困ったことは、ただ一つ。
『侵食占領区域』
「・・・呼び捨て」
「え?」
「呼び捨てがいいな、長太郎。」
学校が休みで部活も午前中だけで終わって
さんが俺の家に来ていた時のことだった。
「あの、さん・・・」
「だよ、長太郎。」
「・・・・さっ・・・」
「長太郎ー?」
一つ年上のさん。
付き合う前は先輩と呼んでいたけど今はさんづけ。
「敬語をやめてって言っても長太郎は無理でしょ?せめて呼び捨て。ね?」
ね?って・・・
上目遣いに俺の顔をのぞきこむさん
「・・・・・?」
「うん。そっちがいい。」
が笑った。
たまに
驚くほど綺麗な笑みを見せるさっ・・・じゃなくて。
そんな表情を見る度俺の動悸は早くなって。
「・・・」
「・・・・長太郎」
俺の部屋
近付く二人の距離
は目をつむり
俺はの肩に手を置いた。
「・・・・・・・・・・・」
さんは、
震えていた。
「・・・さん」
「え?」
俺はさんにキスをすることなく抱き寄せた。
その震えが止まるように抱き締めた。
「長太郎っ・・・」
「無理しなくていいですから。さんが平気になるまで待ちますよ、俺」
「・・・呼び捨て」
「あ。」
「・・・・ごめんね、長太郎」
「・・・・」
その震えが、止まるまで。
「さっ・・・じゃなくてが明日昼に卵焼き作ってくれたら許します。」
「長太郎あたしが作る卵焼き好きだっけ?」
「何言っているんですか、好きですよ」
(好きです。)
そうだっけとくすくすと小さくさんが笑って
さんの震えが止まった。
俺は抱き締めていたさんの体を離すと
安心させてくてさんに笑いかけた。
怖がらせたくないから。
あなたが震えるなら抱き寄せて。
付き合って半年。
抱きしめることはできてもキスをしたことはなかった。
誰かと付き合うのもキスをするのも
さんにとって初めてらしい。
「(俺としてはうれしいんだけど)」
「鳳ー!ボール行ったぞー!!」
今は体育の時間
グラウンドでサッカー。
とんっと俺へのパスを受けとりそのままゴールへ走る。
初めてキスしようとした時もさんは震えていて。
「(今は何してるのかな)」
授業中だしさんは授業を受けてるに決まってるんだけど。
俺の蹴ったボールがゴールに決まるそれと同時に授業の終礼。
「鳳ナイッシュー!!」
同じチームになった奴等が俺の肩をばしばし叩いていくが
俺は何の反応もしなかった。
「(今日は晴れてるから昼は屋上がいいってさん言うんだろうな)」
そんなことを考えていて。
付き合って半年
抱き寄せることはできてもキスはできなかった。
でも、俺はそのことに少しだけ安心していたんだ。
触れたくないと言ったらそんなの嘘なんだけど。
(・・・・だって)
だって、困ったことがただ一つ。
「長太郎ー!」
「さん・・・」
グラウンドから校舎内に戻る途中で
空から降ってきた声。
まだ外にいる俺に
2階の廊下の窓を明けてさんが手を振っていた。
「長太郎。今日は屋上ね!」
「・・・・・(・・・反則だ。)」
「(?)長太郎ー?」
あなたの事を考えている時にそうやって姿を現すなんて。
あなたの事を考えているときにあの綺麗な笑顔を見せるなんて。
困ったことはただ一つ。
「約束どおり卵焼きです!」
「あのさん、さっき授業なんでした?」
「さん?」
「・・・・」
「・・・・(あ。)」
「・・・・」
「・・・・」
「何?」
昼休みの屋上で
俺が呼び捨てにするとさんはやっと返事をしてくれた。
「長太郎、呼び捨て。忘れないで」
「なれるまで苦労しそうですね」
「だってただでさえ一つ年違うのにさんづけなんてその距離伸ばしちゃうだけなんだもの。」
が少しだけ目を伏せた。
いつもと様子が違って元気がなく見えたさんの顔を
俺はのぞきこむ。
「・・・キスできなくてごめんね。でも近付きたい。」
目が合ったさんが言った言葉。
‘呼び捨てがいいな、長太郎’
あれは、
あなたなりの近付き方。
ほんのり顔を赤らめて、
俺と目が合っていたのが恥ずかしいのか
さんは急いで俺から目を離すと下を向いてしまった。
そんな姿を見て動けなくなった俺
「・・・どうしよう」
「長太郎?」
「・・・・き・・・すぎる」
「え?」
さんは顔をあげ
俺はうつむいた。
口元を手で覆い、できるだけ顔を見られたくなくて。
「・・・・・のことが好きすぎる。」
「ちょうたっ・・・・」
際限なんか見えなくて
困ったことはただ一つ。
これ以上近付いたら離れられなくなる。
だから、キスをしないこと
ほんの少しだけ安心してたんだ。
「あのっ・・・長太郎・・・」
「・・・・さん・・・・・キスしても、いいですか?」
「長太郎っ・・・・」
抱き寄せるだけでよかった。
俺の腕の中で収まっていく震え。
怖がらせたくないから。
空の下で唇を合わせた俺とさん。
さんはやっぱり震えていた。
「・・・んっ・・・」
「(・・・・怖がらないで)」
キスをしたまま
さんを抱き寄せて抱きしめた。
その震えが止まるまで。
怖かったんじゃない。
嫌だったんだ。
近づきすぎると、カメラのピンボケみたいに
見えなくなってしまうものがありそうで。
いつでもあなたのことを考えて
離れられなくなったら、
きっとさんを俺は困らせるから。
(けど)
さんの体の震えが止まった。
(覗き込む上目遣いの目も早くなる動悸も)
もう手遅れで。
離れられないなら
離れなければいい。
「・・・好きすぎます。。」
「長太郎・・・」
長いキスに息切れする。
唇を離しても
抱きしめる手は離れなかった。
「・・・・・・・・あたしのファーストキス。」
「っ・・・・」
が自分の唇を手でなぞった。
怖かった?
嫌でしたか?
そう聞く前にが先に口を開いた。
「長太郎で・・・よかった。」
「(!!)」
好きすぎる。
少しずつ
・ ・・急速に、急激に。
あなたは俺の心を占領して侵食して。
「!」
「ちょっ!苦しいよ・・・・長太郎」
もう震えは止まったその細い体を
抱きしめなおして。
だって、
好きすぎるんだ。
考えてしまう、いつも。
いつも。
離れられない君の事。
「、キスしてもいいですか?」
「ダメ。ここは学校でしょ?」
「・・・・・さっきは」
「長太郎がいきなりしたからでしょ!!」
「・・・・・・・・・・・・・」
困ったことは唯一つ。
「なら学校じゃなければいいんですか?」
「・・・・・・・・・・そういうことになりますね。」
「(!)っ・・・・・!うれしいです俺!!」
「苦しいったら!長太郎!!」
あなたのことが、好きすぎる。
end.