水平線がかすんで、






海の青が空に流れ込んだ。






まるで、



























世界中が、海に覆われたみたいだった。





























































『サヨナラ・アイズ』

































































































































空にはまだ、ほんの少しの夏と風が残ってた。



<ガチャッ>



勢いよくドアが開く音。





「悪ぃ、!」


「ブン太遅い。」


「仁王たちと試合してたらこんな時間だった。」





開いた入り口から俺が足を進める、真っ白な部屋。



開けられた窓から風が吹き込んで、カーテンを揺らしてる。



その窓の近くに置かれたベッドの上で、足をふとんに埋めたまま体を起こして座っている



俺が部屋のドアを閉めても、いつもより遅くこの部屋に来た俺に、はすねてるみたいだった。





「悪かったって。・・・ごめんな、。」


「・・・時間、あと少ししかないのによく看護師さん入れてくれたね。」


「最近あの受付の看護師、やけに俺に優しいんだよなー」


「・・・・・・・・・・・・・・」





が言ってる‘少ししかない時間’ってのは、見舞いに来た人に許される面会時間のことだった。



学校帰りの俺は、肩にあったテニスバッグを立てかけるように白い壁際に置いて



部屋の隅に寄せられているイスをずるずるとひきずって、のベッド近くに持ってくる。



それに腰掛けると、は俺の顔も見ようとせず、やっぱりまだすねていた。



口先を小さくとんがらせて、何も言わない。







「・・・妬いてんの?







俺が笑いながらそう言えば、は慌てたようにこっちを向いた。





「妬いてないっ」


「・・・ごめんな。」





ギシっとベッドがきしんだのは、俺が手を置いたから。



の頬に手を添えて、触れるだけのキスをする。








「明日はもっと、早く来るから。」








は、まだすねてて笑ってはくれなかったけど、手を握ると弱弱しい力で握り返してきたから、



の代わりに、俺が笑った。












短いその時間を、許されなくなるまでそこにいる。



がいる場所。



・・・病院。



真っ白なこの部屋を、赤い夕日が染めるまで。



夏休みも終わって突然やってきた秋。



夏の終わり=テニス部引退のはずだったけど、今もレギュラーの多くが毎日のように部活に顔を出していた。



俺もそう。



本格的にテニスから離れて、進学1本、ってなるのは、たぶんもう少し後の話になるんだと思う。



が入院したのは、その夏の終わり、ちょうど全国大会が終わったあたりだった。





「・・・テニス、まだやってるんだもんね。」


「今は元レギュラー全員で赤也しごいてる。」


「切原くんが哀れ。」


「だって俺も練習しとかないと。」


「ん?」





と一瞬目があったけど、なぜか咄嗟にそらしてしまった。



(・・・またやっちまった。)



目をそらすつもりなんかないのに。



いつも、無意識にそうしてしまう。



俺はうまくと目を合わせることができずにいた。



どうしようもなくて。自然を装って、不自然に、開けられた窓の外に目をやった。



風が柔らかい。



奴のおかげで空気が優しい。





「次にが俺の試合見に来たとき、弱くなってたら、俺かっこ悪いだろぃ?」





窓の外を見てると、近くでくすくすと笑い声が聞こえた。



の笑い声。



のほうを見れば、俺に向けて小さく笑った。



合ってるようで、合ってないお互いの視線。





「・・・も退院したらテニスやろうぜぃ。」


「・・・できるかな。」


「教えてやるよ、俺が。」





斜めに太陽が落ちてくる。



影と光が動く部屋で、俺はのベッドの上に座ると、小指を残して他の指を折って差し出す。





「約束な。」


「・・・・うん。」




合わさる小指。



の手は、最近外出していないから真っ白だった。



うまく目をあわすことができないのは、なんでだろう。



こうやって、笑いあうことはできるのに。



約束がたくさんあった。



どこかに行くとか、一緒に見ようと決めた映画とか。



俺ととの約束。



毎日一つずつ増えていくから、は退院したらやらなければならないことがたくさんある。



短いその時間を、許されなくなるまでそこにいる。



がいる場所。



・・・病院。



真っ白なこの部屋を、赤い夕日が染めるまで。



















































































































































夏の終わりに入院した



空にはまだ、ほんの少しの夏と風が残ってた。





「・・・入院?なんで?」


「わかんない。とりあえず検査してみないとって。」


「検査って・・・」


「大丈夫だよ。最近ちょっと貧血っぽいだけ!」





そう言って笑ったは、立海の制服を着て、いつもみたいに俺と手を繋いでいた。



翌日から検査入院の名目で学校に来なくなった



俺は毎日、放課後テニス部に誘われてはテニスして。



その後必ず病院にに会いに行った。



本当は、テニスしてるときものことしか考えてなくて、部活には出ずに病院に直行したかったけど、



が大丈夫だと笑っていたから、俺だけ慌てるのも変な気がした。




(・・・なんだよ、この感じ。)




嫌な予感、そう呼んでしまえば簡単にすんでしまう気持ちだったのかもしれない。



1週間もかかっているの検査入院。



おかしいだろぃ。何の検査してるんだよ。



1週間も病院に行かないとに会えない。



なのに、病院に入院している自身はいつも、大丈夫だと俺に笑うだけだった。



の病室でが検査を終えて戻ってくるのを待っていたある日。




<ガチャッ>




開いたドア。



見えたの姿。



が検査のために身に纏っている服がいつも気に入らなかった。



この真っ白な部屋もには似合わない。



は明るくて、いつも楽しそうに笑うから、



もっと色鮮やかな場所が似合うのに。





「・・・・・?」


「・・・・・・・・」


「・・・・どうした?」





その日はの様子がいつもと違った。



病室に戻ってきて、俺がいることに気付けばいつも「ブン太」と俺の名前を呼んで笑うのに。



病室に入ってドアを閉めても、その場から動こうとせず、閉まったドアに寄りかかったまま俺に気付かない。



俺は座っていた小さなイスから立ち上がってに近寄った。



顔を覗き込むとやっと俺に気付いたみたいに、が力なく笑う。





「ブン太・・・」


「・・・どうした?。何かあった?」


「・・・・・・・」


「・・・なぁ、いつになったらお前・・・」


「・・・・・・・って」


「え?」





いつになったら、ここから出られる?



には似合わないこの部屋から。



俺は、それが聞きたかったんだ。



「大丈夫」だって、の言葉が聞きたかったんだ。



目が合うの瞳が空で、の唇が、かすかに動く。



開けられた窓から吹く風が柔らかくて、優しすぎたのを、なぜか強く覚えてる。





























































































































「私、死んじゃうって。」



























































































































































































































嫌な予感、そう呼べばすんでしまう気持ちだったのかもしれない。





「何、言って・・・・」


「早く退院したかったから、本当のことちゃんと教えてくださいって言ったら・・・・」


「んなわけ・・・・」


「・・・ううん。・・・本当。」





そんなこと、あるかよ。



(そんなこと・・・・)



突然のことに驚いているのは俺だった。



俺の目の前で一つ一つ言葉を紡ぐは、なんだか呆然としていた。



淡々と、冷静に。



まるで、自分に言い聞かせるみたいに、俺と目を合わせることもなく、かすかにうつむいたまま。



俺はの横顔を見て、何を言ったらいいかも、何をしたらいいかもわからずにいた。






「・・・もう、退院できない」


「・・・


「・・・病気、治らないって・・・・・」





から聞く聞きなれない病名。



の病気。



一週間も検査してわかったのは、治らないという事実だけ。



真っ白なこの部屋で、あまりに透明な滴が一つ。



俺たちの足元を濡らした。



呑み込みたくもない現実。





「怖いっ・・・なんでっ・・・・・」





「・・・っ・・・ブン太・・・・私っ・・・・・」





は、誰かに話して、初めて実感したんだ。



の頬を濡らす涙。



俺の名前を涙声で呼ぶ。



‘なんで’と何度も、繰り返す。



そんなに、俺は何を言ったらいいかも、何をしたらいいかもわからずにいた。





「・・・大丈夫。」





でも。





「ブン太っ・・・・・」


「大丈夫、絶対治る。」


「っ・・・・・」


「俺がいるだろぃ。・・・大丈夫。」





手を伸ばして、引き寄せて。



を、力いっぱい抱きしめた。



いつも笑ってるだったから、涙が隠れるように、



俺にも、誰にも見えないように。



の鼓動と体温が、わかるように。


















「大丈夫。治るよ。」

















俺が、いる。



だからと言って、俺がを治してやれるわけじゃないけど、



それでも、2人一緒なら。



一緒ならきっと。





「幸村だって治ったろぃ?」


「・・・・うん」





大丈夫。



俺たちは、奇跡を知ってる。



願うことも、祈ることも知ってる。



希望を、知ってる。



俺が、いる。



一緒なら、



一緒ならきっと。




























































































































































怖いものなんか、何もない。



































































































































































「大丈夫?ブン太。」


「俺を信じろぃ。」


「・・・・手まで赤くなっちゃ駄目だよ。」


「大丈夫だって!ウサギだってできるぜぃ!!」


「・・・心配。」





信じろって。



赤いリンゴを左手に、果物ナイフを右手に持った俺。



の病室で皮むき中。



学校も部活もない休日。



俺は昼間からの見舞いに来てた。



開けられた窓から、いつもみたいに風が吹き込んでる。






「・・・・・海。」


「ん?」


「・・・約束してたのに、行けなかったね。」







手元に集中していた俺はの声に顔をあげた。



は窓の外を見ていて、俺はの横顔しか見れなかった。







「夏、終わっちゃったね。」







ウサギになろうとしたリンゴの欠片。



耳の完成まであと少しだったそれを、俺はのベッド近くの棚に果物ナイフと一緒に置いた。



海に行こうと言ったのは、たぶんから。



俺の部活が忙しくて、夏らしい思い出が2人の間になかった。



祭りも、花火も行けなくて「ごめん」と誤った俺に、なら、全国大会が終わった夏の残るうちに。



一緒に、海に行こうって。そうが言ったんだ。



それが叶う前に、は入院してしちまったけど。






「・・・行きたい?」







風が、と髪を揺らしてた。



窓の外を見たまま、がこっちを向こうとしないから、俺は座っていたイスから立ち上がってのベッドに座る。



俺の重みできしむそれ。



俺の問いに返事はなかったけど、代わりにが小さくうなずく。





「今から行く?」


「え?」





が俺の声に振り向く。



目を丸くした



俺は、合った目をすぐにそらしてしまったけど。



ウサギになろうとしたリンゴの欠片を見ながら、驚くに笑って言った。





「病院抜け出してさ。」


「・・・どうやって・・・・・」


「連れてってやるよ。」


「ブン太・・・」





が、望むなら。






「一緒なら、怖くないだろぃ?」






うまく視線を合わせることができないから。



の首に手を回して、引き寄せて、の額に俺の額をひっつけた。



(・・・・なぁ、)



俺にできることなら、してやるよ。



がそれを望むなら。



2人でここから逃げ出したっていい。



こんな真っ白な場所よりも、鮮やかな場所がには似合う。





「・・・バカだなぁ、ブン太は。」


「あのなぁ・・・・。俺本気で言ってるんだぜぃ?」


「うん。・・・・・ありがとう。」





言葉が。



どこを見ても白ばかりのこの部屋で、響かずに吸い込まれていく。



額をあわせて、小さく笑ってるが、なんだか無性に切なくて。



切なくて、切なくて。



うまく視線を合わせることができないから。



ただ幼く短いキスを贈った。





「じゃあ、退院したら一番は海な。」


「・・・約束?」


「指切りしたらリンゴ食えよ。」


「くすくす・・・・うん。」





小指が合わさるとき、の細い手首が見えて何も言えなくなった俺を助けてくれたのは間違いなく、ウサギになったリンゴの欠片。



約束がたくさんあった。



どこかに行くとか、一緒に見ようと決めた映画とか。



俺ととの約束。



毎日一つずつ増えていった。



大丈夫。



治るよ。



俺がいる。



俺たちは、奇跡を知ってる。



願うことも、祈ることも知ってる。



希望を、知ってる。



いつもうまく目を合わせることが出来なかったけど。



笑いあうことはできた。



一緒なら。



一緒ならきっと。



怖いものなんて、何もない。



(・・・・なぁ、)



俺にできることなら、してやるよ。



がそれを望むなら。



2人でここから逃げ出したっていい。



空にかすかに残っていた夏が、消えていく。



俺もテニス部へは顔を滅多にださなくなった。



だんだん寒くなってきて、窓から吹く風は寒いから、の病室の窓は次第に開けられなくなってきた。



時々、何も話さずに手を繋いでいるだけの時間が幸せで仕方がない。



人の体温がこんなに温かいものだと、なぜかとても切なくて。



切なくて、



切なくて。



その日は空気が冷たい、秋を思い知らされるようなそんな日だった。

















「・・けほっ・・・・ごほっごほっ・・・・・・」


「・・・・?」


「けほっけほっ・・・・」


「おい、どうした?」


















乾いた咳が体中に響く。



の小さな背中が上下してとても苦しそうだった。



俺はの背中をさすったけど、は苦しさにうずくまる。





「(!!)!」


「ブン・・・・太・・・・・・」





蒼白の顔。



声にならない俺の名前。



急いで呼んだ医者と看護師に病室から追い出された俺は、白い、真っ白なドア一枚を隔てて、



しばらくに、会うことを許されなかった。



毎日、病室の前でに会えるのを待った。




(・・・・大丈夫。)




俺たちは、奇跡を知ってる。




(治る。)




願うことも、祈ることも知ってる。




(俺が、いる。)




何もしてやれなくたって。



うまく目を合わせることが出来なくたって。



笑いあうことならできる。




(・・・・・・・・・・・・。)








今すぐ、会いたい。






























































































































































































































ドアノブに伸ばした手。



一つ大きく息を吸って、回す。



会えなかった間があっても、何も変わらない相変わらずの白い部屋。









「・・・・ブン・・・太」


「あっ起きなくていいぜぃ。」


「ううん。・・・起きる。」






ベッドに腕をついて体を支えながら状態を起こそうとするが辛そうで、



俺はベッドに駆け寄っての体を支えた。



掴んだ腕が思っていた以上に細くて、言葉をなくす。



久しぶりに会えたのに、が辛そうだ。





「・・・すぐ帰るな。」


「え・・・・」


「寝てたほうが楽だろぃ?」





俺がいるとが無理をするから。



の頬に手を伸ばした。



触れた体温が温かくて。どうしようなく、切なくなる。



切なくて、切なくて。



は俺を見たまま何も言わない。



ほんの少し泣きそうになったまま。



合ってるようで合ってないお互いの視線。



に小さく笑うと、俺はもうここにいてはいけない気がした。



を休ませてやりたかったから。



そう思ったのに、の頬から離れる俺の手をが弱弱しい力で握り締めてきた。





「・・・・・・?」





何も言わずにただ首を横に振る



泣きそうな目。



きっと、起き上がってることは、死ぬほど辛かったはずなのに。






「・・・、何か欲しいものとかある?」


「・・・・・・・・」


「ほらっリンゴ食いたいとか、何かして欲しいとか!!」






明るく搾り出した声。



の手を握り返して笑う俺を、はじっと見つめた。





「・・・・て」


「ん?何?」






かすれるその声。



あまりに小さなその声が聞こえるように、俺はの口元に耳を寄せた。



本当は、聞き返しちゃいけなかった。











































































































「殺して。」




































































































約束が、たくさんあった。



毎日一つずつ増えてった。





「・・・・・・」


「・・・ブン太になら・・・いい」





‘大丈夫’



‘治るよ’



‘俺がいる。’



一緒ならきっと。













きっと、何も怖くない。













(・・・が、望むなら。)



















































が、望むなら。















































































気付いた時には、俺の手がの首に伸びていた。



ベッドがきしんで、の体が簡単に沈む。



細くて白い首筋は、俺の両手で覆えて隠れてしまう。



感覚はなかった。



の体温もわからなかった。



簡単に折れてしまいそうな首筋にゆっくり力をこめていく。



目の前が、ぼーっとしていた。



ただ、俺の下にいるは、悲しそうな目をゆっくりと閉じた。




(・・・・・・)




俺にできることなら、してやるよ。



がそれを望むなら。



2人でここから、逃げ出したっていい。



いつもうまく目を合わせることが出来なかったけど。



笑いあうことはできた。



一緒なら。



一緒ならきっと。



きっと。







その時、の頬に涙が伝って、小さく小さく、微笑んだ。








‘大丈夫’








「・・・ブン・・・太・・・・?」









‘治るよ’










「っ・・・なんでっ・・・・・」









‘俺がいる。’










「なんでっ・・・・俺の手はっ・・・・・」










の頬に、の涙じゃない滴が落ちる。



の涙と混ざるそれは、俺の頬を伝って落ちる。



手の感覚なんか、なかった。








を殺すことは出来るのにっ・・・・・」









力なくの首から外れた腕は、の顔の両脇について、



力の入らない俺の体をどうにか支えていた。

































































































「なんで助けてやれないんだよっ・・・・・」










































































































































































なんで。





「・・・んでっ・・・なんでっ・・・・どうしてっ・・・・・・」


「ブン太・・・・・」





なんで、が。






「ブン・・太・・・・ブン太・・・・」


「っ・・・・・」


「ごめっ・・・ごめんっ・・・・・」






のかすれる声が、体中に響く。



弱弱しい力で、細すぎる腕を俺の首に回して、俺を抱きしめる。



きっと、死ぬほど辛いのに。





「ごめんねっ・・・ブン太・・・・・」






何にも、言葉にならないんだ。



『死ぬなよ。』



『そばにいろ。』



『どこにも行くな。』



『好きだ。』



『愛してる。』




(・・・・ごめんな。)




ごめんな。



何もできなくて。



ごめんな。



俺たちは、奇跡を知ってる。



願うことも、祈ることも知ってる。



でも、わかってるんだ。





・・・・」






の背中に腕を回して、必死で抱きしめ返す。



必死で。



どうしようもなく切なくて。



切なくて、切なくて。



本当は、わかってる。



奇跡なんて神様の気まぐれ、あてになんかならない。



わかってる。



願っても、叶わなきゃ意味がない。





「・・・ブン太に、伝えたいことはたくさんあるのに、」






わかってる。



と目をあわすことのできない理由なんて。








「残したい言葉は、一つもないの・・・・・・・」









ただ、俺が怖かったんだ。



真正面からを見据えたら、その白くて細い姿が、消えてしまう気がして。



ただ、怖かったんだ。



サヨナラも声にできない、この哀しみが。






「ブン太・・・こっち、向いて。」


「・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・ブン太」







わかってるんだ。



大人が思ってるほど、俺たちは子供じゃないから。



抱きしめていた体を、離した。



の頬に、俺が手を添える。



もう、目を逸らさない。



大丈夫。



2人ならきっと。



2人一緒ならきっと。























何も、怖いものなんてない。
























やっと、見つめあえる。



涙を零したまま、小さく小さく2人して、顔を見合わせて微笑んだ。





「・・・海、見に行こうな。」





うなずいたが、の頬に触れる俺の手に手を重ねた。



もう、逸らさない。



大丈夫。



一緒なら。



一緒ならきっと



怖いものなんて、何もない。



やっと、見詰め合える。



俺たちは、知っているから。



これが、


















































































































































サヨナラの合図。






























































































































































































「ブン太」







































































































最後に聞いたの声は、俺の名前だった。



『死にたくない。』



『そばにいたい。』



『どこにも行かないで。』



『好きだ。』



『愛してる。』



何にも、言葉になんかならないから。



消えて欲しくないと願ったその声の響きは、真っ白なこの部屋に吸い込まれる。



途絶えた声と引き換えに病室いっぱいに響く嗚咽。



消えていくの体温。





「・・・っ・・・・・・・」






『死ぬなよ。』



『そばにいろ。』



『どこにも行くな。』



『好きだ。』



『愛してる。』



何にも言葉にならないから。



ただ、何度も名前を呼んだ。



力のない細い体を抱きしめながら、何度もを呼んだ。



最後に聞いたの声は、俺の名前だった。



消えて欲しくないと願ったその声の響きは、真っ白なこの部屋に吸い込まれ



俺の中にだけ、永遠に響く。









・・・」










海、見に行こうな。








































































































































































































































































































できるだけ、鮮やかになるように。



いろんな花を選んでもらったつもりだった。



いつまでたってもあの真っ白な部屋は、には似合わなかったから。



浜辺を歩いては、花を海に流していった。



最後の1本を海に流したあと、俺は砂浜に座り込む。



夏が終わって秋が来て、潮風は冷たかった。



握った砂。持ち上げれば指の間から零れ落ちる。







「・・・・・・・・・・・・・・







声にすれば、水平線がかすんで、



海の青が空に流れ込んだ。



まるで、世界中が、海に覆われたみたいで。



俺は涙の向こうの青を、何も言わずに見つめてた。



(・・・・これなら、きっと。)



これなら、にも見える。



波音にだって掻き消せない、



消えて欲しくないと願ったその声の響きは、俺の中だけに永遠に響く。



何にも言葉になんか、ならないから。



俺の名前を呼んだ、その声。


























「ブン太」




























なぁ、

















































































































































海が、見えるだろぃ?























































































End.