけていく。





「・・・今日侑士泣いたでしょ?」


「・・・感動したんや。」


「初めてのデートのときもね、映画を見て、泣いてる侑士に会ったんだ。」





小さく、が笑った。






「ずっと冷たい人だなって思ってた。」






雨を見て、遠くを見て。



その透き通る目に、俺はいない。





「でもそうやって映画見て泣いてる侑士を見たら、なんだか笑っちゃって。・・・侑士は冷たい人だけど、」





俺が、いない。



































































































































「映画を見て泣いちゃうくらい、優しい人なんだってわかった。」




































































































































































































































チリチリと胸が痛んだ。



あまりに素直な言葉と、あまりにうれしそうな笑顔。



なのに、その透き通る目に俺はいない。



雨を見つめ、遠くを見つめるその瞳に。



思い出を見つめる、その瞳に。



(俺は、)



にとって今、近くにいる男は、



(俺は、)



自分を忘れた、恋人。










(ここにいるやん。)










知りたくて、近づきたくて。



たった2、3歩。



それだけでよかった。






「・・・侑士?」






たった、2、3歩。



の隣に立って、同じ目線になるようにしゃがんだ。



ただ、知りたくて。



ただ、近づきたくて。



ただ、俺のほうを見て欲しくて。



透き通る、その瞳。



目があって、が笑う。









「・・・・雨の日だったんだ。」



「え?」



「私が侑士に・・・好きって言ったの。」








「・・・何笑ってんねん。」


「・・・笑ってない。」


「・・・めっちゃ肩震えてるやん。」


「・・・だってっ・・・・」








あまりに素直な言葉と、あまりにうれしそうな笑顔。



なのに、その透き通る目に俺はいない。



雨を見つめて、遠くを見つめて、



思い出を見つめて。



(・・・これは。)



頭によぎる映像から、の声がした。










「忍足くん優しい人なんだね。」










・ ・・・今にも泣き出しそうな顔。



赤くなってうなずいた姿。



あの透き通った瞳。



空を仰ぐ横顔。



俺の予想なんか、簡単に飛び越える。



優しく微笑む。



あまりに素直な言葉と、あまりにうれしそうな笑顔。





俺は。





「・・・侑士?」


「・・・・・・ごめんな。」


「え?」





思い出したのは、初デート。



映画を見て、涙を拭っていた俺をが笑った。



優しい人だと笑ってくれた。







「・・・・の告白、覚えてなくて。」







2人して、同じ目線にしゃがんでいた。



雨の音はさっきよりも落ち着いて。



は、俺と目を合わせて微笑んだ。







「・・・・侑士が私を忘れたのは、私のせいだから。」


「何言って・・・・」


「・・・事故にあったとき、侑士が私をかばってくれた。」







そして俺は、を忘れた。












「だから、謝らないで。」












雨の音が、小さくなっていく。



の声を溶かしては、まざって、水に消える。



・・・寂しそうに、笑うから。



そうやって、笑ってくれるから。












「・・・守りたかったんや」


「・・・え?」












思い出せることなんて、わずかな声とわずかな言葉。



それ以上、思い出せないけど。



記憶に、見つけることができないけど。



を想っていたときを、思い出すことはないけど。



でも、わかる。


























「大切やったんやろ。めっちゃ。・・・・・のことが、」



























雨は通り雨だったのか、雨は小雨に変わり、



雲間から赤い空が見えた。








































































































「好きやったから。」

















































































































































































































だから、自分のせいなんて、



そんなこと言うな。



・・・今の俺じゃ第三者でしかないけれど。



無邪気に、無防備に。



恥ずかしそうに、うれしそうに。



は、笑った。













「・・・・・ありがとう。」













そう言って、笑ってくれた。






雨が止んだ。



雲が切れて、かすかな赤い空。



しゃがんでいたその場から俺が立ち上がれば、も隣で立ち上がる。






「・・・帰ろ、。」






が笑って、うなずく。



の家までの帰り道を長すぎるくらい時間をかけて一緒に歩いた。



会話は、生まれて途切れては、風に流され消えていった。



気まずさを覚えないわけではないのに、それでも、うれしかった。



が笑うと、無性にうれしかった。



かすかに帰った記憶の、あの日のように。






・ ・・・今にも泣き出しそうな顔。



赤くなってうなずいた姿。



あの透き通った瞳。



空を仰ぐ横顔。



俺の予想なんか、簡単に飛び越える。



優しく微笑む。



あまりに素直な言葉と、あまりにうれしそうな笑顔。



無邪気に、無防備に。



は、笑ってくれた。






思い出せることなんて、わずかな声とわずかな言葉。



それ以上、思い出せないけど。



記憶に、見つけることができないけど。



記憶なんかなくても、





























































































































(・・・惹かれてるなんて言ったら、は困るんやろか。)






























































































































































































その姿を見つければ、




この胸が痛む正体に知らないフリをした。




心は必死に、足掻いていた。






















































End.