それは、その年の初雪が降った日だった。



息を吐けば白く立ち上ぼる。



そんな寒い季節なのに、



俺は時間があれば氷帝の立ち入り禁止の屋上にきていた。





「あなたが日吉若?」


「・・・・・・」





突然、屋上の床に座り込む俺の頭の上に、雪と一緒に降ってきた声。






「ホントだ。長太郎と正反対だね」


「・・・・・(誰だよ、あんた。)」






出会いはあまりに突然で



あなたはあまりに無防備に。







「あたし、。」







そう言って俺に、手を差し出した。




































『セツナ』















































不審以外の何がある。





「あっおはよう!日吉。」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」





寒いのは冬だから。



授業の合間の休み時間。



かすかに雪のつもった屋上のドアを開ければ、その人がいて。



俺はすぐさまここを立ち去る決意をする。





「あー!!待って!待ってよ、日吉!!」


「ちょっ・・・引っ張らないでください!!」


「じゃあ、ここにいて!!話しようよ!!」


「・・・・・・話すことなんてないでしょう?」


「ある!きっとあるから!!」





きっと・・・って。



屋上を後にしようとする、俺の制服を引っ張る。



制服にマフラー。そのマフラーに顔をうずめて、寒そうに。



確か、だと自分で名乗った。



昨日、差し出された手は無視をした。



見知らぬ人、そんな奴と握手なんか交わせない。



俺が屋上から立ち去ろうとすると、背中から聞こえてきた、この人の叫び声。





「これからよろしくー!!」





・ ・・・ちらっと振り返れば、俺に向かって手を振っていた。



ただのおかしな人だった。



制服の感じからして、俺より一つ年上の先輩だというのは、なんとなくわかったが。





「日吉ー。お願いだから!」


「・・・・・・・・・・・・・・」





いまだ俺の制服から手を離さないこの人。



不審以外の何がある。



昨日いきなり俺の名前を呼び、いきなり名乗り、これからよろしくと。



・ ・・・・・・これから?





(よろしくって、なんだ・・・・)





額に手をあてて、この人の顔をちらっと見れば、



あどけなく笑った。





「・・・・・・・・・・・・・はぁ」


「ちょっと何の溜息?」


「・・・・・・あんた、なんですか?」


「あんたじゃなくて!いちよ日吉の先輩だぞ?」


「・・・・・それで?先輩。あんたはなんなんですか?」


「ん?」





2人立ったままの屋上。薄く積もった雪景色。



雪を欺く、先輩の肌の白さに気付き。



俺は一瞬目を奪われる。



白い息を吐きながら、あなたが俺の制服から手を離して言った。



あどけなく笑いながら。







「ただの日吉と仲良くなりたい者です。」







・・・・・・意味も、わけも、わからなかった。



ただの見知らぬ人。いきなり俺の名前を呼び、名乗り。



差し出された手。



・ ・・・・・不審以外の何がある。





「あー!待って!待ってったら、日吉!」


「俺は教室にもどります」


「話しようよ!!」


「嫌です。制服離してください。」





俺が屋上を後にしようとする。



あなたはそれを制止しようとする。



制服は引っ張られ、俺は足に力を入れる。



俺に引きずられながらも、制服から手を離そうとしないあなた。



その表情は、あきれるくらい必死だった。





「・・・・・・・・・・・・・・・・・」





勘違いしないで欲しい。



俺は妥協したんじゃない。諦めたんだ。







































「・・・・・わかりましたよ。」


「ホント?!」


「だから、さっさと制服離してください。」










































その表情は、あきれるくらい必死だったから。












































































































「・・・鳳の知り合いなんですか?」


「ん?」


「・・・・昨日、会ったとき名前、言ってたじゃないですか。」


「うん。長太郎はね、ピアノ教室が一緒なの!」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「何?その疑いの眼差しは!」


「・・・・ピアノなんて弾けるんですか?」


「失礼だなぁ!!」





制服にマフラー。そのマフラーに顔をうずめて。











「あたしの夢は世界一のピアニストだよ」










白い息を吐きながら、あどけなく笑う。



子供みたいに。





「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・・・今、日吉無理だって思ったでしょう?」


「・・・別に。」


「顔がそう言ってたよ!」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」





雪にうっすらと埋もれる屋上の床に座ることも出来ずに、2人で立ったままだった。



その日の休み時間。



ただただ思うだけだった。





「あたし放課後毎日音楽室で弾いてるんだ!よかったら聞きに来てね!!」


「・・・・・放課後は部活ですよ」


「あっそっか。テニス部だったね!!」





妙にはしゃいでいて危なっかしい。



あどけなくて、うるさくて。



ただただ思うだけだった。





「じゃあ、暇が出来たら。そしたら聞いてね。」





笑うときは、あまりに突然で



あなたはあまりに無防備に。



無邪気すぎて。





(・・・ガキか。)





ただただ思うだけだった。














































































「日吉ー!!」


「・・・・・・・・・・・・・・」










































































あなたは毎日屋上に現れるようになった。



勘違いしないで欲しい。



俺は屋上に来たくて来ていた。



そこにいつもあなたが現れるだけのこと。





「雪、たくさん積もったね!」


「・・・・・冬ですから」


「日吉は冬嫌い?長太郎は好きだって言ってたな」


「・・・・・・・・・・・・・・・」





立ち入り禁止の屋上。まして今は冬。



降り出した雪は積もりに積もり、外は寒さで満ちていて。



俺と先輩以外の生徒が、ここに姿を見せることはなかった。





「・・・・俺の名前。」


「ん?」


「よく知ってましたね。俺は先輩のこと見知ってもいなかったのに。」


「跡部と忍足がよく言ってるんだ。来年の2年で期待できるのは正反対の二人だって。」


「・・・・・・・・・・・・・・」





俺は先輩の顔を見ようとせず、



屋上のフェンスにもたれたまま、



俺と先輩の足跡を刻んだ、雪の床を目にしていた。





「長太郎と日吉。跡部と忍足ね、日吉は人付き合いが苦手で、いつも1人でいる、暗い奴だって言ってた。」


「(人付き合いが苦手で、いつも1人でいる、暗い奴・・・・・・)」





そんな風に見られていたのかと。



ぼんやりと思った。



・ ・・確かに、鳳と俺は正反対だ。鳳は先輩からも同級生からも好かれていて。





「・・・・・・・・・・・・・・」


「日吉を見たときね、長太郎と正反対だって聞いてすぐにわかったよ!」





相変わらず俺は先輩のほうを見ることもせず、



聞こえてきた言葉に小さく笑った。



あなたも思ったんですか。人付き合いが苦手で、暗い奴だって。



だから、俺がわかったと。










































「なんて言うのかな。長太郎は太陽みたい。でも日吉は雪みたい。」
























































俺は、ただ驚いて。雪の床から視線を先輩に送った。



先輩はいつの間にか俺の隣にいて、フェンスにもたれ、



俺と目を合わせて笑った。



あどけない、あの無邪気な子供みたいな笑みで。



・・・・・俺を、雪みたいだと。



俺は再び、視線を雪に戻した。






「・・・・・・俺はそんなにもろくない。」






人肌に、触れれば溶けてしまうような。



そんなもろさは俺にはない。



暗いといわれても別に気にならない心がある。



唯一、共通点があるとすれば、



人付き合いが苦手というような、誰をも遠ざける冷たさだろう。





「日吉、雪はもろくないよ。」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「雪は優しくて、あったかいんだよ。」





(・・・・・何を、言っているんだ。)





「雪の華って知ってる?」





わかっていた。



先輩は笑っている。



あどけなく、子供みたいに、はしゃぎながら、俺に笑って。



そう、楽しそうに話している。



あなたのほうを見なくても、










「花も葉も散った木にね。雪は花を咲かせるんだよ。春が来るまで、寂しくないように。」


「・・・・・・・・・・・・・・・・」


「役目が終わったらね、溶けて水になって。木の枝と一緒に春になるの。」










わかったんだ。



あなたを見なくても。




(・・・・・やっぱり。)




妙にはしゃいでいて危なっかしい。



あどけなくて、うるさくて。



目を合わせれば、やっぱりあの笑みで。















「ねえ、日吉。雪はあったかいんだよ!」














あなたはあまりに無防備に。



無邪気すぎて。






(・・・ガキか。)






ただ、そう思うだけだった。






































































































































































































雪は溶けて、春になった。



俺は2年に進級し、先輩も3年になった。





「私、桜になりたいな。」


「・・・・・・・・・・・・・・・」


「あっ日吉!今何言ってんだ、この人って思ったでしょう!!」


「・・・・思うでしょう、普通。」


「だって、桜綺麗だし!春になれば必ず咲いて、みんなが見てくれるでしょ?」


「・・・・なれませんよ」


「さめてるなぁ日吉。」





季節は変わっても、俺は相変わらず休み時間になれば屋上に来ていた。



先輩も相変わらず、ここに姿を現す毎日。



氷帝の敷地内に咲いている桜の花びらが風に吹かれ、



屋上に舞い上がってきた。



それを見て先輩は言い出したのだ。



桜になりたいと。





「大体、屋上は立ち入り禁止なのに。どうして日吉はここに来るの?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・(今更聞くか。普通。)」


「?」





はあ、と思わず溜息がでた。



冬からここに来ていると言うのに。



そして、そのまま質問をそっくり返したい。



屋上の床に座った俺。



立ったままフェンスに寄りかかっている先輩。



先輩は、見上げれば俺の溜息に対して、不思議そうに首をかしげる。





「・・・立ち入り禁止だからでしょう。」


「ん?」


「・・・・・・ここは人が来なくて静かでいい。それだけです。」


「え?でも今はあたしがいるよ?」


「・・・そうですね。うるさいです。」


「・・・・・・・・・・・・・・・」


「(・・・・・・・・・・・あ。)」





すねた顔は初めて見る。



肩を落として少し唇をかみ締めて。



目は戸惑っているようで。



屋上の床に座ったままの俺。変わる表情がおもしろかった。



あどけなくて、子供みたいで。





「・・・・・じゃあ、黙ってる。」


「・・・気持ち悪いからやめてください。」


「何よ、それ!!」


「・・・・・・・・・大体、黙ってるなんてできないでしょう?」





合わせた目は先輩がそらした。



いつもはしゃいでるこの人が、黙って、ほんの少し赤くなってうつむく姿が珍しくて。





「・・・・・・日吉。声にしなくても笑ってるのわかるんだけど。」


「・・・・くくっ・・・・・・・」


「日吉!!」





肩を震わせて、腕で口元を隠しながら、



必死に笑いをこらえた。



おかしくて、おかしくて、仕方がなかった。



あどけなく、先輩は俺を怒った。








































































































「(・・・音楽室)」



























































































春のある日の放課後。



部活中。榊監督を呼んで来いという、跡部先輩からの指示により



なぜか俺が、音楽室に来ていた。



いつもなら樺地を使う跡部先輩が、なぜ俺を指名したのか。





「(・・・・・・・放課後。練習してるって言ってたよな。)」





浮かんだのは、あの屋上のあどけなき笑顔で。



音楽室のしまりきった扉の前。



防音設備が完備されている音楽室からは音が聞こえることはなかった。



・ ・・・本当に子供のようなあの人が、ピアノなんて。




(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)




静かにあけた扉の向こうに、なめらかな旋律が流れていた。












































その空間は、あの人のものだった。















































グランドピアノの前に座り、指は曲の全てを知って、動いていた。



彼女は目を閉じ、楽譜を目にすることはない。



旋律は唄い、テンポは一定。



音楽室に足を踏み入れた俺に先輩は気付かない。





「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」





ただ、思った。



・ ・・・いつもみたいに、ガキとかじゃなくて。



ただ思った。










全てが、綺麗だと。









「・・・・・本当だったんですね。」


「(?!)ひっ日吉?いつからそこに?」


「ピアノ、弾けたんですね。」


「ぶっ部活は?」





曲が終わり、ピアノの前でゆっくりと目を開けた先輩。



俺はそんな先輩に声をかけると、あなたは俺に気付いた。





「・・・ずっとイスに座ってるのは無理だと思ったのに。」


「・・・・・それあたしのこと?」


「他にいますか?」


「ひどいな、日吉!」





あどけなく笑ったあなた。



だが、次の瞬間。先輩はどこか遠くを見て、静かに微笑む。



俺なんかより、ずっと大人びた顔をして。



遠くを、見ていた。






「・・・日吉、部活はいいの?」


「俺は榊監督を呼びに・・・」


「ん?榊先生ならもう部活に行ったよ?」


「・・・・・・・・・は?」






そんな俺にあなたはまた、あどけなく笑ってみせる。


































































































































































































「私、水になりたいな。」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」























































































































































どうやら子供の夢というのは、季節が変わると変わるらしい。



桜は散って、夏になった。



蒸し返す風。上がる気温。



立ち入り禁止の屋上。



校舎の影に入って2人床に座っていた。





「太陽に反射するとキラキラ光るの!!」


「・・・アホですか。」


「なによ、若!冷めてるなぁ、もう!!」





春に桜になりたいと言ったばかりのくせに。



あきれるしかない。



彼女は子供。



無邪気で、そして、アホなのだ。



先輩はいつの間にか俺を若と呼ぶようになり。





「そう言えば若!全国大会いくんでしょう?」


「・・・まあ」


「がんばってね!!」


「・・・・・・・・・・見に、来ませんか?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・え?」





誤解しないで欲しい。



ただ、思いついただけだ。





「全国大会。」





俺はあなたのピアノを聞いた。



だからあなたも、俺の試合を見に来ないかと、



そう思いついただけだ。






「・・・・・ごめん。行けない。」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」






あどけない笑顔が曇る。






「・・・・・・・・・別に。落ち込むこともないでしょう?」


「本当にごめん!怒らないで、若!!」


「別に怒ってませんから。」


「なんで?怒ってよ!!」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」





・ ・・・もう本当に、意味もわけもわからない。



ただ、あきれるほど必死な顔して。



本当にガキだ。



俺が何も言わないでいると、先輩がいきなり立ち上がる。



何かをいきなり思いついたように、はしゃいで、楽しそうに。





「よーし!大会は見に行けないから若のために何か弾くよ!」


「・・・は?」


「音楽室行こう!!」


「・・・・・・今からですか?」


「今から!!」





屋上の床に座り込む俺の手を、いきなり先輩が掴んで引っ張った。



俺は目を見開いて、この人の突然の行動に驚く。







「夏なのに若の手、冷たいね!」


「・・・・先輩は逆ですね。」


「心があったかい人って手が冷たいって聞いたことあるけど、あれ本当なんだね!!」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」






立ち上がった俺は無邪気すぎるその笑顔を見る。



夏場に汗ばむはずの手。



別に嫌ではなかった。






「・・・そんなの、ただの迷信ですよ。」


「また、若はそういうこと言うんだから!」






・ ・・・・だって。










































































































































あなたの手は、温かいじゃないか。




















































































































































































このとき。



初めて、焦がれ始めていたその人の温もりが、刹那のものだなんて。



気付くはずもなかった。知りたくもなかっった。



でも、気付きたかった。



本当は、気付きたかった。



夏の暑いうちに。





























































































































































「私、木の葉になりたいな。」




















































































































水は、落ち葉を浮かべて、秋になった。



あなたの秋の夢は、予想通りだった。



屋上のフェンスにもたれ、2人並んで立っていた。





「綺麗だよね!秋の木の葉も落ち葉も!」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「あー!今若またこの人はって思ったでしょう?」


「・・・・・いえ、アホだと思いました。」


「・・・・・あたしこれでも年上なんだからね!!」


「そうでしたっけ?」


「っ・・・もうっ・・・!若のバカ!!」





その子供っぽさに笑うしかなくて。



・・・最近知ったのは、俺が笑うと、この人も笑うということだ。



どんなにすねても、怒っても。



先輩がガキだとか、子供だとか。



そうは思っても、時折俺なんかよりずっと大人びた顔して、遠くを見る姿に気付くと、





(・・・・ガキのくせに。)





そう思う自分のほうが酷く子供っぽく思えるときがあって。






「・・・若?」


「・・・・・なんでもありませんよ」





それが嫌になる。





「・・・・・若、若!!」





そして、そんな俺にあなたが気付けば、



いつものようにあどけなく笑い、はしゃぎ。



・ ・・・・そんな先輩を見ていると



酷く声にしたくなる。





「・・・・・・・・先輩」


「ん?」


「・・俺は・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・」





知っている。わかっている。



あなたは、子供みたいで。うるさくて。



でも、傍にいる。



その、理由。





「俺は・・・・・・」


「しー・・・・・」


「先ぱっ・・・・・」


「ダメだよ、若」





なのに。



あなたはその先を、聞いてはくれない。























「・・・・・・・ねえ、若」


















そうやっていつも、話をすり替えて。



ただ、無邪気に笑ってみせる。















































































































「・・・・・・・・・・・あたしが死んだら、泣いてくれる?」


















































































































































































突然だった。



あまりに突然にあっけらかんと言い放った言葉。



・・・・・・またくだらない冗談を。



しかもたちが悪い。



俺を見るあどけなき笑顔。



その笑顔から目をそらして言った。






「・・・・・・・・・恨んであげますよ、一生。」






本気だった。






「・・・・恨むの?」


「・・・何、死んでんだよって。・・・あなたが、・・・・が・・・・俺から一生、離れられないように。」


「若・・・・・・・」


「泣いてなんてあげませんよ。」






死んでも、想ってやる。



初めて、自分の想いをぶつけた。



は静かに、あどけなく笑うだけだった。



・ ・・・あのとき、本当は、なんて言ったらよかったんですか?



あなたが欲しい言葉をあげたかった。











































あなたの寂しさに、気付きたかった。




























































































































































































「私、雪になりたいな。」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」





季節は、冬になろうとしていた。



寒さは増し、と初めて会ったあの日に戻ってきたかのよう。



まだ雪も降らない屋上で、



白い息を吐きながら、は言った。





「・・・どうして。いつも。」


「ん?」


「叶わないと知っていて声にするんですか?」





あなたと巡る季節は、いつも優しかった。



でもあなたはいつも夢想家だった。



わかっているでしょう?そんな夢は叶わない。





「・・・声にするだけなら自由でしょう?」





叶わないと知っていて。それでも、子供みたいにあどけなく笑い。













「・・・・・・あなたの夢は世界一のピアニストでしょう?」












俺がそう言うと、あなたから笑顔が消える。



俺がそれを不思議そうに見ていれば、



突然、



あなたが泣き出した。



頬に一筋の涙が流れ。



俺は目を見開き。








「・・・?」


「ごめっ・・・うれしくて・・・・・若、覚えててくれたんだなって・・・・・」








それじゃあ理由にならない。



あなたが泣く理由にならない。



・・・なぜ?俺が泣かした?



が涙を拭う。



わかるのは、あなたが無邪気に、笑おうとしていることで。



俺が拭いたかった、あなたの矛盾。



声にするだけなら自由と言うなら、どうか、言わせて欲しかった。






「(!)若っ・・・・」


「・・・・俺は・・・・・・・」





泣くあなたを抱きしめて。



言いたかった。ずっと、いつだって。



気付いてから。ずっと。





「俺はっ・・・・・・」


「ダメだよ、若」


「・・・・・・・・・・・・・」


「それ以上は、言っちゃダメだよ。」





どうして。なぜ。



それすら聞けないのは、なぜ。



見つめあい、あなたの目元の涙を拭う。



あなたはあどけなく笑い。



俺はその額にそっとキスをする。



の頬に添えた俺の手には手を重ね



冷たいね、とつぶやいた。








「私、若の体温になりたい。」








叶わないと知っていて口にする。



子供のようなは、夢想家だった。



・ ・・・寂しいときは、苦しいときは、一番に教えて欲しかったのに。



彼女はいつもどこか、大人だった。


























































































































































その日を境に、は屋上に来なくなった。










































































































































































「・・・・・・・・・・・・・・・・」





寒空に雲が覆っていた。



屋上は静かになって。俺は白い息を吐くだけ。






<ガチャッ>






「!!」





屋上のドアが開く音。



俺はフェンスにもたれていた体を音のするほうに向けた。





「・・・なんで、お前が・・・・」


「日吉。」


「・・・優等生のお前が立ち入り禁止の屋上なんかに来るなよ。」


「・・・日吉。・・・・から、俺、伝言を聞いてて・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・」





理由もわからなかった涙。



俺が泣かせたんだ。



俺が嫌われただけなのか。



だから屋上に来なくなったのか。



ぼんやりと、彼女が来なくなった屋上で



そんなことを考えるばかりだった。






「・・・・・・は、元気か?」


「・・・・だよ」


「・・・・・・え?」






鳳の頬に、涙が伝う。

























































































































「死んだよ、











































































































































「私、若の体温になりたいな。」





・ ・・・死んだ?



・ ・・・・・・・・・・・・・・・誰が?



誰が、死んだって?





「・・・冗談はよせ」


「日吉。本当だよ。は病気で、一年前に一年間の余命宣告を受けてたんだ。」


「(・・・・・・・・・・・・嘘だ。)」





そんなの、嘘だ。





「・・・・一年前。は死のうとして屋上に来た。そしたらここに日吉。君がいた。」





嘘だ、そんなの。



死んだなんて。



病気?・・・・・あんなに無邪気に笑っていたのに?



鳳は涙を拭う。



呆然と立ち尽くすだけの俺の近くまで来ると、



涙目のまま、俺に白い封筒を押し付ける。







「・・・手紙だよ。からの。」







・・・・・・・・寒かった。



寒空には、雲が広がり。



寒くて、寒くて、凍えそうだった。



鳳が、俺を残して屋上から去って行く。






「・・・・・・嘘だ。」






嘘だ、そんなの。



無邪気で。あどけなくて。子供で。



あなたが。



あなたが、死んだりするものか。



手にしていた鳳から渡された封筒。



その白さに、に会った日の雪を思い出した。



























若へ。


元気ですか?私は、元気です。


若に会ってもう一年が経ちました。今だから言います。


実は私、初めて屋上で若を見て、若にひとめぼれをしました。


絶対仲良くなりたいと思いました。


いつもうるさくてごめんね。


若は物静かで、私のほうが年上のはずなのに私なんかよりずっと大人びてて。


そんな若は、いつも私の夢の話を聞いてくれたね。


ありがとう。


黙って聞いてくれる若にすごく感謝していました。


初めて手を繋いだときね、若は迷信なんて言ってたけれど、


やっぱり心の温かい人は手が冷たいって本当だと思いました。


春の桜になれなくても、夏の水になれなくても、秋の木の葉になれなくても、冬の雪になれなくても、


あなたと巡った季節は、いつだって優しかった。


本当はピアノをもっと弾き続けたかった。


若が覚えていてくれた夢、叶えたかった。


若、たとえ遠く離れても、あなたが笑っていてくれたらいいな。


若、大好きでした。





より。


















・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんで、過去形なんかにするんだよ。




‘若、大好きでした。’




ずるいじゃないですか。



俺にはずっと言わせてくれなかったくせに。そんなの。



俺にだって、言わせろよ。
























































「好きですよ、俺だって。・・・・・・ずっと、ずっと・・・言わせてくれなかっただけじゃないですか・・・・・。・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

























































































































































泣いてなんて、やるもんか。



「・・・・・・・・・・・あたしが死んだら、泣いてくれる?」



恨んでやる。一生。






「何っ・・・・死んでんだよ・・・・・・・」






手紙から、目がそらせない。



こんな、自分が死んだことには一切触れていない手紙で。



日常に来たっておかしくないような手紙で。



別れの言葉も教えてくれない手紙で。



‘若へ。


元気ですか?私は、元気です。’









私は、元気です。









「っ・・・・・・・・・・」









それは、本当ですか。



余命を知っていて、つらくありませんでしたか?寂しくありませんでしたか?



足に力がはいらなかった。



屋上の床に両膝をついて、俺はただ、手紙を見つめた。



泣いてなんて、やるもんか。



恨んでやる、一生。



想ってやる、ずっと。



あなたが俺から、離れたり出来ないように。



それは、今年の初雪だった。



あの日、あなたに出会った日に見た雪に酷く似た雪だった。



どうしてなのか。



舞う雪を見ていると、あなたの笑顔を見ているみたいで。



あなたの声は、こんなに静かではなかったのに。






















































































「・・・・・・・・・・・・好きです。ずっと。・・・・・・ずっと。子供みたいに笑うあなたが。」


































































































泣いてなんてやるものか。



泣いてなんてやらない。



恨んでやる、一生をかけたって。



目が離せない手紙の文字がにじんでいく。



泣いてなんかいない。



ただ、



あなたはいつもあどけなく笑っていたから。



ガキみたいに、無邪気で。はしゃいでて。危なっかしくて。







「ねえ、日吉。雪はあったかいんだよ!」







人肌に触れればとけてしまうほど、雪は温かいから。



泣いてなんかいない。



泣いてなんかやらない。



だから、あなたの残した手紙の文字が、にじむ理由など。



ただ、










雪がとけた、だけなんだ。










「・・・・・・好きですよ。・・・・・・・・・・・・今までも、これからも。」










最初から最後まで、面と向かって、言えなかった。





















































































































































































































































































あなたはいつも、俺に言わせてくれなかった。

























































































End.