あなたにとってはきっと些細な一言。
「ほんっとうにごめんね!景吾!!」
あたしは両手を目の前で合わせて景吾に謝った。
「せっかくパーティに誘ってくれたのに・・・。あたしその日どうしても家にいなきゃいけなくて・・。」
「・・・・そうか。」
「ごめんね、景吾。」
「必ず埋め合わせはしてもらうぜ?。」
「うん!!・・・・でもそれ異性同伴が絶対のパーティなんでしょ?」
「まぁな・・・。適当に誘う」
誰を?
『些細な』
「おい・・・。?」
「・・・・」
「・・・・。」
「・・・・」
「!」
(はっ)
考え事の奥底から戻ってきたあたしは
シャーペンを握って
目の前に数学の教科書とノートを開いた状態。
「ここ。xは?」
「えっえっと・・・a代入で・・・・で?」
「さっき言ったろ?ここで平方完成したら最小値が2ってすぐ分かるから・・・」
「・・・・・」
「聞いてなかったな?」
・・・・はい。
「・・・ごめん、景吾。」
「・・・もう一回な」
休み時間。
景吾は多忙だ。
テニス部部長、生徒会長。
いろんな責任を背負った彼は、
勉強を教えてもらうとか、そんな口実がないと
休み時間は行方不明になってしまう。
「だからxは3」
(綺麗な指・・・)
あたしが座る席の一つ前に座って、後ろを向きながらあたしに数学を教えてくれてる景吾。
あたしは景吾がノートの上ですらすらと動かす手に見とれる。
「?聞いてたか?」
「えっ?あっうん!!」
「ここ。yは?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・5!」
「・・・4な」
「・・・はい。」
安心をする。
目の前にいる景吾に。
あたしに数学を教えてくれてる景吾に。
「・・・・ごめん。アホだ、あたし。」
「・・・・知ってた。」
「なっ!景吾!!」
意外な景吾の一言に反論しようとしたあたしは景吾の整った顔を直視した。
からかうように笑いかけていた景吾。
「もう一回、な。」
胸が締め付けられた。
優しい笑顔。
愛おしい彼。
安心をする。
あたしにあきれないでくれる景吾に。
あたしが持つ景吾の彼女の肩書きに。
「跡部。」
「・・・・悪いな、」
「ううん。」
景吾は呼ばれた名前に席を立つ。
休み時間。
景吾は多忙だ。
どんなに一緒にいられる口実を作っても。
彼が背負った責任に彼を取られてしまう。
‘適当に誘う’
誰を?
振り返ることなく姿を消した景吾。
あの時の一言は景吾にとっては些細で。
きっとあたしにあれ以上気にさせまいとして言ったんだと思う。
誰を?
あたしはそれを景吾に聞くこともしない。
「・・・・はぁ」
ため息と同時進行であたしは自分の手を見つめた。
「・・・・景吾の指、綺麗だったな・・・」
さっきまでここにいて笑いかけてくれた人は幻じゃないと綺麗な指を思い出す。
見えたのはあたしの指だけだった。
「。」
「景吾!どうしたの?」
「さっきお前のシャーペン俺が持ってちまってたから」
安心をする。
次の休み時間に呼ばれた名前の響きに。
小さなことでクラスが違うあたしを訪ねて来てくれた景吾に。
「今日は帰り遅くなる。」
「待ってるよ。」
「ああ。校舎内にいろよ?」
安心をする。
景吾がくれる言葉に
あたしが持つ景吾の彼女の肩書きに。
‘適当に誘う’
だから、あなたにとっての些細な一言に
ひっかかっている自分に落胆する。
本当にアホだと自己嫌悪。
これだけ安心をくれるあなたにあたしは
不安だった。
「(景吾)」
放課後の廊下で見かけた景吾。
生徒会の役員の女の子と何か話していた。
あたしが見つけたのは景吾の後ろ姿。
景吾はあたしに気付いている様子はなかった。
あの子との話が終わったら話しかけよう。
この不安を消そう。
思いを決めてあたしのすぐ先の未来の予定を決めて、
あたしは景吾の後ろで景吾に話しかける時を待った。
(あ。笑った。)
景吾の笑顔が見えて。
不安を一つ心に落とす。
‘適当に誘う’
ねぇ、景吾。
あたしじゃなくてもいいの?
一度不安になった恋心は
(苦しい)
その一点張り。
あなたのことを考えない日なんかない。
あたしはアホだ。
景吾に気持ちの平等さを求めてる。
(苦しい)
苦しくて苦しくて胸を押さえた。
心の位置は胸であってる?
苦しいのは心。
安心なんかなかった。
不安だった。
目の前にいる景吾が。
呼ばれた名前の響きが。
景吾のくれる言葉が。
あたしの持つ景吾の彼女の肩書きが。
(苦しい)
あなたのことを考えない日なんかない。
景吾が女の子と話を終えて、廊下の先を歩き始めたのが見えた。
「・・・・景吾」
その背中を追いかける。
何をしてもあたしのことを見てくれてる気なんかしない
多忙な彼。
後ろにいたんじゃ気付いてくれない。
「景吾」
先に行かないで。
あたし、あなたの足に追いつけない。
速いよ。
待って。待ってよ。
(苦しい)
あなたのことを考えない日なんかないのに。
あなたは、あたしじゃなくてもかまわないんだろうか。
「景吾!!」
景吾が振り返った。
「。」
「・・・・・っ」
どうしよう。
不安だ。
(苦しい)
いつも安心だと自分に言い聞かせていただけ。
「どうした?。」
「・・・・景吾の、姿が見えたから・・・・。」
ただ、あなたに気付いて欲しかった。
アホなあたしはあなたに気持ちの平等を求める。
あなたのことを考えない日なんかない。
あたしは、
「。」
景吾の手があたしに向かって伸びた。
景吾の綺麗な指があたしの頬の輪郭をなぞった。
「俺を待つのはいいが校舎内にいろよ?」
「それ・・・・休み時間にも聞いたよ?」
「分かってるならいい」
「・・・どうして校舎内なの?」
景吾の手があたしの背中に回る。
近づいた整った顔に胸は高鳴る。
「遅くなるって言ったろ?外は危ねぇじゃねぇか」
「ん・・・・」
呼吸ができなくなるほどのキス。
(苦しい)
苦しくて胸を押さえた。
心の位置は胸であってる?
今苦しいのは、心も肺も?
「。お前は俺のことを考えていればいい。」
「(!!)」
「今日数学教えてるときも俺のこと考えてたんだろ?」
離れた唇からでてくる景吾の言葉に
あたしは参ったと思わずにいられない。
「俺様・・・・」
「そこが好きなんじゃねえのかよ?」
不敵な笑み。
「・・・・どうして分かったの?」
「別に・・・・分かったわけじゃない。」
あたしの景吾への恋心はいまだに苦しいの一点張り。
「俺がいつもお前のことを考えているから、もそうだったらいいと思っただけだ。」
(苦しい)
もう一度交わしたキスのせいなのか。
「俺のこと、考えてたんだな?」
「・・・・・」
あたしは参ったと思わずにはいられない。
(苦しい)
今の言葉でさえも景吾にとっては些細なものなのかも知れない。
だけどそんな風に笑わないで。
苦しいの。
「校舎内な。」
そういい残して
もう一度だけ軽く触れるキスをして。
あたしはまた景吾の背中を追った。
今度は目線だけで。
(苦しい)
でもよく分からない。
この苦しみは、不安だからか。
それとも
あなたのことが好きすぎるからなのか。
苦しみを大きくしたのは
あなたにとっては些細かも知れない言葉。
あたしは、あなたのことを考えない日などないから。
(苦しい)
end.