鏡に映ったあたし。
腫れた赤い左頬。
もしも鏡が現実を映さないというなら
あたしは今あなたに会いにいけたのに。
『翼の生える位置13』
不思議な感覚。
殴られた体の他のどの部分も痛みはしないのに。
赤く腫れた頬だけが熱くてひりひりする。
(・・・今日も、行けないや。)
朝の確認事項。
あたしが久しぶりに自分のクラスに行った日。
赤也とお昼の約束をして守れなかった日。
あの日から毎朝起きては鏡の前に立つ。
この頬の腫れがひいていますように
赤い色が消えていますように。
でも
あたしが学校に行かなくなってから一週間、あたしの願いは叶うことはなかった。
「やばいよ!顔殴るなって。」
「ごめん。つい」
「いいんじゃない?学校に来てくれさえしなければバレないし」
「だよねー。って訳だからさ。さん絶対学校来ないでよ」
「来たらマジ殺すから」
いつもは誰にも気付かれないように
制服で隠れたところしか殴ってこない4人組の女の子達が
あの日あたしの左頬を殴った。
「・・・・行けるわけないじゃん・・・・」
洗面台の鏡に映った自分をもう一度確認する。
今日も願いは叶わない。
「行けるわけ・・・ないじゃん・・・」
あたしだって知られたくない。
そのまま洗面所の床に力なく座り込んだ。
鏡に映ったあたし。
腫れた赤い左頬。
もしも鏡が現実を映さないというなら
あたしは今あなたに会いにいけたのに。
会いにいけたのに。
「「あっ」」
「なんじゃ、赤也か」
「・・・なんだ仁王先輩か」
保健室の一番奥のベッド。
腰掛けていたのはじゃなく仁王先輩だった。
「は?」
「今日も来てないみたいっすね・・・」
「・・・・そうか」
あの日。
が自分のクラスに登校した日を境に
が再び来なくなった。
「なんで・・・」
昼の約束をしていたのには教室にはいなくて、
探し回ったけどどこにもいなかった。
俺はそれから今日までを見ていない。
「せっかくクラスにまで顔見せるようになったのに・・・」
「が?」
「・・・はい」
「それは知らんかった」
仁王先輩が笑った。
がいつも座っていた保健室の一番奥のベッドに腰掛けて。
「・・・なんで笑うんすか」
「ん?進歩したなぁと思っての」
仁王先輩が窓の外に目をやった。
「ここから自分の教室まで長い道のりだと思わん。少なくとも俺にとっては。」
「・・・・・」
「でもにとってはきっと、風の強い中で渡るつり橋。」
「・・・危ないっすね」
「ものすごく・・・・の」
仁王先輩と話していて自然と顔の筋肉が緩んだ。
。
お前がんばったんだな。
必死につり橋わたって辿りついて。
つり橋の向こうには何が見えた?
「・・・・・」
「赤也?浮かん顔じゃな。」
「つり橋を渡りきったら谷だったんすかね?」
「・・・・・・」
「だからは学校に来なくなった?」
「お前さんにメールせんの?赤也からならはきっと応えてくれる。」
「・・・」
出来ない。
俺はからの連絡を待っていた。
が学校に来ない理由は俺が触れていいものなのかが分からなくて。
耳から離れないあの噂。
‘稲葉の両親が二人共親権放棄したって’
なんだよ、親権放棄って。
じゃあに親は?
存在しないとでも言うのかよ。
「仁王先輩は・・・」
「ん?」
「・・・・の秘密を知ってますか?」
「秘密?」
「・・・・・」
仁王先輩の声は冷静で目線は射るように俺にあってそれが俺には痛くて。
痛くてたまらなかった。
「・・・知らないと言えば嘘になる。」
「・・・・・」
「かと言って知ってるかと聞かれたら何も知らない」
「(?)・・・よくわかんないっすよ」
「の両親は2人とも親権放棄してる」
「(!!)」
それは噂を確信に変えて。
「赤也。真実が知りたいなら俺よりものことを知ってる人がいるじゃろ?」
「・・・幸村部長」
仁王先輩は立ち上がってにやっと笑う。
「行くとよ赤也。病院。幸村のところ。」
「えっ授業は?!」
「子供には時に勉強より大切なことがあるんじゃ。・・・・って言い訳、通じるといいんだが」
あんた受験生でしょ?
なんてきっと言っても無視されるってわかっていたから言わなかった。
(なんだよ、親権放棄って。)
病院に向かう途中で何度も
の笑った顔と寂しそうな顔が
俺の頭に浮かんでいた。
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