ねぇねぇ知ってる?
誰にも秘密だよ。
あのね・・・・・・・・。
『世界の秘密を知ってるかい?』
物事の始まりはいつも些細なことだと。
跡部が、笑いながらそう言ったのはいつだったかな?
眠かった俺はふーんって、のんきな返事をしてから夢の中に突入した。
そう、
物事の始まりなんて些細なこと。
<バタンっ>
それはが部室のあるロッカーを閉めた音だった。
テニス部マネージャーのは部活が終わって、
クールダウンのためにコートの周りを走っているレギュラーのみんなより
一足早く先に部室の中に入っていた。
<ガチャッ>
「あー、あっちぃ。」
「岳人、はよ奥入ってえな、後ろつかえてるで?」
「あっさん、お疲れ様です!」
「だから後ろつかえてるって言ってんだろうが!長太郎!」
ぞろぞろと、部室の中に入ってくるレギュラー。
そんなみんなが見たのは。
「・・・・誰?」
「あん?何か言ったか?。」
「誰よ?」
レギュラー専用部室の中にあるのロッカーの前に
うつむいて、その髪で表情が見えないの横顔。
鳳が首をかしげながら、に近づいていった。
「さん?」
「全員そこに正座!!」
「「「「「・・・・・・・・・・・は?!」」」」」
「、お前何言っ・・・・・」
「正座だって言ったのよ。聞こえなかった?跡部。」
レギュラーのみんなが初めて見たの目つきのするどさに、
変な汗をかきつつ、みんなは腰が抜けたように部室の床に正座した。
跡部なんかは舌打ちをしつつも、
やっぱり変な汗をかいてたみたい。
向日、忍足、鳳、宍戸、跡部の順に正座。
その前に仁王立ちの。
「単刀直入に聞くわ。あたしのクッキーを食べたのは誰?」
「「「「「(クッキー?)」」」」」
「なっなあ。クッキーってどんなん?」
「・・・・白い袋でラッピングしてある赤いリボンでくくってあるクッキー。」
「えっと、さん。それはどこにあったんですか?」
「部室の机の上に置いてあったのに、どこにもないんだけど?・・・・で?誰?」
知らねぇ!
誰もがそう思ってそこにいたけど。
あまりのの迫力に、ううん。いつも穏やかで優しいの初めて見た剣幕のすごさに
みんなは手に汗握る緊張感を正座で耐えるしかなかった。
<ガチャッ>
「・・・あれー?みんな何やってんの?」
「「「「「「・・・・・・・・・・・」」」」」」
最後に部室の中に入ってきた俺が見た光景は、
俺に背を向けて正座をしているみんなが俺にいっせいに振り向いているところ。
仁王立ちのと目が合って、俺はにこりとに笑う。
「ー!今日も一緒に帰ろうね!!」
「・・・ジロー。お前、その口の動きはなんや?」
「ん?」
もぐもぐ。
もぐもぐ。
もぐもぐ。
もぐもぐ。
冷や汗をかいている忍足。
もぐもぐする俺をみんなが見てる。
俺は正座のまま俺を仰ぎ見るみんなからに目を向けると
は目を見開いて、俺に問いかける。
「・・・ねえジローちゃん。」
「ん?」
もぐもぐもぐもぐもぐもぐ。
「部室に置いてあったクッキー知らない?」
もぐ・・・・・・・・。
みんなが俺のことを見てる。
・ ・・・クッキー?
クッキー。・・・クッキー。
ん?
クッキー?
目線を上のほうに泳がせながら、俺はポケットから白い袋をとりだす。
頭はクッキーに該当するものを探す。
目線を上に泳がせながら、俺の手は無意識のうちに白い袋の中をがさごそ。
その手にしたものを口に運び、カリッ。
もぐもぐと口を動かす。
「なっ、なあ侑士。・・・あれって・・・・・。」
「・・・・白い袋でラッピングしてある・・・・」
そのとき、俺の手から赤いリボンがするりと落ちた。
それは手にしている小さな白い袋の口をくくってとめてあったものだった。
「・・・・・・赤いリボンでくくってあるクッキー。」
「しっ宍戸さん!言っちゃダメです!」
「・・・・おっおい、ジロー。」
「ん?何?跡部。」
もぐもぐ。
と目が合った。
「ジローちゃん。・・・そのクッキーどうしたの?」
「ん?これ?休憩のときにその机の上で見つけて。」
「・・・ジローちゃん。」
「ん?」
「それ、あたしの。」
・ ・・・・そっか、これがの言ってたクッキーかぁ。
もぐもぐ。
もぐもぐ。
もぐもぐ。
もぐ・・・・・・・・。
あれ?
静まりかえる部室。
きょとんとする俺。
はうつむき、静かに俺に近寄り。
レギュラーのみんなは、あいた口がふさがらないと言う状況。
+αで向日が青ざめてた。
「・・・ジローちゃん。」
うつむくが俺の目の前まで来た。
髪に隠れてその表情はわからない。
俺はもぐもぐをやめて、代わりに口のなかでくだいたものを飲み込んだ。
レギュラーのみんなは今も正座中だ。
「・・・・もしかして、。これ、食べちゃダメだった?」
が、ゆっくりと顔をあげた。
「・・・・小さいころから一緒にいたけど。ジローちゃんが人の食べ物盗んだりするなんて思わなかった。」
「・・・・・おいしかったよ?」
「聞いてない!これじゃ立海の赤髪くんと同じただの食いしんぼうじゃない!!」
「それ丸井くんのこと?ねぇ丸井くんのことだよね?」
「そんなことよりジローちゃん、あたしに何か言うことあるんじゃないの?!」
「そんなことじゃないよ!!丸井くんはかっこいいCー!!」
「そのかっこいい丸井くんだって、人のもの盗んで食べたらきっとちゃんと言うよ!」
「!丸井くんかっこいいと思うの?俺とどっちがかっこいい?!」
「だからっ・・・そうじゃなくて!!」
正座のまま、体をひねって俺とのやり取りを見るレギュラーのみんな。
「「「「「(なんなんだこの状況。)」」」」」
俺は俺のが丸井くんをかっこいいと言った事で必死だった。
丸井くんは確かにかっこいいけど
がかっこいいって思うのは俺だけでいい。
「ねぇ、!!丸井くんと俺とっ・・・・」
「・・・ジローちゃんなんか、・・・・ジローちゃんなんか、もう知らない。」
「へ?」
が俺にぷいっとそっぽを向いた。
・ ・・・なんだよ。
なんだよ、。
そんなに丸井くんのほうがいいの?(違う)
「おっおい、ジローっ・・・」
「・・・なんだよ、なんかっ・・・。」
「いや、ジロー。・・・たぶんな着眼点がちゃうねんて!」
「そうだぜぇえ?!えーぇええぇえ?!」
「岳人!どないしたん?」
「あっ足がっ・・・・・!!」
向日が足を押さえて転げまわる。
正座の効力っては、誰にしもやってくる。
誰もがさっきとは違う変な汗をかき、向日は転げまわり続ける。
俺とはそんなこと気にせず、
は俺にそっぽを向き、
俺もまた、にそっぽを向いて、下にしていた手で拳を作る。
「なんだよっ・・・なんかっ・・・!なんかっ・・・なんかっ・・・・!!」
俺は部室のドアをバタンと勢いよく開いた。
そして、駆け出す。
なんか、なんかっ・・・・・・
「大好きだぁぁああー!!!」
「っ・・・・ジローちゃん!!」
「・・・もう収拾つかへんな。」
そうして部活のジャージのまま部室を飛び出していく俺。
そんな俺を追いかけようと、レギュラーのみんなは立ち上がることを試みる。
「待てって!ジロっ・・・・ぐっ・・・・・」
「立て!忍足!!」
「無理言うなや!!お前が行け!跡部!!」
「ぐっ・・・・宍戸さっ・・・ここは俺がっ・・・・うっわっ・・・・」
「長太郎!!」
部室の床に足を押さえて転げまわる向日。鳳。
そんな2人の姿を見て、
正座のまま恐怖に立てないでいる跡部、忍足、宍戸。
数分後。
部室内を奇怪な悲鳴が占拠したみたい。
「・・・・・・あーあ。」
そんな間抜けな声と一緒に空を見上げる。
青い青い空だった。
「ジローちゃん。」
いつも笑っててくれる。
小さい頃からずーっと一緒。
テニスのときも俺が寝てるときも。
は傍にいてくれる。
笑って、俺の名前を呼んで。
・ ・・こんな風にケンカしたのっていつぶりなんだろ?
ケンカ、したことあったっけ?
「(・・・・・ないや)」
・ ・・・でも、酷いC。
いつも傍にいる俺じゃなくて、
丸井くんのほうがかっこいいの?
なんだよ、俺のことなんか知らないって。
俺だってっ・・・俺だって・・・・・・。
「・・・・かなC・・・・・。」
とぼとぼと歩いて、ふと足を止めた。
街中のあるお店で、ショーウィンドウに映った俺は、ジャージ姿のままだった。
ポケットを探れば、のクッキーが入った白い小さな袋が入ってる。
一つだして、カリッ。
もぐもぐ。
もぐもぐ。
これはきっとの手作り。
すっげーおいC−。
もぐもぐ。
もぐもぐ。
もぐ・・・・。
「そんなことよりジローちゃん、あたしに何か言うことあるんじゃないの?!」
・ ・・・ごくん。
ごめんね。
勝手に食べて、ごめんね。
いつだったか、が作ってくれたクッキー。
俺にくれて、それを食べて、おいしくて。
また、俺に作ってくれたんだなぁって思ったんだ。
(・・・・違ったんだね。)
残りのクッキーが入った白い小さな袋を大切に大切にポケットにしまう。
戻って、着替えて。
カバン持って、それで。
に、会いにいかなくちゃ。
そうと決めたらすぐにでも。
俺の足は元来た道を引き返す。
ちょっとしゅんっとして。
ちょっと微笑んで。
ちょっと思い出して。
君の笑顔を思い出して。
うつむいて、足元見ながらの逆走。
ふと顔をあげた街中。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
思い出した笑顔。
君の笑顔。
真っ白な大きな包みを抱えて。
そんなの隣には、
なぜか、忍足。
(・・・・・なんで?。)
初めてしたケンカの最中。
そんな風に笑わないで。
忍足なんかに笑わないで。
もう制服姿の2人は、明らかに一緒の帰り道の途中だ。
いつもなら、俺がと2人で帰るのに。
・ ・・よく見て。
、よく見て。
それ忍足だよ。
俺じゃないよ。
「!」
「ジローちゃんっ・・・・・」
「・・・なんや、まだ家やなかったんか。ジロー。」
俺はの隣にいる忍足を睨みあげる。
忍足は肩をすくめてを見た。
は腕に抱く、白い大きめの包みをぎゅっと抱きしめて
忍足の背中に少し隠れてる。
・・・・・・・俺は。
「・・・は。」
「・・・・・・・・・・」
「は、忍足が好きだったの?」
その白い包み。
忍足がくれたもの?そんなに大事なもの?
「はぁ・・・あのな、ジロー。」
「忍足、いいよ・・・あたしが・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
俺には聞こえない小さな会話。
いらいらした。
なんか、かばいあってるみたいだ。
お互いが、かばいあって。
ねえ、。
よく見て。それ、忍足だよ。
俺じゃないよ。
「・・・・なんかっ・・・・・・」
「ジローちゃっ・・・・・・」
「なんかっ・・・・・なんかっ・・・・・・!!」
きっ!!と忍足を睨んで。
なんかっ・・・・・・!!
「関西人になっちゃえばいいんだ!!」
「ジローちゃんっ・・・・・・!!」
「・・・・なんやもう、意味わからへんな。」
走って。その場から逃げるみたいに。
・ ・・ううん。逃げたんだ。
だって、が忍足が好きなんて。そんなの。
(たえられないよ。)
気付いたら、小さな公園に来ていた。
小さい頃から、とよく一緒に遊んだ公園。
立ち止まって、空を見上げれば、
青から、いつの間にかの赤。
「・・・・・・・・・かなC・・・・」
悲しい。
寂しい。
俺はが好きなのに。
が好きなのは、俺じゃなかったの?
ずっと一緒だったから。
これからもずっと一緒にいられるんだと。
そう、思ってばかりいたのに。
公園の小さなブランコを囲む鉄の手すり。
そこにちょっと体を預ける。
うつむいて、手を組んで。
それを見て。
ちょっとしゅんとして。
ちょっと苦笑いして。
ちょっと思い出して。
君の笑顔を思い出して。
「・・・・・・ごめんね、。勝手に食べて。」
つぶやいた。
「・・・・・・・もう、いいよ。」
「(!!)」
「もとからあんまり、怒ってなかったんだ。」
その、声に。
視線をあげて、移して。
そしたら、息切れを繰り返しながら、が笑ってそこにいた。
「よかった、ジローちゃんが来るならここだと思った。」
「・・・・・・」
その手には大きな白い包み。
小さく笑いながら、俺の側までくる。
俺が目を見開いて、を見ていれば
息切れをしながら、俺の名前を笑顔で呼ぶ。
「ジローちゃん」
「・・・忍足は?一緒に帰ってたんでしょ?」
「ん?忍足は買い物に付き合ってもらってただけだよ。」
「買い物?」
「はい、ジローちゃん!プレゼント!!」
ずいっと俺の目の前が白い包みで占領される。
がずっと、大切そうに抱きしめていたもの。
「・・・・俺に?」
「・・・・ケンカ、初めてだったから。」
「・・・・・・・・・・・」
「忍足のアドバイスを参考にしようと思って、だけど結局私が最終的に決めちゃった!」
差し出されたそれを
ゆっくりと手に受け取れば。
思い切り俺に向けて笑顔をくれるがいた。
その包みは思っていたよりずっと軽くて柔らかい。
「・・・・開けていい?」
「もちろん!」
白い包みから顔をのぞかせるそれは
薄い金色。柔らかくて、ふわふわ。
羊のぬいぐるみ。
大きさから言えば、抱き枕ってところ。
「ジローちゃんの部屋、いっぱい抱き枕あるでしょ?これもそこにいれてあげてね。」
「これ・・・・」
「ジローちゃんの髪に似てるでしょ?」
ぬいぐるみの頭をそっと撫でる。
も一緒になって、ぬいぐるみに触れる。
の顔を見れば、笑ってくれる。
大事そうに抱きしめてたのは、俺のプレゼントだから?
「・・・・。」
「ん?」
「仲直り?」
「・・・ジローちゃんは?」
「・・・・もちろん!!」
ちょっと照れて。
ちょっと顔を見合わせて。
ちょっと顔を覗き込んで。
が、また笑ってくれる。
「・・・本当はね、あのクッキー。ジローちゃんが食べてよかったんだ。」
「ん?」
「ただ、直接渡したかったのに、いつの間にかなくなってたから」
「・・・ごめんね、。」
「うん。もう仲直りだから、いいんだよ!」
ふと見た空が赤い。
ねぇ、。
ずっと一緒だったから。
これからもずっと一緒にいられる。
そう思っててもいい?
俺はが好きだよ。
今まで一度も、言ったことはなかったけれど。
「・・・ねぇねぇ、知ってる?」
「何を?」
「へへっ・・・・・世界の秘密。」
「・・・・世界の秘密?」
「うん!」
片手に抱えた大きな抱き枕。羊のぬいぐるみ。
空いた片手で、の腕を掴んで引っ張って。
「きゃっ・・・・・・」
の体をかがめさせて、その耳元で小さく話す。
「海の色は空の色をうつすんだ。つまりね、空が青いのは海の本当の色を欺くため。」
「(?)・・・ジローちゃん?」
「朝が来るのは夜を守るため。夜が来るのは、朝をかばうため。」
誰にも秘密だよ。
「じゃあ、世界に夕焼けがやってくるのは、なぜかわかる?」
あのね・・・・・・・・。
の腕から俺の手を離す。
は小首をかしげて、俺を見た。
空はちょうど赤。
夕焼けの赤。
俺の顔もの顔も、その色が映ってる。
俺はそっと手をあげての髪を手にしてすいた。
「ジローちゃっ・・・・」
「・・・赤くなった頬を、ごまかすためだよ。」
「え?」
「みたいに。」
髪をすいていた手を、の頭の後ろに。
そのままの顔に俺の顔を近づけると
そっと触れる唇。
「誰にも秘密だよ?」
これが、世界の秘密。
顔を見合わせて、が恥ずかしそうにうつむいた。
そんながかわいくて、額をくっつけて小さく笑うと
もまた笑う。
・ ・・・ねぇ。
ずっと一緒にいたから
これからも一緒にいられるんだって、
そう思ってもいいよね?
「へへっ・・・・・・」
「ジローちゃん。」
「ん?」
ねぇねぇ知ってる?
誰にも秘密だよ。
海の色は空の色をうつすんだ。つまりね、空が青いのは海の本当の色を欺くため。
朝が来るのは夜を守るため。夜が来るのは、朝をかばうため。
じゃあ、世界に夕焼けがやってくるのは、なぜかわかる?
あのね・・・・・。
「大好きだよ、ジローちゃん。」
赤くなった頬を、ごまかすためだよ。
「俺も、大好きだよ。」
・・・・・・俺みたいに。
誰にも、秘密だよ?
ねぇ、
世界の秘密を知ってるかい?
end.