<キーンコーン・・・・・>
授業の終わりを告げる、悪魔のチャイムが鳴り響く。
恐怖の時間が、始まりを待っていた。
急ぎ教科書をしまい、急ぎ立ち上がり、急ぎ足を動かす。
・・・・・・・だだだだだだだっ・・・・・
聞こえてきた、地鳴りのような複数の足音。
「(・・・・・・来た。)」
奴らだ。
『ラプソディー・イン・ブルー』
<バンッ!!>
「はいるか!」
教室のドアが勢いよく開かれ、真田のすごみの利いた声が教室中に木霊する。
瞬時に開かれた入り口にいるメンツを確認。
真田、柳・・・。
あとの5人は?
あたしは教室の入り口とは反対の、廊下ではなく、外に繋がる窓を開ける。
「・・・・・はいませーん!」
「!」
「グッバイ、柳。真田もね!」
すちゃっと片手をあげて、
すぐに教室の入り口に入ってあたしのところに向かってくる柳と真田にお別れを告げる。
開かれた窓の淵に足をかけ、準備万端。
「ー!!」
向かってくる真田の勢い。
すみません、怖いんですけど。
その隣の柳も静かに逆で怖いけど。
悪いね、あたしは捕まるわけにはいかないの。
にっと口元に笑みを浮かべて、レッツダイブ!!
ちなみにここは2階です。
「(!!!)・・・ちっ・・・まさか・・・・・。」
バッと、真田と柳の手から逃れようと窓から飛び出そうとしたあたし。
窓の下に見えたのは、青い芝生と、銀髪とテンパのワカメ頭。
後ろからは真田と柳。
飛び降りれば詐欺師とエース。
「・・・・・・・・・・・・」
・・・・なめんなよ。
「あー!!さん!!なんで俺の胸に飛び込んできてくれないんすかー?!」
あたしの大好きなかわいい赤也の声がする。
そうしたいのは山々だよ、赤也。
でも、ここで捕まるわけにはいかないんだって!!
窓のサッシをつたって、まさに断崖絶壁の教室棟の窓に張り付くように歩いてく。
あたしが出てきた窓から柳の顔がのぞいた。
あたしはそのまま窓に張り付くようにしてへばりつきながら歩き、
次に開いている窓の教室への侵入を試みる。
「・・・・・ってかあいつ。・・・パンツ見えとるけ。」
そんな下から聞こえた仁王の声、聞こえてたけどあえて気にしない。
・ ・・いや、少し恥ずかしくて顔が赤くなったけど誰も見てないからいいの!!
しゅたっ。
無事次に開いていた教室の窓からの着地に成功。
教室にいた生徒は、窓からの不信な侵入者に驚いていたけど、あたしは脇目も振らずに全力ダッシュ。
廊下にでれば、やっぱり聞こえてきたあの足音。
「ー!!!」
だからっ怖いってば、真田!!
急いで身を隠さないと!!
あのテニス部レギュラーの副部長と達人が追ってくる。
後ろの2人の速さで廊下が摩擦により煙を出してる。
(・・・・・嘘でしょ。)
この光景。
このとんでもない追いかけっこの光景は、ここ1週間続いている。
追いかけるのは、テニス部レギュラー陣。
標的は、私。
それは、今週の始まりのこと。
ざわざわ。
ざわざわ。
自分の教室で日当たりのいい窓際の席。
日向ぼっこを開始した休み時間。
青い空眺めながら、頬杖ついてたらいきなりクラス中が、廊下が騒がしくなった。
どうせあたしには関係ない。
そう思ってただよう雲をぼーっと見つめる。
「。」
見ていた空は、視線をはずされ。
手は頬を離れた。
ざわざわ。
ざわざわ。
・ ・・・ってそりゃざわざわするわけだ。
あたしの机を囲むように、あのテニス部レギュラー陣が勢ぞろい。
真田はあたしの正面。そこからぐるっと柳、仁王、柳生、丸井、赤也、ジャッカル。
目を見開いて驚くのは当たり前。
あたしは幸村と同じクラスで出来も近かったから、幸村が入院する前は、
よくこのクラスに来ることがあったレギュラーの人たちとは大体話したことがあった。
でも、今は幸村が不在だ。
みんながここにいる意味なんてないだろう。
「・・・うわっ。驚いた・・・。何?みんなどうしたの?」
「さん、反応遅いっすね。」
「赤也は今日もかわいいね。」
「かっこいいって言ってくださいよー。」
あはははははっ。
って和やかな笑い声が響き、私は笑顔の赤也にかわいいかわいいと、そればかりを思っていると
突然目の前に、ピラッと一枚の紙が差し出された。
「ん?何これ。」
それを差し出したのは、柳。
あたしは突然のことにその紙に目を通すのではなく、近くに立つ柳の顔を見上げた。
柳は、あたしににっと笑って見せた。
・ ・・・何、その笑顔は。
私は不審そうに、私の座る席を囲むレギュラー陣の顔をぐるっと見上げれば、
みんなが胡散臭い笑顔を顔に浮かべていた。
・ ・・・・・はい?なんでしょうか。
「受け取れ、。」
真田の声に、とりあえず差し出された紙を手にとってみた。
すごく躊躇したんだけど、最終的には柳に突きつけられた形だった。
その紙はわら半紙で。文字は大きくて、はっきり、空欄の枠がいくつかある。
とりあえず、読んでみることにする。
「・・・・・・‘入部届・・・・・?」
声にして、次の欄は目で追うだけにする。
‘私、空欄、はテニス部への入部を希望します。’
・ ・・・・・・・・・空欄だね。
・・・・空欄だよね。これ、生徒が自分で書けるようにだよね。
他のところはパソコンで打ってあるけど、ここだけ空いてる。
空欄ですね。
目にしていた紙から顔をあげると、再び私はレギュラーの顔を見渡す。
「・・・・・・・で、これ何?」
あははははははははっ。
ってなんだか知らないけど再び和やかな笑いが起こった。
ざわざわ。
ざわざわ。
なんかもう、ざわざわうるさいよ!!
「、そこに名前を書け。」
「・・・・・・ごめん、真田。もう一回言って。最近耳が悪くて。」
「そこにお前の名前を書け。」
「・・・・・・・どこに?」
「その空欄に。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんて?」
「だからお前の名前を。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい?」
「だからお前の名前をその空欄に書けと言っているのだ。」
もう一度、手にしていた紙を見た。
入部届。
目をこすってみる。
入部届。
目をこすってみる。
‘私、空欄、はテニス部への入部を希望します。’
・・・・・・真田、真田。
空欄に私の名前書くでしょ。
そしたら、どうなるか知ってるの?
‘私、はテニス部への入部を希望します’になっちゃうよ?
再びレギュラーをぐるっと一周見上げて見渡してみる。
ほら、またあの和やかな笑いだ。
あははははははっ。
「・・・・って!!あはははははははっ。じゃないよ!!何?!どういうこと?!」
思わず席から立ち上がり。自分の机の上にだんっと手をついた。
「いや、だからさ。入れってことだろぃ。」
「どこに?!」
「テニス部っすよ。」
「なんで?!」
「幸村から連絡があってのう。」
「なんて?!」
「‘自分が戻るときまでに同じクラスのをマネージャーにしておいて欲しい’と言っていました。」
「だからなんで?!」
「前のマネがやめちまったんだよ。幸村に報告したらお前が適役なんだって。」
「ジャッカルは黙ってて!!」
「なんでだよ!!」
・・・・・テニス部に入れ?
ちょっと待って幸村。
あなたは知っていますか?
女子たちにとってテニス部に入るのは憧れ。
マネージャーになって、あなた達レギュラーのみんなにお近づきになりたい。
みんなはそう思ってるそうですよ。
でも、じゃあなんで入部したマネージャーが次々にやめて、あまり女子の多くが入部しようとしないか。
噂ではきついらしい。
マネージャー業はきつい。
全国区のレギュラー陣の練習はハード。
マネージャーの仕事もそれについて回ってものすごくハード。
中途半端な覚悟じゃ勤まらない。
・・・・・・・・・無理。
「・・・・・そんなの無理。」
火のないところに煙は立たない。
噂ってのは、少なからず真実からくるのよ!!
「・・・無理と言われても入ってもらわないと困る。」
「柳!!あたしにはマネージャーはできない!!」
「幸村が適役と言っているんだ。できるだろう。」
「真田は幸村の一体何を信じきってるの?!あの人優しい顔した大魔王じゃない!!」
「(優しい顔した大魔王?)・・・さん。入部してくれないんすか?」
・ ・・・うっ。・・・赤也、かわいい。
・ ・・でも、がんばれあたし!!
できないものはできないのよ!!
今までのんびりとすごすことが青春だった。
それがいきなりせかせかしたハードなものになんてなれるものですか!!
「(!!)逃げるぞぃ!!ジャッカル、を確保!!!」
「どきなさい!!!ジャッカル!!!」
「ぐはっ!!」
ジャッカルの顎に頭突きをして見事にジャッカルを失神させ逃げだしたあの日から、
私の逃亡劇は始まった。
この一週間ずっと。あいつらは真面目に授業にでて、休み時間になれば私のクラスへとやってくる。
捕まるわけにはいかない。
私の青春(のんびりすること)は誰にも奪わせない。
入部?
できるわけなか!!(by仁王弁)
でも、彼らはあのテニス部だ。
私が諦めなければ、向こうもなかなか諦めてはくれなかった。
「「!!」」
「(!)ちっ・・・・でたわね!!柳生、ジャッカル!!」
私の奇抜な行動と意表をついた校舎内の道の選択により、
真田と柳を巻いてから隠れ場所を探して走り回っていた私の前に、
柳生とジャッカルが両手を広げて立ちはだかる。
・ ・・・・なめないで。
ここでこんな2人に捕まる私じゃないわ!
「。手荒なマネはしたくありません。どうかこのまま捕まってくださっ・・・・」
「捕まえる?それが紳士と呼ばれたあなたのすることなの?柳生!!紳士のくせに!!」
「私は、立海が勝つためには手段は選びませっ・・・・」
「それが私を傷つけることであっても?!紳士のくせに!!」
「っ・・・私たちは・・・・!」
「言い訳なんかするの?!紳士のくせに!!」
「あなたがマネージャーをやってくれれば私たちはっ・・・・」
「自分勝手なんだ!紳士のくせに!!」
柳生が全部を話し終える前に間髪いれず紳士のくせに!!の連呼により、柳生がだんだんへこみ始める。
こうやってこの一週間はこの人を丸め込んできた。
大丈夫よ、柳生。あなたは本当の紳士だから、
良心に負けていつも私を取り逃がすだけのこと!
「比呂士!負けるな、しっかりしろ!!」
「くっ桑原君っ・・・私は、もうっ・・・・」
「比呂士ぃ!!」
「ジャッカル!あなたには日本語が通じないことはすでにわかっているわ!!ブラジル人だから!!」
「俺は日本人だ!!」
そして、私は知っている。
片膝をついて自分を責め始めた柳生と突っ込みの本能があるジャッカル。
ジャッカルはあの始まりの日。
私の顎への頭突きで失神したあの日から私の突進がコンプレックスになってる!
だから。
にやっと口元をほころばせて、ジャッカルに向かって私は勢いよく走り始める。
2人の後ろにある二階から一階へと通じる階段。
「くっ桑原くん!!」
「くっ・・・・・」
「アデュー。柳生、ジャッカル。」
柳生とジャッカルを突破する。
でも普通に階段を下りたんじゃ追いつかれる。
心神が衰弱した柳生は問題ないけど、もう1人はなんてったってあのジャッカル。
追いつかれちゃう。
私は階段の手すりに力強く手を置くと、階段を使わず二階から一気に一階へ飛び降りる。
しゅたっ。
見事着地成功。
さっ、早くこの休み時間身を隠し切る場所を見つけなければ。
そしてさっさとその場から走り出す。
上を見ると、私のほうを覗き込んでる柳生とジャッカルが見えて、
2人に手を振りながら、私はその場から姿を消した。
「・・・・・幸村君はあの行動力と並々ならぬ運動能力に目をつけたのでしょうね。」
「ああ。・・・・持久力もすごいからな。・・・ってかなんであそこまで運動神経がよくて何も部活に入ってないんだ、あいつは。」
「・・・・いつものんびりするのが好きなようですね。前々から見ていたかぎりでは。」
「・・・・なるほど。」
生徒が行き来する廊下で、私はあっちより先にその姿を見つけることに成功する。
「仁王先輩。いましたー?」
「・・・いや。もうどっかに隠れてしまったかもしれんの。」
「ちぇっ・・・・・さん、飛び降りたら絶対キャッチしてあげたのにな。そんで抱きしめたのに。」
「・・・お前さんはが好きじゃのう。」
「だってかわいくないっすか?さん。」
(・・・・赤也!!)
なんてかわいい笑顔でうれしいことを言ってくれているの!!
聞こえてきた会話に、2人に姿を見せないように、廊下の曲がり角で身を潜める。
だんだんと遠ざかる会話にちらっと2人の行く方向を確認しようとすると顔をだした。
(・・・まずい!!)
一瞬仁王と目が合った。
見つかった!そう思った。
あの2人を巻くのは難しい。
しかもここは一階。どこからか飛び降りることも出来ない。
急いで走り出す。
(・・・・あれ?)
だが一向に仁王と赤也は私を追ってこなかった。
・ ・・目があったのは、気のせいだったのかな。
「・・・・・・・・・・・」
それならそれでいい。
安心だ。
そしてまた隠れ場所を見つけるために走り出そうとするが、はたと足を止めた。
ちょっと、考えたんだ。
もう一週間も追いかけられてる。
このままじゃ埒があかない。
あたしも諦めないなら。向こうも諦めない性格だ。
制服のポケットに手を突っ込むとガさっと音がした。
真田・柳。柳生・ジャッカル。仁王・赤也・・・・・か。
ってことは、あいつは単独行動?
・・・・このままじゃ。
(埒が、あかないんだよね。)
ポケットの中身を、そっと握りしめた。
「くくっ・・・・・・」
「なんすか?仁王先輩。いきなり笑い出して。思い出し笑い?」
「いや・・・・。確かにかわいいの。」
「へ?」
「・・・俺この追いかけっこ結構好きなんじゃ。」
「(?)・・・ふーん。」
「(さぁ、どうやって決着をつける?。)」
うちの学校の清掃用具庫には、ちょっと大き目の籠がある。
それこそ、人一人入ってしまうような。
もともと大掃除のときに引っ張り出して、草取りをするときに抜いた草をそこに入れてくものだけど。
私は、あいつは外にいると睨んだ。
他のメンツが校舎内にいるんだ。間違いない。
私は外にも逃げだすことがたびたびあったから。
そしてちょっとした罠、いや、しかけをしてみることにした。
用意するもの。
・ 大きな籠。
・ 丈夫な木の枝。
・ 長―い紐。
・ お菓子(できればガム。)
昔のすずめの取り方、ご存知でしょうか。
ひっくりかえした籠に獲物が入れる隙間を確保するため、支えになるように木の枝をしかけ、
その籠の下に、餌を準備。
すずめが餌を食べにその籠の下に入った瞬間。
木の枝に結んでおいた紐をひっぱり、木の枝を倒して籠の中にすずめを閉じ込めてしまう。
これを、丸井に応用します。
さっさと外にでて作った仕掛け。
長い紐の先端を持って近くの茂みの中に隠れてみる。
丸井の餌は、さっき制服のポケットで見つけたチョコレート。
罠をしかけて私は、そのまま待った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
待って、
待って、
待った。
・ ・・・っていうかあれか。
こんな仕掛けに誰もひっかからないか。
いくら丸井が無類のお菓子好きだって言っても。
バカじゃないかぎり。
・・・・・・数分後。
「はぁ?!なんだよ!!!お前がこんなところにこんな罠しかけたのかよ!!天才的じゃん!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・バカがいた。」
籠の中に、丸井確保。
丸井が逃げられないように、籠からだしてすぐとりあえず顎に頭突きをした。
丸井はジャッカルみたいに失神とまではいかないけど、ふらっとして意識は朦朧としているみたい。
後ろで手を組ませて、さっきまで罠に使用していたロープで固く手を縛った。
「痛っ・・・・・お前、石頭っ・・・・・・」
「ごめんね、丸井。でももう終わりにしようよ。」
「・・・・・俺捕まえてどうすんだよ。レギュラー全員捕まえるってか?」
「ううん。丸井は人質。」
「は?」
「・・・・歩ける?」
「歩くって・・・どこに・・・・。」
「誰にも見つからないように。そっと行くからね!」
そっと、そーっと。
校舎内を突き進む。
丸井の手を結んだロープを持って階段を上がる。
また階段を上がる。
階段を上がる。
すると一つの扉にたどり着く。
「丸井。携帯。」
「・・・・呼び出すのか?」
「そう。」
丸井が顎で制服のポケットを促した。
扉を開ければ屋上。青空が広がり。雲が流れる。
屋上のど真ん中までいくと丸井の両手の自由を奪っている紐を、屋上を囲むフェンスにつないだ。
丸井はそこに座り込み。
私は丸井の携帯を借りて、連絡をとる。
『・・・どうした、丸井?を確保できたのか?』
「もしもし、柳?あのさ今からみんなで屋上に来て。」
『っ・・・・』
私は、それだけ言って電話を切った。
・ ・・いい天気だな。
日向ぼっこしたい。のんびりしたい。
「・・・・ってかさ。早く終わらせてぇならマネになればいいだろぃ?」
「・・・・だって忙しいでしょ?マネージャーって。」
「・・・・・言っとくけど。俺たちの中で諦めって言葉を知ってる奴はいないぜぃ。」
「だから教えてあげるよ。諦めってどういうことか。」
さぁ、諦めてもらいましょう。
私は逃げ切ってみせるんだから!!
<ガチャッ>
屋上の扉は2つある。
東に一つ。西に一つ。
その扉が両方ほぼ同時に開いた。
私と丸井は屋上の真ん中にいるから、両方から入ってきた顔ぶれが確認できる。
東からは仁王、赤也、ジャッカル。
西からは柳、真田、柳生。
ちゃんとレギュラー全員がいる。
ある程度、西組も東組も同じ距離まで私に歩み寄ってくると私は少し声を張り上げる。
「ストップ!!そこでとまって!!」
「・・・・・ブン太さん、何捕まってんすか。」
「どうせ菓子にでもつられたじゃろ。」
「うるせぇ!甘党の何が悪い!!」
「だから太るって言ってんだろうが!!」
「ジャッカル先輩、声でかいっす。」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
私のストップの言葉でレギュラーのみんなはその場に足を止めた。
丸井はさっきから屋上に座り込んだまま。
私は人質と言ったけど、ちょっと暇そうにフーセンガムを膨らます。
「・・・・丸井が人質というわけか。それで?。」
「・・・・・柳。もうあたしのこと追いかけないって言って。入部させないって言って。全員そう言って。」
「「「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」」」」
この人たちは約束を破らない。
口にしたことは何がなんでも守る。
それを知っている。
だから、言わせたらそれでこの追いかけっこは終わることができる。
「・・・・・でも、さん。ブン太さんを捕まえてるくらいでそんな要求俺たちが呑むとでも?」
赤也がにやっと笑ったまま、じりっと私のほうに近づこうとしてくる。
私も赤也に挑戦的に笑ってみせた。
ブン太を捕まえてるだけ?
あたしが、そんなわけないでしょう?
「おっ・・・・おい?!」
あたしはブン太の頭に片手を乗せる。
座り込んだまま、両手は後ろで縛られたままのブン太。
・ ・・・ごめん、ブン太。
「それ以上近寄ったら、言わないつもりなら・・・・・」
「っ・・・まさかっ・・・・!あなたはなんてことを!」
「さん!!」
「やめろ!!!」
「落ち着け、弦一郎。」
レギュラーがどよめく。
冷静なのは柳と仁王。
丸井もじたばたとあたしの手を頭から振り払おうとしている。
「それ以上近寄ったら、言わないつもりなら、
丸井の頭に10円ハゲが出来る程度には髪を抜くわ!!」
「やっやめろぃ!!」
「っ・・・・!はやまらないでくださいっ・・・・・!!」
「さん!!」
「丸井!!まだ無事か!!」
「ちょっ・・・・なんとかしろぃ!ジャッカル!!」
「さぁ、言って!!」
どよめく屋上。
勝ち誇る私。
さあ。
早くしないと丸井が丸井じゃなくなるわよ!!
丸井の綺麗に染まった赤い髪をちょっとした束で手にする。
これは脅しだ。
これだけ抜いたら10円どころじゃない。500円くらいになる。
だが。
私の勝ち誇った態度は予想外の発言に崩れていく。
「・・・・丸井に10円ハゲが、なんじゃって?」
「どうってことはない。テニスに支障はないからな。」
「蓮二!仁王!早まるな!!丸井がっ・・・・」
「早まる?弦一郎。お前の冷静さはコートの上においてきてしまったのか?」
「俺たちには、丸井の髪より大事なもんがあるじゃろ。」
「よく見てみろ、あの染髪を。どっちみち将来はハゲる。」
なっ・・・・・!
どうして?!柳!仁王!
2人の足がじりじりと私に近づいてくる。
どうして?
丸井が丸井じゃなくなるのよ?!
「ちょっと待てぃ!!仁王、柳!!それ以上来るんじゃねぇよ!!俺がハゲる!!」
そんな人質、丸井の声にも2人は無反応だ。
むしろ楽しそうな笑みを口元に浮かべて、
私に近寄ってくる。
「ちょっと丸井!何?!あんた嫌われてるの?!」
「は?!んなわけねぇだろぃ!!」
「じゃあ、なんであの2人っ・・・・・」
「。」
近づいてくる一人の声。私の名前を呼んだのは仁王だ。
とどめは、柳。
「これからお前を全力で狩る。」
狩る?!
なぜか知らない。
知らないけど、その柳の声に丸井を除いたレギュラーのみんながいっせいに私に向かって歩き始めた。
・ ・・・怖いっ・・・・!!
「おいおいおいおい!お前ら俺がハゲてもいいってのかよ!!」
丸井の声は虚しい響きに変わった。
東側を見ても西側を見ても、みんなが近づいてくる。
・ ・・嘘!!
みんなかすかに笑ってる。
丸井の赤い髪を掴む手が震え。
(・・・・どうするっ私!!)
にっ逃げないと・・・・・!!
「っ・・・・・・」
仁王の手が、私に伸びる。
逃げ出そうと、仁王とは反対側に足を踏みだそうとしたが、最初に私の手を掴んだのは、
その反対側にいた柳だった。
「柳っ・・・・・・」
「やっと捕まったな、。」
「・・・っ・・・仁王!」
「俺はもう少し追いかけっこしてもよかったんじゃが。」
もう片方、丸井の髪を掴んでいた手は仁王によって離される。
あたしは、目を見開いてこの状況に必死に心の中で整理をつける。
・ ・・・あたしが、甘かった。
丸井の手を縛っていた紐は柳生が外し、
見事にテニス部のレギュラーは逃げ道を作らないように私をぐるっと囲んだ。
真田が制服のポケットからあの紙とボールペンを取り出す。
「さぁ。書いてもらうぞ。」
「・・・いや。」
「なぜですか?。あれほどの身体能力を保持しながらも何も部活には入ろうとしていませんし。」
「入ってるわ!あたしは帰宅部部長よ!!」
「「「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」」」」
仁王と柳が顔を見合わせて私の手を離した。
あたしはうつむいて、レギュラーの誰の顔も見ないようにする。
だって、こんなのずるいじゃないか。
・・・・・・こんなの。
「いいだろぃ、。一緒に青春しようぜぃ!!」
「あたしの青春はほのぼのすることなの!!忙しくなることじゃない!!」
「何を言うか!駆け回るコート。滴る汗。響く掛け声。涙、笑顔。部活はまさに青い春!!そう、青春だ!!」
「「「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・」」」」」」」
とりあえず真田の青春論はスルーだ。
いきなり押しかけてきて、入部しろ。
マネージャーをやれって追いかけっこ。
あげく、こうやって囲んで、って。
(・・・・・こんなの。)
部活勧誘にしちゃ酷すぎる。
逃げ道を用意してくれないなら、逃げたくなるのが筋でしょうが。
「・・・・・・。これが最期だ。」
「せめて最後にして!まだ死にたくない!!」
「・・・間違えた。これが最後だ。」
顔をあげて柳を見る。
何を最後にするって言うのよ。
すると、背の高い柳を見上げていた私の制服を誰かがちょんっと引っ張った。
急いでその主を見れば。
「さん。」
「赤也・・・・・」
「お願いします。」
「えっ・・・・・?」
赤也は、私に頭を下げてくれた。
「俺も幸村部長が言うみたいにさんがマネージャーがいいっす。だから。」
「赤也っ・・・・」
「私もです、。・・・・確かにマネージャーは私たちと違った意味で忙しい。でもあなたにならできる。いえ、あなたにしか出来ない。」
「・・柳生・・・・・・・・・・。」
柳生まで頭を私に下げる。
・ ・・ちょっと、待って。
だから、そんなの反則だってば。
「。」
「仁王までっ・・・・」
「」
「真田・・・・・・・」
「頼む、。」
「ジャッカル・・・・・。」
「な、。」
「丸井。」
柳生が、言ってた。
「私は、立海が勝つためには手段は選びません。」
みんな、そうだって言うの?
「これが、最後だ。。」
「柳」
これが、頼む最後。
ありえない。みんなが頭をさげるだなんて。
あのテニス部レギュラーだよ?!
何それ。マネージャーってそんなに必要なものなの?
真田が手にしたままの入部届が目に入る。
「・・・・嫌だって言ったら?この先ずっと私が入部拒否したら?」
その声に、みんなは顔をあげた。
柳が、口を開く。
「・・・追いかけるさ。明日も、あさっても。」
笑われる。
嫌味にではなく、挑戦的に。
「だって俺ら諦めませんもん。さんが諦めるまで。」
「赤也・・・」
へへっとか笑わないで、赤也。
本当にかわいいな。
・ ・・本当に、反則だよ、みんな。
「わかるか、!まさに青い春!そう、青春だ!!」
「真田、もうそれはよか。」
「帰宅部部長もいいけどさ。この際、兼部でいいだろぃ。」
「・・・丸井くん。帰宅部と兼部ってなんですか。」
「それは説明するぜぃ。ジャッカルが!!」
「俺かよ!!」
・ ・・・忙しいけど、楽しいんだろうね。
こんな人たちと一緒なら。
「・・・・柳。あたしははめられたの?」
「・・・・さぁな。」
「・・・・大体入部届けには親のハンコも必要でしょ?」
「それならもうもらってきた。よく見てみろ。」
「・・・・・本当だ。」
ちょっと!お母さん!!
柳が、いつの間にか真田の手から入部届をとって私に差し出していた。
あたしはそれを、
とまどいながらも受け取り。
「言ったろ?全力で狩るって。」
「・・・・・・・・・・・・・・」
だから狩るって、おい。
某月某日。
入部届、空欄が埋まる。
‘私、はテニス部への入部を希望します’
End.