慣れないことが多すぎて。





ときどき自分が自分じゃないようで、すごくすごく不快になる。





例えばだ、その声でかき消されていく世界の音。





例えばだ、私の鼓動のやかましさ。





例えばだ、わかるのが、そいつの体温だけになっていく感覚。





例えば、だ。












「ん・・・・おした・・り・・・」



「しー・・・・もうちょっと。」



「・・しつこっ・・・」



「・・・・・・・・・」



「・・・んっ・・・・・」










夢中になるばかりのキス。



例えばだ。











「っ・・・・だからっ・・・・・!!」


「ん?」


「しつこいってば!!」


「痛っ・・・・!」















































振り上げるつもりなどなかった手のひら。






















































『恋愛連鎖』






















































「・・・痛い。」


「知らない。」


「赤くなってへん?」


「なってる。」


「平然と言わんといてぇな。」






パシーン!と。



見事に忍足の頬にあたった平手打ちの音が資料室に響いたのは、ついさっきだった。



資料室というのは、社会科で使う大きな世界地図やいろいろな資料集の置いてある部屋で、



今は滅多に人の来ない、学園で未使用の部屋。



ふとしたときにあたしはこの部屋を発見し。



静かで誰も来る気配のないこの部屋は、授業が実習になったりしたときに



私が真っ直ぐに向かう部屋になっていた。



今日は早く切りあげられた体育の授業のあまりの時間、ここにやってきてみると先客。






、最近平手多ない?せめて顔はやめようや。」


「・・・忍足がしつこいからでしょ?」


は俺とキスするのいやなん?」


「なっ・・・・・・・」






ほんのりと赤く染まった片方の頬を押さえつつ、



にやっと笑って私にそう聞く忍足。



とっさのことにうまくかわせない私は、顔が熱くなって少しだけうつむくしかなかった。







「・・・どうなん?。」


「っ・・・近寄らないで!」


「いやや。」


「・・・さっきもしたじゃん!」







忍足という男は私と同じクラスだった。



いつの間にか付き合うようになっていた私たち。



私の見つけたこの部屋は、すぐに忍足にも知られた。







「ちょっと!」








私を壁際まで追い詰めると、



私の顎をひょいっと持ち上げて、じっと目を合わせる。



近づく、唇。












嫌では、ない。












でも。



慣れないことが多すぎて。



ときどき自分が自分じゃないようで、すごくすごく不快になる。






「だからっ!っ・・・・しつこいって!」


「っ・・・・・ったー・・・・」


「殴るよ?!」


「もう殴ったやん!!」






見事忍足の鳩尾にあたった私のグーパンチ。



忍足は鳩尾らへんを押さえると、そのまま私から後退する。



とっさのことに私は軽く息切れをしていて、



小さな溜息をついて呼吸を整えた。







「・・・忍足?」


「・・・・・・・」


「だっ大丈夫?」








忍足が鳩尾を押さえたまま、うつむいて顔をあげない。



そんなに痛かったのか心配になって、



すぐに忍足に駆け寄る。






「忍足?」


「・・・・・・・・や」


「え?」






ぐいっと急に腕を引っ張られる。



気付けばちゅっと短いキスを贈られ。



忍足の腕の中におさめらていた私。















「嘘。痛ないで?」














にっこりと微笑み。



耳元でささやき。



慣れない。



その声を聞くたびに、他の音が聞こえなくなる。



心音がうるさくて、やかましくて。







「っ・・・・・忍足!!」







振り上げるつもりなんかさらさらないのに、



いつも手を上げて。







「こら、。」







捕らえられた手。



でなくなる声。絡まる視線。



行き場をなくした呼吸。



目を見開く私に、忍足は静かに笑う。



またキスをされる。



そう思った私は思わず固く目をつぶった。



だが、感覚があったのは耳元だけ。


















「好きやで?。」















それだけは、慣れたもの。



目を開いて、忍足を見れば、



またからかうように笑っている。



それはとても優しい笑み。



私が手を振り払えば、抱きしめられていた体は解放される。






「先、教室帰るから!」


「くくっ・・・・すぐ行くわ。」


「・・・・・・・・・・・」






背中をむけた後ろから、聞こえてくる喉を鳴らした笑い声。



からかわれているのがわかりきって、一度振り返って忍足を睨む。



なのに返って来るのは、ひらひらと振る手と満面の笑みだけ。



余裕。



ヨユウ。



いつもそう。



とまどうのは私で、翻弄されるのも私。



ふんっと私は忍足にそっぽを向いて、資料室を出て行った。



忍足はまだこの部屋の中。



廊下にでて、自分の唇にそっと手を置いた。










「・・・・・・・・・・・・・」










慣れたのは、あの言葉だけだった。



何度も聞いたその台詞。



あきれるくらい、飽きるくらい。



もう聞きなれた。



好きやでって、関西弁独特の言い方で。



大体、よくわからない。



忍足という男。



嫌いなところは山のようにある。



何考えてるかわからない。



余裕の態度。



無駄に艶っぽい声。



あの視線、目。



眼鏡。



関西弁。



・ ・・エロい+思うに変態だ。



そう、エロい。



無駄にすべてがエロい。



嫌いなところは山のようにある。



なのに、なぜか付き合ってる。












































































































































































「・・・そこまで聞くと不思議なんだけどよ。は忍足のどこが好きなんだよ?」


「え?」


「・・・忍足のどこが好きかって聞いてんだよ。」






突然現実に戻ってきた意識。



どうやら今は休み時間で、私は学食で宍戸を目の前にお茶している。



宍戸は1、2年のときクラスが一緒だったから、



今ではよく私の相談にのってくれる、仲のいい友達だった。



無意識的に私の思考は声になっていたらしく、忍足の嫌いなところを指折り数えながらあげていたらしい。



きょろきょろと思考の沼から意識が戻ってきて、ここはどこかと見回す私を宍戸が不審そうに見ていた。



そんな宍戸に気付くと



私はちょっと自分の行動による恥ずかしさでうつむいた。








「・・・・・で?」


「・・・忍足の好きなところ?」


「ああ。」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・顔?」


「お前ああゆうのが好みなのか。」


「・・・・・顔じゃなかったらスタイルとか?色気とか?」


「俺に聞くなよ。なんで疑問系?」


「・・・・・・・・・・・・・」







わからないからだ。



忍足の、好きなところ。




(・・・・・え?ちょっと待って。)




なんで思い浮かばないんだろうか。



違う違う。落ち着け私。



おっ・・・忍足のいいところを探せばいいんだ。






「(・・・・・・・いいところ。)」


「・・・おい、?」


「・・・・忍足のいいところって何?」


「・・・・・・・・・・俺に聞くなよ。」






・ ・・・・ありえない。



浮かばないなんてありえない。







「・・・・・・?大丈夫か?」


「あっ・・・・うっうん。」






大丈夫なはずがなかった。



思い浮かぶ忍足像。



何考えてるかわからない。



余裕の態度。



無駄に艶っぽい声。



あの視線、目。



眼鏡。



関西弁。



・ ・・エロい+思うに変態だ。



そう、エロい。



無駄にすべてがエロい。



違う違う、落ち着け私。



これは忍足の嫌いなところだ。




(・・・・何が、好き?)




思い浮かばなかった。































































































。」


「(!)忍足!」


「なんや、宍戸と一緒なん?俺がおるのに。」


「わかってるって、邪魔者は消えればいいんだろう?」


「おおきに。」






背後から聞こえた声に、体をひねって振り返るとそこには忍足。



宍戸がじゃあなと言って私の前の席から立ち上がると



忍足は私の背中からすぐさまその席に回りこんで座った。



その人のことを話してるときに、その人が登場することほど驚くことはない。



そう思うくらい驚いていた私は、忍足が何か言ってるのに耳に入らなかった。



私には探しものがあるからだ。



忍足の好きなところ。





(・・・・まつげ長い。)





「でな、。さっき跡部がそう言うてたから・・・」






(髪、思ってたより真っ黒で綺麗。)






「どう思う?。」






(・・・・一番優しいと思う笑顔は、)






かすかに目を伏せて、こっちを見て笑うとき。







?」


「・・・・・・・・・・」


「・・・?・・・・・こら、。」


「えっ・・・・あっ・・・え?」


「どうしたん?そんなに見つめられたら照れるやん。」


「・・・・・・・ごめん。」







くすくすと笑う忍足が、私を見る。



あのかすかに目を伏せた、



一番優しいと思う笑顔で。













「そんなに見つめへんでも、突然いなくなったりせぇへんよ?」



「・・・そんな心配してないけど。」



「・・・・ほな、あれやな。」



「あれ?」











忍足がいきなり席を立ち上がり、両手を机につき、



少し体を乗り出して、私の耳元でささやく。












「キスしたい、とか?」


「(!!)ばっ・・・・・」


「なんや、そう思っててくれたんやないの?」


「っ・・・・・変態忍足!」


「くくっ・・・・・」










忍足は再び席につくと、私を見てからかうように笑う。



・ ・・・やっぱり好きなところは見当たらない。



余裕。



ヨユウ。



いつもそうだ。



私ばかりが振り回されてる。






「なぁ、さっきの俺の話聞いてへんかったん?」


「・・・・・・・・・・・」


「放課後はコート整備でコートが使えへんから今日の部活はオフなんやて。」


「ふーん。」


「せやからうち遊びに来ぇへん?」


「・・・・・なんでそうなるの。」







にこにこと頬杖ついて笑い続ける忍足。



無駄にすべてがエロいため。



警戒せざるをえなくなっている私は、忍足に軽蔑の目を向けてみる。






「そんな顔しなくても、なんもせぇへんて。」


「・・・・・疑わしい。」


「なんでやねん」






そう言いながらもにこにこと笑い続ける忍足。



・ ・・・これも慣れない。



忍足の笑顔に押される。



まったく慣れない。









「・・・・いいよ。」


「ホンマに?」


「遊びに行くだけならね!」









そう言うと、気付けば忍足が本当にうれしそうに笑うから。



どうしていいかわからない。



小首をかしげて忍足にかすかに笑い返すと



ガタッという音がした。



忍足が席を立ち上がり、両手を机につき、



少し体を乗り出して、私の耳元でささやく。


























































「好きやで、。」























































何度も何度も聞いた台詞。



あきれるくらい、飽きるくらい。



かすれる声。



無駄にエロい。



本当に本当に忍足がうれしそうに笑うから。



私の鼓動が、一度大きく鳴った。







。資料室行かへん?」


「はい?」


「はよ行こ。」


「おっ・・・忍足?」







休み時間はもうすぐ終わるのに、



忍足は、座るあたしの手を引っ張って立ち上がらせると



そのまま足早にあの資料室に向かう。



気付いたのは、



長いまつげ。



思ってたより真っ黒で綺麗な髪。



一番優しい笑顔。





























































































































































繋がれる手の大きさと温かさ。































































































































































































































































「ちょっ・・・待って・・・・!」


「少しだけ。」


「おしっ・・・たり・・・・・」





慣れないことが多すぎて。



ときどき自分が自分じゃないようで、すごくすごく不快になる。



例えばだ、その声でかき消されていく世界の音。



例えばだ、私の鼓動のやかましさ。



例えばだ、わかるのが、そいつの体温だけになっていく感覚。



例えば、だ。












。めっちゃ好き。・・・・・好きや。」











夢中になるばかりのキス。



例えばだ。



あきれても、飽きても。



何度も何度も欲しい言葉。



慣れない。



忍足みたいに余裕なんかもってられなくて。



それが悔しくて困る。



あなたのことしか考えられないことだって。








いまだに、慣れない。








離れるたびに近づいて、



空気を吸うたびに苦しさを覚える。



交わすキス。あわせる手のひら。



忍足の体温。






「ちょっ・・・しつこっ・・・・い・・・・・」


「・・・・ん・・・・」


「・・おし・・・・・・た・・・・・」


「・・・・・。」






整わない呼吸の音。



肩で息する私を見る忍足の笑顔は



かすかに目を伏せて、私を見ていた。




(好きな、ところ。)




よくわからない。



なんで付き合ってるんだろう。



何もかも慣れない。



好きな、ところ。



忍足の好きなところ・・・・。







「・・・しつこいって・・・・はっ・・・・・・・いつも・・・言ってるでしょっ・・・・」


「・・・せやな。・・・・、顔真っ赤。」


「誰のせいよ!」


「・・・・もちろん、俺のせいやろ?」


「・・・・ふざけないでよ。」


「ふざけてへんで?」







いまだ苦しい呼吸の中。



息切れする私は不敵に笑う忍足に必死に反抗の目を向ける。























































「はしゃいでるんや」







































































忍足と言う男は、何を考えているのかわからない。






「絶対は俺の家に遊びに来るの断ると思っとったのに。」






ただ、たまに優しそうに笑うから、たまにうれしそうに笑うから。



今、このときみたいに。



だから、









困る。









「・・・・・・忍足は、なんで私と付き合ってるの?」


「ん?」


「なんで・・・・?」









私にはわからない。



忍足を好きな理由がわからない。



なのに、なんでこんな私と、忍足は付き合ってるの?



見つめあう距離が近づいて、



忍足が、私の頬を静かに撫でる。










「そんなん、好きだからに決まってるやん。」










ちゅっと触れる唇が、私の動きを止める。



私の頬に触れていた手は、今度は髪をすき始め。



忍足は髪にまでキスを降らせ始める。



恥ずかしさで、あがる体温、赤くなる顔。



時折忍足の声が呼ぶあたしの名前で



世界中の音がかき消されていく。



慣れない。なにもかも。



どうしたらいい?



私の鼓動のやかましさ。



わかるのが、そいつの体温だけになっていく感覚。



夢中になるばかりのキス。



何度もあきても、あきれても、言ってほしいと思ったりだとか。



たった一人のことしか、考えられなくなったりだとか。








「・・・・・昨日は何考えてた?」




「ん?」




「昨日は、何考えてた?」




「・・・・・のこと。」




「今日は?」




のこと。」




「さっきは?」




のこと。」




「今は?」




のこと。」













私の髪から手を離した忍足が、私の顔を覗き込む。



近づく顔と唇。



触れる寸前で、忍足が言う。













「いつも、考えてる」












唇に触れる、忍足の体温。



離れては近づいて。



酸素を求めては、苦しさを覚える。








「好きや、。」


「(・・・・・もっと)」








もっと、言って?



何度も何度も聞いた台詞。



夢中になるキスの中。



あなたに溺れる夢を見る。





(・・・・・そっか。)





そうか。



忍足という男。



嫌いなところは山のようにある。



何考えてるかわからない。



余裕の態度。



無駄に艶っぽい声。



あの視線、目。



眼鏡。



関西弁。



・ ・・エロい+思うに変態だ。



そう、エロい。



無駄にすべてがエロい。



嫌いなところしか、ないけれど。



それすらも、好きなんだ。



たぶん。







「ん・・・・」







きっとたぶん、






























































































































































































たぶん、全部が。







































































































































「・・・・くすくす・・・」


「・・・・?」


「ごめっ・・・・おかしい・・・・・」


「何?」






だって。



嫌いなところが好きなんて。



そんなの、不思議でしょう?





























「・・・私、忍足が好きなんだね。」









































忍足が目を見開いて私を見ていた。



私はくすくすと笑う。



だって、不思議で、不思議で。



私があなたのことを考える。



あなたが私のことを考える。



そんな連鎖は不思議。



忍足が、再び私にキスをする。









例えばだ、その声でかき消されていく世界の音。









例えばだ、私の鼓動のやかましさ。









例えばだ、わかるのが、そいつの体温だけになっていく感覚。









例えば、だ。









夢中になるばかりのキス。




















































































































。めっちゃ好き。」















































































































































あなたの中に、溺れていく。




































































End.