好きな人がいるんです。








さん。俺、腹が減ったんじゃけど」







・・・いえ、あなたじゃないんですけどね。





































『サイドストーリー』








































「ねぇねぇ。柳生君に誕生日プレゼント渡すんでしょ?」


「・・・うん。そのつもり」


「きゃー!頑張ってね!!告白!告白!」


「無理無理無理!!」





学校生活で学んだ重要事項。教えましょう。



いつなんどきも



気なんて抜いちゃダメです。



たとえそれが平穏無事だと思われる学校の中でも





「昨日偶然聞いたんじゃ。さん、柳生のこと好きなんじゃね。誕生日プレゼントあげるって」





まして秘密の恋バナは



声にならないほどの小さい声でしましょう。



そう。



もし万が一にも、好きな人の相方的存在にそれを聞かれたら





「ばらされたくなかよね?柳生に。」





どうなるかなんて、



わかったものじゃないんです。


































「見て見て!仁王くん!!またうちのクラスに来てるー」


「本当だー!またさんといるー」


「「「「うらやましいー!!!」」」」





































カリカリカリカリ。





さん。急いでくれん?休み時間が終わる」


「・・・・・・」


さーん」





思わず手に力が入り、握っているシャーペンがみしっとなる。



あたしは今、自分の国語の授業ノートから仁王のノートに授業内容を書き写している。



正確には強制的に書き写させられている。



さっきから必死にノートの上で手を動かすあたしに向かって



遅いしか言わない、



あたしの隣の席に座る仁王によって。





「・・・仁王。あたしとクラス違うんだからあたしが仁王のノートにあたしのノートを写しても意味ないんじゃない?」


さんのクラスと俺の国語担当教師は同じ。授業内容も一緒。進度も一緒。問題なか。」


「・・・・あっそうですか。」





クラスの女子たちが騒ぐ。



気持ちはわからなくない。



クラスの違うはずのあのテニス部の仁王が



休み時間のたびにここへやってくる。





「・・・ってかそこ柳生くんの席」


「今は俺の席。」


「・・・座らないで」


「いや」





みしっと。



みしみしっと。



シャーペンが折れそうになる。



あたしの席の隣は本来同じクラスの柳生くんだ。



柳生くんなのに!!





「・・・今日購買の焼きそばパン食べたい。」


「・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・購買の人ごみ割り込んで買ってきて、。」


「・・・なんでいきなり呼び捨て?」


「名字呼びにくい。でいいじゃろ?」





休み時間のたびにどこかに行ってしまう柳生くん。



休み時間のたびにここにやってくる仁王。



あたしは柳生君の席に座る仁王を思いっきり睨んだ。






「ん?そういう顔していいんじゃろか。」






女子たちの絶叫が木霊する。












































「柳生にばらしちゃうとよ。の好きな人」























































あたしの耳元でさわやかにささやいたあと、



仁王が笑う。



うらやましーと言う声が聞こえ、あたしは脱帽し。



この誰をも騙す笑顔が憎くて仕方がない。



弱みなんてものを、この人に握られたばかりに。





「・・・焼きそば・・・・・・」


「っ・・・買ってくればいいんでしょ!!」


はいい子じゃね」





この誰をも騙す笑顔が憎くて仕方がない。



うらやましいという人。誰か代わってください、この立場!



あたしは柳生くんが好きなだけなのに。



それはさながら



パシリと言う名の牢獄。



はめられた手錠に足かせ。



神様、祈れば外してくれますか。




















































さん、先ほど授業中辛そうでしたが、具合でも悪いのですか?」


「え?そんなことないよ!ありがとう柳生君、心配してくれて。」


「無理はなさらないでくださいね」


「うん!」














































幸せだった。



あたしは幸せだった。



どんなにパシられても、そのせいで顔がげんなりしてても、



仁王が柳生君の席に座っても



事実上、あたしの隣の席は柳生君。



休み時間さえこなければ、あたしは柳生君の隣にいられたのだから。



そうよ、どんなにパシられたって。





「そう言えば、最近仁王くんとさんは仲がいいんですね。」





・・・・・・・・・・・・・・・・え?





「よく一緒にいますし・・・・」


「ちっ違うよ!柳生君!!良くない!仲良くなんてない!」


「そうですか?」


「そう!そうなの!」





パシられ生活、およそ一週間。



仲良くなんてありません。



仲良くなんて・・・・!



しかも柳生君の口からそんな風に聞きたくなかった。





「・・・・・・・・でも」


「でも?」


「仁王くんがあなたといると楽しそうなので。」





柳生くんが笑ったので



あたしの胸は高鳴る。



その笑みは何を思ってだったのか。





(・・・・・・仁王が楽しそう?)





・・・・・ああ、そうか。



そういうことか。



あたしをパシるのが楽しいんだ。



そうだ。そうに違いない。



楽しそうな理由なんてそれしか思いつかない。





<キーンコーン・・・・・>





それは授業の終わりを告げる、あたしにとっては悪魔のチャイム。





















「(早っ!)」


「仁王くん。」


「柳生、もうじき誕生日じゃな。楽しみしとって」


「・・・・あまり想像しないようにしておきます。」


「くくっ・・・それもよか。」




















昼休み開始早々、あたしのクラスへと現れる仁王。



柳生君が仁王と入れ替わるように席を立ち上がる。



・・・・・・ああ。柳生君がどこかに行っちゃった。





「さて、行っておいで。購買。屋上で待ってるとよ」


「・・・・・・・・・・・・」


「ん?そういう顔していいんじゃろか。」


「・・・・・・行って、きます。」





柳生君、この人確かに楽しそう。



あたしをパシるのが楽しそうです。



それはさながら



パシリと言う名の牢獄。



はめられた手錠に足かせ。



神様、祈れば外してくれますか。






















































































































































































って柳生のどこが好きなんじゃ?」





購買の人並みに飲まれ、もまれ、埋もれ。



それでもようやく掴んだ人気商品焼きそばパン。



それを手に、心身共にぼろぼろになりながら屋上へ。



あたしはなぜか



仁王と共に昼食をとった。






「・・・・・仁王と違って紳士なところ」


「それから?」


「仁王と違って人をパシらないところ」


「それから?」


「仁王と正反対なところ。」


「俺、随分に嫌われたみたいじゃね。」






当たり前です。



喉が渇いたとパシられ。



お腹が減ったとパシられ。



パシられ・・・・。パシられ、パシられ、パシっ・・・・・・



・・・・いけない泣けてきた。













「俺はが好きなんじゃが。」













突然の言葉に驚かないわけがなく。



あたしは目を見開いて目の前に座る仁王を見る。







「弱味握られたくらいで言うこと聞いてくれるしな」







・・・人に殺意を覚えたのは初めてです。



誰をも騙すその笑顔が憎くて仕方がない。



柳生くん、あなたは紳士。



そんなあなたの相方は、なぜ詐欺師?






「柳生の誕生日もうじきじゃな、


「・・・・なんでそんなに楽しそうなの」


「言ったじゃろ?俺はが好きじゃって。」






そんな冗談くれるくらいなら



今すぐこの牢獄からだして。



その人を騙す笑顔をやめて。



柳生くんの席に座らないで。



神様、祈り続けてます。



だからどうか手錠をはずして。足枷をはずして。
























【タオル忘れた。俺の机の上にあるから持ってきて。】





















「・・・・・・・」






神様ってきっと非情な上に無情なんだ。



そうに違いない。



放課後、あたしは引き続き仁王のパシり。



帰ろうとしていたときになんてタイミングのいいメール。



ちなみにあたしのアドレスは仁王にいつの間にか知られていた。



仁王のクラスに行ってみると、誰もいない。



並べられた机の一つに、確かにタオルがのせられていた。



もちろん、そこは仁王の席。



そのタオルを手に取って、



深々と溜息をつく。



一体、



あたしは一体いつまであなたのパシりですか。









































「遅いとよ、。」


「・・・・・・・・・・・・・・・・」









































































女の子のひしめくテニスコートの周り。



あたしがそこにやってくると



仁王がすぐにこっちに気付き、近づいてくる。



そんなにすぐタオルが必要だったのかと思ったほどの早さ。



テニスコートは腰ぐらいの高さのコンクリートの壁に囲まれている。



仁王はコンクリートに囲まれた内側に入ったまま



あたしに向かって手を伸ばしてきた。



あたしからも仁王に近付き、



コンクリートの上で仁王があたしの手からタオルを受け取ると



女の子の歓声、いや。



悲鳴は一際大きくなった。



変わってくれるならこの立場。



ぜひとも代わってください。



黄色い声に耳を痛め、顔をしかめたあたしを仁王は喉をならして笑った。









「・・・・あ。」








あたしは、仁王の向こうに柳生君の姿を見つける。



憂鬱だった気分が一気に晴れ。



でも。





「・・・・・・・仁王。どいて。」





あたしの目の前で



銀の尻尾が揺れた。



コートを囲むコンクリートに軽く体を預けて



あたしに背を向けコートを見つめるようにして。



さっきまで見えていたはずの柳生くんの姿が仁王に隠された。



あたしに見えるのは仁王の背中だけ。






「・・・どいてよ仁王」


「・・・騒がしくて聞こえん。」






あたしと柳生くんの直線上に仁王。



しかも仁王がギャラリーの近くにいることで



まわりの女の子たちが仁王に近寄って来て



あたしは身動きがとれなくなった。






「・・・どいてよ」


「・・・・・」


「仁王っ・・・」






聞こえてるくせに。



どんなに周囲の女の子が仁王の名前を呼んだって



仁王の真後ろで身動きがとれなくなっているあたしの声。



聞こえないはずがない。












「仁王!!早く来んか!!」











テニス部副部長の真田君が仁王を呼んでいるのが聞こえた。





「・・・・・・・・」





それでも仁王はしばらくその場を動こうとしなかった。



仁王のせいで柳生くんが見えない。



・・・ひどい。



わざとそうしてる。



知ってるくせに。



あたしの好きな人。



どいてよ。



仁王の向こう側にいるんだから。



そんな意地悪、しなくたっていいじゃない。



にらみ付けた背中。



仁王が喉をならして笑った気がした。








「・・・・焼きそば。」


「・・・・え?」


「明日も焼きそばパンがよか。」








あたしを見もしないで言った仁王。



あたしの目の前から仁王が離れると



柳生くんはあたしに見えない木陰のほうに消えていった。











「・・・・最悪」










それはさながら



パシリと言う名の牢獄。



はめられた手錠に足かせ。



神様、祈れば外してくれますか。



けれど。



思った以上に非情で無情な神様は



あたしのことは無視らしい。



しばらく続いたパシり生活。



柳生君、あなたは紳士。



そんなあなたの相方は、なぜ詐欺師?



そして



柳生くんの誕生日が前日に迫ったある日のこと。




















































































































































































































































































































「おはよ、


「・・・おはよう仁王。」





ああ、朝一番に会うなんて・・・



そう思うあたし。



廊下で会った仁王は



いつも通り誰をも騙す笑みを浮かべると



あたしを通り過ぎて行った。



何も言わずに。



通り過ぎ。



・・・通り過ぎて。











通り過ぎて?!










ばっと勢いよく振り返ってあたしを通り過ぎた仁王の後ろ姿を見た。




「(・・・ありえない)」




驚くにはわけがある。



仁王という奴は



あたしに会えばいつでもどこでも



喉が乾いたとかお腹が減ったとか言って



必ずあたしにパシりを命ずる。



でも、今日は何も言わずに通り過ぎた。




(・・・これって。)




・・・・神様が



あたしの祈りを聞いたのだろうか。



気まぐれにも叶えてくれたのだろうか。



・・・パシり生活の終わり?







「・・・・・・」






なんだか気味が悪かった。



終わりなのか。これで、本当に。





「(でもこれであたしは自由!!)」





小さな小さなガッツポーズ。



廊下で周囲の目が痛かったからすぐにおろしたけれど。



・・・でも



でも少し。






















(淋しい。)





















・・・・・?



淋しい?!



ないないない。



ないよ、それは。



淋しい、なんて



・・・・・ないよ。









「・・・・・・」









とにかくあたしの隣の席はもう柳生くんしか座らないはず。



軽快なつもりの足取りで自分の教室に辿り着く。



教室のドアを開けると



すでに席についている彼の姿を見つけた。



彼も教室に入ってきたあたしに気付き目が合った。





「おはようございます、さん」





あたしの席は彼の隣。



彼の、隣。












































「・・・・仁王・・・」


「・・・・・・はい?」


「・・・なんでそんな格好してるの?」


「「・・・・・・」」









































































仁王が、彼の席に座っていた。



柳生くんの席に座っていた。



しかも。



・・・柳生くんの姿で。



ちょっと待って。



さっき廊下ですれ違った仁王は?!







「・・・・まさかっ」


「・・・さん」


「やめて!その姿で呼ばないで!!」


さん」


「だぁからっやめっ・・・」


さん、さっさと席についてください。」








・・・・・・・・なぜなんだろう。



仁王は笑ってる。



柳生君の姿で笑ってるはずなのに、この威圧感。



この恐怖感。



これは、なに?!



たじろぎながらもあたしは仁王の座る隣の席につく。






「(ぼそっ)・・・まさかに気付かれるとはの。」


「(!)やっやめて!!その姿で仁王弁はやめて!!」


「・・・さん、声が大きいですよ?」






小さい声で、柳生君の姿で、仁王はいつも通りに話す。



普通の声の大きさで、柳生君の姿で、仁王は柳生君みたいに話す。



っていうか、やっぱり仁王なんだ・・・・。





「じゃあ・・・じゃあ、やっぱりさっきの仁王は・・・・・」


「柳生じゃ。」


「柳生君の顔でその言葉遣いはやめて!!」


「・・・・・・声が大きいと言ってるでしょう?さん。」





なんで?



なんで、なんで?



何やってるの?なに、この悪夢は。





「何って、実験中。」


「・・・・・・・・・実験?」


「俺が柳生で。柳生が俺で。ちょっと今度試合に使おうかと思っての。回りをどれくらい騙せるか実験中。」


「・・・そんなことして、試合意味あるの?」


「俺が楽しい。」


「・・・・・・・そうですか」





あたしは隣が見れない。



授業中の最小限の声量であたしと仁王は話している。



遠い目で黒板を見つめ、なぜって、



だって柳生君が仁王って。



いや、仁王なんだけど柳生君って。



・・・とにかく見たくない。





「何も柳生君の誕生日一日前にやることないじゃない。」


「今日の午前中だけじゃ。それまで俺は柳生。」


「・・できると思ってんの?柳生君は優等生だよ?」


「言ってるじゃろ?俺は柳生。」





自身満々の仁王の声色にあたしは思わず隣を見た。



柳生の格好をした仁王は背筋を伸ばして前を見ていた。



あたしは無理だと思った。



柳生君は授業中に教師に指名されれば即答するし、



大体元が詐欺師。



紳士なんてなれるわけがない。



そう、思ってた。




















「では、柳生。この場合あてはまるのは?」


「you are already sharing in other cultures.(あなたはすでに異文化を受け入れつつあります)」


「そうだな、カッコにあてはまるのはsharing、この場合の使い方は特殊だからな。和訳に騙されるなよ」



























仁王は、柳生君だった。






















仁王が仁王であること以外をおいては、柳生君そのものだった。



周囲のクラスメイトも仁王を柳生だと信じて疑わず、でも、






「ん?何、。柳生姿の俺にみとれとるの?」


「・・柳生君の姿でその話し方はやめてって。」


「バレとるんじゃ。お前さんに柳生のフリしても仕方がなか。」






やっぱり仁王は仁王。



休み時間のたびに女の子達が仁王が来ないと嘆くが、



それはそうだ。



仁王ならここにいる。



柳生くんの姿をしてるけど。









「・・・・・・・羨ましいとよ、柳生が。」


「え?」


「・・・いつもこうやっての隣に座っとるんじゃね。」









自分の席に座ったままのあたし。



柳生君の席に座ってこそこそと小さな声で話す仁王が



柳生君の姿であたしの顔を覗き込んだ。



顔が熱くなるのを感じる。



柳生君の眼鏡の奥で仁王と目が合った。



こんなに体温が上がる感じがするのは、仁王が柳生君の姿をしてるからだ。
















「やっぱりパシリは近くにおいてこそ使いがいがあるとよ」















・ ・・・・・おい。



体温が急激にひいてくのがわかった。



柳生君になりきるなら、なりきりなさいよ。



その姿でそんな黒いこと言わないで。





「・・・・さん、喉が渇きました。」


「柳生君は人をパシッたりしません。」


「それは1人が寂しいということですか?しょうがないから一緒に行きます。」


「・・・は?そんなこと言ってない!あたしは喉かわいてないから行くなら1人で行けばいいでっ・・・・・・」


「ははははっおもしろいこと言うんですね、さん。(ぼそっ)柳生にばらすとよ?」





・・・・・・・・なぜなんだろう。



仁王は笑ってる。



柳生君の姿で笑ってるはずなのに、この威圧感。



この恐怖感。



これは、なに?!



仁王が席から立ち上がって、いつの間にか教室の入り口に立っている。



あたしを待っているかのように、ドアを開け、



まるで紳士のように、優しくあたしに微笑んで。



柳生君の姿で。










「・・・・・・何のつもり?」


「ん?紳士気取り。」










周囲には柳生君の隣を歩いてるように見えるのか。



でもあたしにはいつも通り、



仁王の隣をパシられて歩いているのを変わらなかった。



・・・・・神様。



ねえ、神様。いないのわかってるんだけど聞きたいんです。



一体、



あたしは一体いつまであなたのパシりですか。






「おい、。炭酸飲める?」


「え?」


「やるとよ」






校舎に設置された自販機のところまでたどりつく。



仁王が制服からお金を取り出し、缶ジュースを2本買って、



一本をあたしに投げてよこした。



あたしは落としそうになりながらもその缶ジュースを受け取った。





「・・・・・くれるの?」


「今日だけな。元気さそうじゃ。」


「・・・・・・・・・・・・・・」


「俺のせい?」


「いいの?そんな態度で。柳生くんぽくない」


「ここには誰も騙す奴おらんからの。」





仁王は缶のタブを開けると自販機にもたれかかってそれに口をつけ始めた。



飲まんの?とあたしに目で問いかけてきたので



あたしは半ば慌てるようにして仁王から受け取った缶を開ける。



・・・・・なんだか。



なんだかおかしかった。



仁王は確かに柳生君の姿をしてたけど、



どこからどう見てもあたしには仁王にしか見えなくなっていた。





「・・・・お前さん。俺の変装には気付いても柳生の変装には気付かなかったんじゃね。」


「柳生くんの演技が上手だったんでしょ?」


「詐欺師より人を騙すのがうまい紳士なんて聞いてことなかよ」


「それを言うなら詐欺師のペテンに力を貸す紳士なんていないでしょ?・・・・・もしかして仁王、柳生くんの弱みも握ってるの?」


「企業秘密じゃ。」


「・・・そうですか。」





仁王が再び缶に口をつける。



あたしも口元で缶を傾ける。



なんだか、おかしかった。





「ははっ・・・・・・」


「ん?」


「おかしいよ、仁王。なんで詐欺師が紳士?」





自分が楽しいからっていう理由も、



それを試合で使うっていう発想も。



なんでそんな変なこと思いつくかな。







「・・・・。そんな風に笑うんじゃね。初めて見たとよ」


「・・・・え?そうかな」


「いつもしかめっ面じゃ。」


「それは仁王があたしをパシリにするからでしょう?」







仁王が笑ってた。



自販機にもたれて。



柳生君の姿をしていたもやっぱり仁王は仁王。



その姿はあたしには仁王が笑ってるようにしか見えなかった。






「俺に言われる前に・・・・」


「ん?」


「俺から柳生に言われる前に自分で言えばいいじゃろ?柳生に。」






仁王が缶の中身を空にしたのか、



近くのゴミ箱に、手にしていた缶を投げ、見事命中。



缶がゴミ箱の中に吸い込まれた。



あたしも仁王も、その缶の行方を目に映したまま。






「・・・・・言えたらパシリなんかなってないわよ」






まだあたしの手にしている缶の中身は終わらない。



今更、飲み終えることできるか不安になってきて。



ふと、仁王に視線を移すと、



仁王は自販機から体を離し、真っ直ぐ立ってあたしを見ていた。





「・・・今のは意地悪じゃったな。わかってて聞いたとよ。」


「・・・・・・・・・・・」


「すまん。」





ほんの、少しだけ。



寂しそうに笑って見えた。



仁王が、ほんの少しだけ。



柳生くんの眼鏡の向こうに見えた目がほんの少し、優しくて。



ほんの少しだけ、胸が高鳴った。







「・・・・・・・・・・・・・・ごめん」







仁王がもう一度あたしに軽く頭を下げて謝罪した。






「謝るくらいならパシるのやめてくれる?」


「・・・・・・・をパシるのは謝っとらんよ。」


「・・・は?」


「俺が楽しい。」





・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・おい。



ちょっと!さっきのときめきを返して。



・ ・・・・・・・・・・・・・・・・?



・・・・・・・・・・・・・・・・・ときめき?



・ ・・いやいやいや、ないって。



ないってそれは。





。そろそろ授業始まるとよ。あと1時間だけ柳生じゃな。」





あれ?



でも・・・・・・。



手にある缶の中身がまだ残っていることに気付き、慌てて飲んだ。



炭酸はさすがにきつくて。



きつそうな顔をしていると仁王に笑われた。



・ ・・・ねえ、仁王。



一体何に謝ったの?





。・・・・お前さん明日本当に柳生にプレゼントあげると?」


「・・・何よ、いきなり。あたりまえでしょ?」





お昼に休みになると仁王はまだ柳生君の姿のままで



それだけあたしに聞いて消えた。



ふーんとなんとも興味なさそうに返事をしながら。


































































「驚きました。仁王君の変装に気付かれたそうですね。」


「・・・・柳生くん、柳生君も大変だね。」


「はい?」










































午後になると柳生君が戻ってきた。



仁王じゃない。



本物の柳生君。





「・・付き合っているのですか?」


「・・・・・・・・・・・・・え?」


「仁王くんと、さん。」


「ないないないない!ないよ!柳生君!!」


「余計なことを聞いてすみません。やっぱり、仁王くんが楽しそうでしたので。」





・ ・・・・なんて、ことなんだろ。



柳生君の誕生日前日。



あたしは妙な誤解を受けた。




(パシリなんてそんなものさせられているから。)




だから誤解が生まれるんだ。



・ ・・・・・仁王と一緒にいすぎなんだ。

























































































































































































































































































































































「へえ、柳生がそんなこと」


「・・・・・仁王のせい!!」


「あはは・・・・。今の顔、おもしろいとよ。」


「・・・・・・だいたい、柳生君どこにいるの?!」


「落ち着け、。」





本日、彼の誕生日。



柳生くんの誕生日。



現在本日最後の授業前。



ちなみに今日一日、柳生君は行方不明です。



授業中も休み時間も。



目撃情報があるから学校には来ているはずなんだけど。



なぜか今日も仁王があたしの隣の席に座ってる。





「柳生は主役じゃからな。忙しいとよ。」


「仁王。」


「ん?」


「柳生くんの居場所知ってるでしょ?」


「・・・・そりゃもちろん。俺はあいつの相方じゃ。」


「どこ?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」





あたしは仁王につめよる。



聞きなれたクラスに広がる女子の悲鳴。



そんなもの気にしてなんかいられない。



あたしのカバンの中には柳生君の誕生日プレゼントがしっかりと入っているから。





「・・・・・なあ、


「何よ」


「お前さん、本当に柳生のこと好いとう?」


「・・・なっ・・何いきなり・・・・・・」


「お前、ちゃんと柳生のこと見てなか。本当に好いとう?」





仁王につめよったあたしは



間近に仁王の目を捕らえざるを得なかった。



仁王の目は鋭くて、全てを見透かしているようで。





「当たり前じゃない!好きじゃなきゃプレゼント渡そうなんて思わない!」


「・・・・・・ほう。じゃあ柳生の居場所、俺が教えてやるとよ。その代わり交換条件じゃ。」


「・・・いいわよ」





仁王が口角をあげて笑った。



からかわれているかのような笑み。










「柳生は図書館。」


「・・・・・・・交換条件って?」


「やめとけ。柳生にプレゼントやるの。」


「・・・・・・何、それ・・・・・・・」









仁王の目があたしを射抜こうとする。



そのせいで唇が自然と震えた。



仁王から必死に目をそらして自分のカバンを手に取り、



中から柳生君あてのプレゼントを取り出す。



ラッピングされたそれは長い時間をかけて選んだもの。






「何したって柳生はお前に振り向かん。」






今まで、そんなこと言わなかったのに。





「柳生がを好きになることはなか。」





なんで、今更。



今日になって。





「・・・・・・なんで、そんなこと言うの?」


「行かんほうがよか。」


「っ・・・・・・・・・」





かみ締めた唇が震えていた。



<ガタっ>



授業の開始のチャイムがなってしまう、



その前にあたしは柳生君にプレゼントを渡しに行こうと席を立った。



たとえ、仁王がなんて言ったって。



決めてたんだから。



誕生日プレゼント、柳生君に渡すんだって。






、行かんほうがよか。」


「うるさいな!なんでそんなこと仁王に言われなきゃならないのよ?!」


「・・・・・・・・・・・・・・。」






決めてたんだ。



仁王があたしの隣に座るようになる前からずっと。



歩き始めたあたしの手をいきなり掴まれる。



仁王の手によって。



その手はあたしの足を止め、
































































































































































































「行くなって言ってんだよ」






































































































































































































そんな顔知らない。



少しだけ怒ってて、真剣で。



睨んでるような、本当に少しだけ悲しそうな色の目。



そんな表情の仁王が、



あたしの顔に、近づく。







「っ・・・・離してよ!・・・・柳生君にちゃんと言ってあんたのパシリなんかやめるんだから!!」



「っ・・・・・!!」







無我夢中で手を引き剥がした。



プレゼントを両手で抱いて。



あたしは走る。



なんで?



なんで、仁王。



意味わかんない。





さん。俺、腹が減ったんじゃけど」





意味、わかんない。





「俺はが好きなんじゃが。」





なんで、どうして。





「・・・いつもこうやっての隣に座っとるんじゃね。」





思い出すのが仁王なの?





「・・・・。そんな風に笑うんじゃね。初めて見たとよ」





あたしが向かっているのは図書館。



仁王のところじゃない。



柳生君のところ。



最後の階段を上りきる。



そこを上りきって真っ直ぐ廊下を進めば図書館がある。



最後の一段に足を乗せ、図書館のある階にたどりつくと、



廊下の向こうに人影。



図書館の前に見つけた。






「柳生くっ・・・・・」






それは柳生くんだった。



女の子と手を繋いで楽しそうに話してる柳生君だった。



抱きしめていたプレゼントが床に落ちた。



・・・そっか、







‘お前、ちゃんと柳生のこと見てなか。’







そっか、そういうことか。



あたし本当に何も、






















見えてなかったんだね。




















うつむく視線の先の床に影ができた。



止まった足の先に人影ができた。



ほんの少し顔をあげれば、少しの息切れが聞こえて。



ネクタイが目に留まった。






「・・・・どいてよっ・・・・・・仁王っ・・・・」



「・・・・・・・」



「にっ・・・・仁王のせいで柳生君、見えないじゃない・・・見えなくなったじゃないっ・・・・」



「・・・・・・・・」



「・・・・・・・・どいてよっ・・・・・」



「・・・どかんとよ。」






さっきまで見えていたはずの柳生君の姿が、仁王によって遮断された。



仁王のせいで見えなくなった。



































































































































「俺のことだけ見とけばよか。・・・・このまま、ずっと。」













































































































































































・ ・・・・・見えないよ。



見えないよ、好きだったのに。



好きだったのに。



仁王があたしを抱きしめた。



あたしの前は涙でゆがんだ。



ゆがんでかすんだ。



仁王のせいで、あたしは柳生君が見えなくなった。



仁王しか見えなくなった。








































































































































































































































































「まだ泣いとる。」


「・・・そんなに強くなれないです。」


「・・・ふーん」






影が並ぶ。



あたしと仁王の陰。



日の沈みかかる帰り道、影が並ぶ。






「・・・・・・・ごめんって。奪ってごめんってな。」


「・・・え?」


から好きな人。俺が奪って俺にするってそういう意味のごめんだったんじゃ。」


「・・・・・・・・」






昨日仁王が、柳生君の格好をして



自販機で言ったごめん。





「・・・・大丈夫。は柳生は見破れなくても俺の変装はすぐに見破ったとよ。」


「・・・・・・・・・・」


。俺の誕生日は12月4日。」


「・・・・・んっ・・・・・・」


「泣かんで、。」


「っ・・・・う・・ん・・・・」





よくわからない、この涙。



失恋の涙。



くやし涙。



それとも、うれし涙。





















は俺のこと見とるから大丈夫。」



















学校生活で学んだ重要事項。教えましょう。



いつなんどきも



気なんて抜いちゃダメです。



たとえそれが平穏無事だと思われる学校の中でも





































































































「すぐに好きにさせてみせるとよ」










































































































まして秘密の恋バナは



声にならないほどの小さい声でしましょう。



そう。



もし万が一にも、好きな人の相方的存在にそれを聞かれたら



いつなんどき、



心奪われるかなんて

















































































































































わかったものじゃ、ないんです。


















































End.