走れ。
走れ。
きっと待ってる。
『惜別』
「先輩!!」
走れ。
走れ。
「赤也遅ーい。」
「すみません。」
呼吸を整える為に吸った空気は少し冷たかった。
「寒いっすね。せっかく卒業式なのに」
「寒いのに待ってました。」
「ほんっとすみませんでした!」
勢いよく下げた頭に先輩が笑う。
「・・・許してあげよう。」
「でも、走ってきたんすよ。」
きっと待ってる
待ってくれている
「赤也が来いって言ったんだからね」
今日は卒業式。
まだ寒さが残るこの日の朝に
俺は今日卒業する先輩を呼び出した。
「咲けばいいと思わない?桜。」
「・・・そうっすよね」
先輩が見上げた花のついていない桜の木の下に二人でいた。
ホントは
ずっと桜なんか咲かなければいいと思っていた。
桜が咲いたら
別れの時期。
「先輩はこのまま立海の高等部行くんでしょ?」
「うん。みんなと一緒。」
きっと俺も卒業するようになるまでの一年なんてあっという間だ。
咲かなければいいと思っていた桜。
咲きもしていないのに別れの時がきてしまった。
それと一緒。
「俺もすぐ行きます」
「・・・一年待たないとね」
けして追いつけない一年の年の差を
どうにかしようとは思わない。
思っても無駄だ。
けどしばらくは滅多に会えなくなるかもしれない
「渡したいものがあるから、今日先輩を呼んだんすよ」
「渡したいもの?」
今になって思う
本当は俺達の上に今桜が咲いていたなら
別れにはふさわしかったのかもしれない。
「もらって」
「え?」
今まで制服のズボンのポケットにいれていた右手のこぶしを先輩の前に差し出す。
「手、出してください。」
きっと滅多に会えなくなる。
俺がどんなに走っても
時間は早まってくれないから。
でも一年間ただ待つなんて
俺にはできない。
差し出された先輩の右手のてのひら。
そっと拳をひらいて渡す。
「・・・ボタン?」
「俺の第二ボタン」
先輩が俺の制服を確認する。
「ね?」
「普通は卒業する男子に女子がもらいにいくんだよ?」
俺の制服にはボタンが一つ足りない
「だって俺まだ卒業しないし。」
「・・・」
時間は早まってはくれない
でも一年間ただ待つなんて俺にはできない
「先輩が持ってちゃってください。俺が卒業する時に誰にも渡したりしないように。」
「一年後の為に?」
「・・・それで、待ってて下さい。俺が行くのを。」
時間は早まってくれない。
でも先輩も待っていてくれるなら
早く時が経てばいいって思っていてくれるなら
「俺は先輩が好きだから、それ持ってて欲しいっす。一年間待ってて欲しい」
きっと滅多に会えなくなる。
咲けよ桜。
今日はしばらくの別れの日かも知れないから。
走って
走って
縮まらない年の差。
必死に追いかける
追いつけないのに。
先輩がボタンを持つ手を閉じた。
「一年は長いよ。」
「・・・・・」
いいじゃん。
あっという間だって。
待っててよ。
一年間ぐらい俺のこと待っててよ。
「あたしが卒業したら今よりもっと一緒にいようよ」
「え?」
「そしたら待ってる」
先輩の握られた手の中に俺の第二ボタン
もう少しで卒業式が始まる。
「・・・俺走りますから。」
「遅刻はなしだよ」
「すぐ行きます」
桜も咲かない別れの日に
渡した卒業前の第二ボタン。
走れ。
走れ。
きっと待ってる。
あなたが待ってる。
end.