ふと、顔をあげたときでした。
私は読んでいる本から目を離すことは滅多にないのですが
そのときはなぜか。
衝動的に。
「・・・・・・・」
その日から、私はたびたび読んでいる本から目を離すようになったのです。
『レモン』
授業の合間の休み時間。私は何も用がなければ図書館ですごします。
特に本を借りるのではなく、好きな本を選んで、いつも同じ席に座る。
学校の図書館は利用者が少なく、
私のように、いつも座る席が決まっている生徒たちが、静かなときを過ごしていました。
読書をしたり、勉強をしたり。
私の指定席は、図書館に並ぶ机の、一番奥の一番はし。
そして、彼女は、いつも休み時間が始まって5分後に図書館に現れました。
「・・・・・・・・・・・」
読んでいた本から顔をあげます。
座っている席からちょうど真正面に位置する本棚。
彼女は、いつもその本棚の一番上段に並ぶ本を選びます。
いえ、正確には、選ぼうとしていつも断念しているようでした。
彼女はいつも精一杯の背伸び。
ですが、上段には手が届かないのです。
上段を諦めると、いつもその一段下の本を手に取り、
彼女の指定席なのだろう、私とは反対の、図書館の入り口に一番近い席へとつくのです。
「・・・・・・・・・・・・・」
私から見える彼女は、横顔の綺麗な人でした。
いつも読みたくて手を伸ばす本棚。
精一杯背伸びをする後姿。
私は休み時間が5分過ぎると、いつも読み始めた本から自然と顔を上げていました。
「・・・・・・・・・・・・(・・・・・あ。)」
ある日のことです。
今日の彼女はなかなか上段の本を諦めようとしません。
いつもなら、すぐ下の段の本に手を伸ばしてしまうので
手伝おうと思っても、彼女はすぐに自分の席に向かってしまいましたが、今日は違いました。
<ガタッ>
私は席を立ちました。
「・・・・・え?」
「・・・これでいいですか?」
「あっあなたが借りちゃうの?」
「・・・・・・・・・え?」
初めて真正面から見た彼女の表情は、慌てていました。
彼女が手にしようとしていた本を、私が後ろから手にしてしまったからでしょう。
「違いますよ。あなたが大変そうだったので。」
「あっ・・・・・・・・柳生君か。」
「・・・どうして私を?」
「あははっ・・・・知らない人がいたら驚きなよ。あのテニス部レギュラーだもん。」
笑いながら、彼女は私が差し出した本を、少し躊躇しながらも手に取ります。
「ありがとう。」
「いえ。声をかけてくれれば、背伸びしなくても、届かない本は私が取りますよ?」
「・・・恥ずかしいな。見られてた?」
彼女は恥ずかしそうに苦笑していました。
場所が図書館だったので、静かな会話でした。
図書館を利用する生徒は少なく、まばらにいるので、
彼らの迷惑になることはなかったと思いますが。
会話がとまってしまったので、
彼女がもう一度苦笑いをすると彼女は私に軽くお辞儀して見せます。
「どうもありがとう。柳生君。」
「いえ。・・・・・・・・・・・・」
彼女は顔をあげると、笑い、そして自分の指定席に向かって歩き始めます。
初めて話をし、初めて彼女の顔を確認し。
ちらっと本棚を目にすると、その欄は現代文学。
私が手にした彼女が読みたがっていた本は、短編集と書いてあるのだけが目に入っていました。
「・・・・・あの。よかったら。」
「え?」
「名前、教えてくれませんか?」
少しだけ大きく出してしまった声に、私はとっさに口元を押さえました。
それは、ただの衝動でした。
ただ、知りたかったのです。
私の名前を知っていた、彼女の名前が。
彼女は、驚いたようにして私に振り向き。
次の瞬間には笑って私のほうを向いていました。
「です。仁王君と同じクラスだよ。」
「さん。3組ですね。」
「うん。・・・それから柳生君。でいいよ。」
「・・・え?」
<キーンコーン・・・>
予鈴のなる図書館。
他の生徒たちは次々に図書館を後にします。
立ち尽くすのは、私でした。
彼女は。・・・・・は、急いで手にした本を借りる手続きをすると、早足で図書館の出口に向かいます。
「またね、柳生君。本当にありがとう!!」
「・・・・・はい。また。」
・ ・・・・・・また。
が見せる笑顔に、その場に立ち尽くすのは私でした。
彼女が綺麗なのは、横顔だけではないようでした。
「仁王君。」
「・・・・おー柳生。何?部活の連絡?」
「ええ。柳君からです。今日の放課後は・・・・。」
私のクラスは仁王君の隣。
部活の連絡は、私が聞いて仁王君に回すのが常でした。
仁王君の席は廊下側で、彼はよく廊下側の窓からその銀髪をのぞかせているので、
仁王君を見つけることは簡単です。
「ふーん。わかった。」
「はい。それでは。」
「柳生、ご苦労さん。」
いつもなら、それでこの場から去る私でしたが、
無意識のうちに探していました。
なかなかその場から動かない足。
「・・・ん?柳生誰か探しとるんか?」
「・・・いえ。別に。」
その時、彼女の横顔を見つけました。
「・・・・あー。?確かにかわいか。」
「にっ仁王君!」
「ー。」
「なっ・・・・」
「くくっ・・・・・探してたんじゃなか?」
・ ・・・最悪でした。
勝手なことをする仁王君。
いえ、彼がいつも人をからかうことには慣れているつもりだったのですが。
「何?仁王。」
彼女が、私に気付きます。
仁王君があの嫌味な笑みを私に向け。
「柳生がお前さん探してたとよ。」
「・・・・・・え?」
最悪、でした。
こんなに人を恨みたくなるような気持ちなど、覚えたこともない。
「・・・・本を借りるときにはまた声をかけてくれてかまいませんと、伝えようと思ったんです。」
私は、確かに図書館でいった記憶のある科白を繰り返していました。
明らかに仁王君のせいです。
私が彼女を呼んだわけではないのですから。
「あっ・・・今日は本当にありがとう。あの本ずっと読みたかった本だったんだ。」
「本?」
「そうだよ。仁王も柳生君見たいな紳士を見習いなよ!あたしが届かなかった本を柳生君が取ってくれたの。」
「・・・へぇ。さすが柳生。」
「なんですか、仁王君。」
「別に。」
仁王君は私を見ると、喉で笑い、すぐに視線をそらしました。
のほうを見れば、私たちのやりとりがおかしかったのか。
笑っていました。
いえ、笑われていました。
私を助けてくれたのは、予鈴のチャイム。
軽く別れのあいさつを交わせば、私は足早に自分の教室へ向かいます。
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)
・ ・・・・最悪でした。
でも、そうじゃないような気もしました。
(・・・私は。)
私は、確かに彼女の姿を探していました。
昼休み。
部室で昼食を終えた私は、いつものように図書館へ向かいます。
図書館には顔を見知ったような生徒が数人。
それから彼女が、入り口に一番近い指定席ですでに何か本を読んでいました。
「・・・・・・・・・・・・」
とくに声をかける理由も、かける言葉も見つからなかったので、
私はそのまま、の後ろを通り過ぎて
いつも私が読む本を本棚から手にし、指定席へと向かいます。
ぼんやりと思っていました。
彼女は自分が得たい上段の本を借りたようだから、
もう、顔を上げても彼女が真正面の本棚で、背伸びをしている後姿はないだろう。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
開いた本。
追っていたはずの文字から目を外し、
私は彼女のほうを見ました。
「・・・え?」
「・・・・ね、柳生君はいつも何読んでるの?」
「・・・・さん・・・」
「でいいよ?」
彼女がいつも座っているだろう席と私の席の一直線上。
その私のすぐ近くに、がいました。
は私と向かいあう席を引くと、そこに座って笑顔で話しかけてきました。
私はの問いに、自分の読んでいたページに手をはさんだまま、本を閉じ、表紙を見せることで答えます。
「・・・江戸川乱歩。推理小説読むんだ。」
「・・・は?」
「私ね現代文学が好きなの。中でもお気に入りがね。」
が手にしていた本が机の上にのり、彼女はわたしと同じようにして
私の問いに答えます。
「・・・・『梶井基次郎短編集』」
「うん。柳生君がとってくれた本。」
「・・・『檸檬』なら読んだことがありますよ。」
「本当?私一番『檸檬』が好きなんだ。」
静かな会話。
きっと図書館の中で、私とにだけしか聞こえていないだろう会話。
がうれしそうに笑うので、私も笑い返します。
『檸檬』
それは私にとって解釈の難しい小説でした。
‘えたいの知れない不吉な塊が私の心を始終圧えつけていた。’
そんな冒頭から始まる。
主人公は病にあり、美しかったものはそうではなくなり。
自分の心を満たしていてくれたものがそうではなくなり。
それから逃げたくて町に出ます。
以前のように惹かれていたものがなんでもないものへと変わり、憂鬱な心。
主人公はそこから解き放ってくれる何かを探していました。
そして出会うのです。
‘檸檬’。・・・レモンに。
「ラストが大好きでね。いつか私もやってみたいと思ったくらい!」
「・・・本を積み重ねてレモンをその上において逃げ出すんですね?」
「・・・・・おかしいと思った?」
彼女は、楽しそうに語っていた自分が恥ずかしくなったのか。
ほんのり頬を染めて、少しうつむきながら私を見ました。
笑顔は消えてしまっていました。
「いいえ。・・・・かわいいと思いますよ。」
「・・・・え?」
無意識のうちに、選んだ言葉でした。
「おっおもしろい?江戸川乱歩!」
「ええ。・・・読んでみますか?」
「柳生君。自分で持ってるの?」
「全集そろっていますよ。」
「くすっ・・・すごいね。」
かわいいと、思いますよ。
私の言葉にはさっききまで赤く染めていた頬をさらに赤くさせ。
急いで話をそらしました。
私は開いていた本を閉じ、彼女と静かな会話を続けました。
「借りてみてもいい?」
「なら、私はに梶井基次郎を借りますね。」
「・・・なんか。変だね、こんな話。ここ図書館なのに。」
「・・・・・・・・そうですね。」
会ってから、魅かれていくのに時間はかかりませんでした。
私は休み時間。
私物の本を持って図書館に通うようになりました。
も自分の家から持ってきた本を図書館に持ってくるようになりました。
おかしかったので、よく2人で笑いました。
図書館で、図書館の本じゃない本の貸し借り。
静かな会話が好きでした。
話は、好きな本の話が多かった。
たわいのない話もたくさんしました。
「(・・・・・・・・・・・・・・・あ。)」
ある日廊下で見かけたの姿。
仁王君と笑顔で話していました。
・ ・・・私に向けてくれる笑顔も、あんなに楽しそうでしょうか。
明るい声を出して。
あんなに、綺麗でしょうか。
近づけば、きっと2人は私に話しかける。
3人で話すこともできたのに。
私はそれ以上2人に近づこうとはしませんでした。
近すぎて、わかりません。
(・・・・・・・・これは、なんでしょうか。)
私とが会えるのは図書館でした。
その場所意外は会える理由も、言い訳も見つからなかったのです。
<キーンコーン・・・・>
授業の予鈴が廊下に響きます。
と仁王君は自分たちの教室に入っていきました。
その姿が消えてしまうと、私も自分の教室に吸い込まれていきます。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
会えるのが図書館なら、
話はずっと静かな会話。
本当のは、とても明るい声ではっきりと話すことは知っていました。
だから、私はいつも、本当のとは少し違うと会っていることになるのです。
彼女は思い切り笑ってくれているのでしょうか。
授業は、黒板を見つめ、教師の話を聞きはしますが、集中は出来ません。
(・・・・これは、なんでしょうか。)
なんでしょうか。
他に理由を考えます。
あなたに会える理由を考えます。
図書館で本の貸し借りをする以外。
「・・・・・・・・・・・・・・」
思いついたのは、『檸檬』でした。
に借りた本。
久しぶりに読んだ『檸檬』
でもやはりうまく解釈できない。
なぜ主人公はレモンを置いて逃げ出そうとしたのか。
そうすることに満足を得たのか。
『檸檬』が好きだと言った。
彼女はどう解釈したのか。
これで図書館以外で会える理由になるだろうか。
彼女の明るい声が聞こえるだろうか。
あっという間に終わった授業。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
なんてことだと、思いました。
鳴り響くチャイムの余韻。
次の授業に入るまでの休み時間の時間は10分。
いつもは、もっと長い休み時間を選んで図書館に行きます。
他の生徒も10分じゃ、普通は図書館には行かない。
・ ・・・なのに。
(なのに。)
なんてことだ。
彼女を想えば会いたくなるのが必然かのように。
私に次の授業の準備をする気は起きません。
気付けば教室から廊下へ。
そして休み時間に入り、短いながらも生徒たちの騒ぐその廊下を、
私は走りだします。
そんな私の姿を他の生徒たちは不思議そうな目で見ていましたが、かまいませんでした。
どうしても、行きたかった。今すぐに。
彼女がいるはずもないのに。
会えるのは、あの場所だけだから。
「はぁ・・・はぁ・・・・・・・・」
休み時間はあとどれくらいだろうか。
5分くらいではないのか。
私はここにいていいのか。
そんなことに答えを出す気さえ起きません。
図書館の前で呼吸を整えます。
扉に手をかけ。
(・・・・・・・・会いたくて。)
図書館のドアを開け、足を踏み入れる。
それは、ただの衝動でした。
ただ、
あなたに会いたかった。
「・・・やっ柳生くん?」
「・・・・・・・っ・・・・」
奇跡だと思いました。
そこは私の指定席。
図書館の一番奥の机の席。
が座っています。
まだ乱れる呼吸を、大きく深呼吸することで整えました。
<キーンコーン・・・>
それは、授業の始まりを告げる本鈴。
なのに私ももあせりません。
「柳生君いいの?サボり・・・」
「こそ・・・・」
に近づくと、彼女は笑ったまま私に問います。
私は立ったまま、のすぐ隣まで来ました。
「柳生君。どうしてここに?」
「・・・・・図書館に、どうしても来たくなって。」
「偶然だね、あたしも!」
「・・・・・そうですか。」
偶然だと、呼びたくなかった。
偶然だなんて、呼びたくない。
今は私と以外誰もいないこの空間。
いつものように静かな会話ではなく、の明るい声が響く。
「ね、柳生君!見て見て!!」
が突然席から立ち上がって、私の目の前に何かを差し出します。
いつから持っていたのか。
どうやって手で隠し持っていたのか。
「・・・レモン?」
「そう!!今日調理自習があったクラスがあるんだけどレモンパイ作ったんだって!!余り貰ってきちゃった!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
絵の具でべたっと塗られたような均一の色合い。
特有の形を持ったレモンが彼女の両手にぴったりと納まっていました。
彼女はあの梶井基次郎の『檸檬』を思い出しているのか。
手にしたレモンの香りをかいだり、じっと見つめたりしています。
私は、ふと彼女に聞きたくなりました。
本当はここ以外会う理由にしようと思っていたのに。
あなたに会えて、私はそれだけでうれしかった。
「。・・・『檸檬』の最後を教えてくれませんか?いまだによくわからないのです。」
「・・・最後?」
「・・・・・どうして主人公は檸檬を置いて帰ったのですか?何に満足を得たのですか?」
レモンを買ってそれを手に。
主人公は以前いろんなものに惹かれていた店へと入る。
そこで片っ端から画集を出して、それを見ては本棚へ戻さず、その場へ置いていく。
何冊も何冊もそれを繰り返し。
そして思いつきで。自分の好きなように、本の色合いを見て本を重ね。
最後に、それの征服者のように積み重なった本の上にレモンを置く。
「憂鬱だった主人公の心を晴らしてくれたのは、彼が探していたのはレモンだった。」
「・・・はい。」
「店内は暗くて、以前彼を惹きつけて止まなかった画集さえも彼を憂鬱にさせる要素でしかなかったんだよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「それでもレモンは彼の中で、憂鬱を晴らしてくれる。」
は静かに微笑んで。
レモンを見つめ、私を見ました。
私は彼女の話に耳を傾けるだけ。
「埃っぽい店内は彼の憂鬱な心のようだった。彼はそれを壊したかった。」
「・・・・・・・・・・・・・」
「レモンにならそれができると思ったんだよ。今まで満たされなかった心を満たしてくれたレモンなら。」
「・・・だから。」
「だからまるで爆弾を置いていったみたいに。レモンをそのままにして帰ってしまう。」
自分の憂鬱な心を吹き飛ばして欲しいから。
がレモンを再び見たまま、私に聞きます。
「私の勝手な解釈だけどね!!どう?」
「・・・・なるほど。」
「レモン。確かに爆弾だと言われればそんな気もするよね。」
「・・・・・・・・・・・・・。」
それは、ただの衝動でした。
レモンを見て笑うあなたを見て。
私は。
「レモン。置いていってしまいましょうか。」
きょとんとして私を見る。
私は真剣な目で彼女を見返します。
「・・・本当に?」
「・・・・・本気です。」
「柳生君。いつから紳士じゃなくなったの?」
「・・・・・あなたと会ったあたりでしょうか。」
「え?」
がレモンを持つ手に私は触れます。
壊したいのです。
この黄色い爆弾が、壊してくれると言うなら。
「図書館に、置いて帰りましょう。」
「柳生くん・・・・・・」
あなたに会える、この唯一の場所を。
ただの衝動と、思い付きでした。
もし、壊してしまえたら。
きっと、見つけられる気がしたのです。
あなたに会える理由。あなたに会える言い訳。
「・・・・・・本。」
「はい。」
「・・・重ねよう?」
以前自分が言っていたことを思い出したのか。
は悪戯っぽく笑うと、誰もいない図書館の本棚から無造作に本を取り出します。
いつか自分もやってみたいと思った。
そう話していたのは。
私とはできるだけ様々な色の表紙を選び、
重ねては崩し、再び重ねていきます。
ちょっとした高さになった本たち。
「・・・本当にいいの?柳生君。」
「はい。」
「逃げる準備は?」
「出来てますよ。」
お互いに噴出すように笑えば、
は積み重なった本の上に、レモンをスタンバイします。
鼓動の音がいつもより大きく聞こえ。
が、隣にいる私の手を握ってきました。
私が握り返せば。
それが合図でした。
レモンが積み重なった本の上へ。
その場の空気のどんな色より強く、鮮やかに。
この場所を、本当に壊してしまいそうな存在感。
「柳生君。」
「ええ。」
私とは走り出します。
小さないたずらの大きな犯罪をやり終えて。
誰にも見つからないように。
図書館を後にします。
の手を引いて、私が少し先を走り、はその後を着いてきます。
レモンが瞼の裏に浮かび。
静かに、理由を、言い訳を、教えてくれました。
「はぁ・・・はぁ・・・・」
「大丈夫ですか?。」
「ははっ・・・・・・あははっ・・・」
たどりついた屋上。
まだ授業中なので、誰もいません。
は息切れを繰り返しながら、思い出したかのように笑い出し。
私もつられて笑います。
おかしかった。
小さないたずらの大きな犯罪を終えて。
紳士と呼ばれながら、やっていることはなんて幼稚だったことか。
でも。
どうしても。
どうしても。
「・・・・。」
「何?」
「・・・図書館に行ったのは、あなたに会いたかったからです。」
「柳生く・・・・」
「会えるなんて、思ってませんでしたが。」
どうしても、壊さなくては、いけなかった。
は私を見て、驚いていました。
私はに笑いかけ。
瞼の裏にはあの黄色。
妙な存在感のレモン。
理由を、言い訳を、教えてくれた。
「・・・・・」
「・・・・・・・・・・。」
静かに静かに。
私はに近づきます。
は私を目にしたまま。
レモンを手にしていた、の手をとり。
「くどいてもよろしいですか?」
これでも、紳士と呼ばれているので。
真っ向からあなたに。
図書館以外でも会えるように。
その理由を、言い訳を。
本心を。
は目を見開き。
そして真面目な顔をします。
「・・・・ダメだよ。」
「・・・・」
「そんなの・・・手遅れだよ・・・・」
に好きな人がいたのかと。
私がそう思ったその時。
は私を見据えて笑いました。
初めて会ったとき、図書館で見せてくれた笑顔で。
「もう、柳生君のこと好きだから。」
瞼の裏のレモンが、教えてくれます。
その理由と、言い訳を。
end.