ひらひらと
雪の降った二月のある日に、
小さな蝶が飛んでいた。
『白蝶』
「え・・・蝶?」
俺一人だけだったはずの生徒会室に聞き慣れた声が響く。
「真っ白な蝶だね。どうしたのかな。まだ冬なのにね、景吾。」
ひらひらと
生徒会室を飛び回っている蝶。
白一色の羽。
「どうしたんだよ、。生徒会室に来るなんて珍しいじゃねえか。」
「ん?景吾いるかなあと思って。」
そう言って笑う。
俺の座るイスの近くにあるもう一つのイスをひいて座る。
目線は飛び回る真っ白な蝶だった。
「蝶、どこから入ってきたの?」
「気付いたらいたんだよ」
「桜が季節を間違えて咲くのは狂い咲きって言うけど、蝶が季節を間違えるなんて。狂い飛び・・・じゃおかしいよね。」
狂い飛びと言うには、儚すぎる。
今はまだお前がいてもいい季節じゃない。
気付いていないのか?
「・・・・・・雪みてぇ。」
率直に思った。
真っ白な蝶。
ひらひらとまるで雪のように舞う。
「飼えないかな?あの蝶。」
「蝶の飼い方なんか知らねえだろ?」
「でもせっかくあんな風に飛べるのに。この寒さじゃ死んじゃうよ。」
外には雪が積もっていて。
また雪を振らそうと空は曇っている。
「・・・季節を間違えた蝶が悪いんだよ。」
「あ。」
の声と目線にはっとする。
今まで高い天井の上のほうを舞っていた白い蝶。
ひらひらと下に降りてきて
俺の肩にとまった。
「なんか・・・かわいいね。」
「何がだよ。」
「その蝶、景吾に会いに来たのかもよ?」
真っ白な蝶。
俺の肩で静かにとまる。
「今日の景吾は具合が悪そうだから心配で。」
「・・・気付いてたのか?」
が笑う。
「当たり前でしょ?」
真っ白な蝶は動かない。
羽を少し動かす程度。
朝から体調があまりよくなかった。
今日は部活のない日だが、生徒会の仕事があった。
休むこともそう簡単にはできなくて。
「・・・蝶も心配してるよ?無理しないで景吾。」
真っ白な蝶は動かない。
「・・・雪・・」
「ん?」
「こいつが降らせたのかも知れないな。」
冬の異端者の蝶。
季節が違うことを知っていたから、自分の身を隠すために。
お前が連れてきたんだろう。
ひらひらとお前にそっくりの雪達を。
「景吾?」
いきなり立ち上がった俺。
それでも蝶は俺の肩にとまったまま動かない。
「お前、本当に俺に会いに来たのかよ?」
おかしくて笑う。
話しかけたのは肩にとまる蝶にだった。
鍵のかかっていた一つの窓に手をかけて開ける。
「逃がすの?」
「大丈夫だろ。こいつなら春まで生きてる。」
開けた窓から冷たい空気が一気に生徒会室を駆け抜けた。
「せっかく景吾に会いに来たのかもしれないのに。」
「いいんだよ。それが本当ならまた春に来るだろう?」
真っ白な蝶。
肩に人指し指を伸ばせば素直に蝶はそこに渡る。
(本当に会いに来たのかもな)
でも、俺の心配をするにはお前は儚すぎる。
真っ白な雪のような蝶。
「今はお前がいてもいい季節じゃないんだぜ?」
開けた窓の外に蝶の乗る指をだす。
「春まで、生きてろ」
ひらひらと。
ひらひらと。
「・・・雪だ。」
気付いたのはだった。
蝶の飛んでいった空から雪が舞う。
冬の異端者。
隠れるには真っ白なお前にちょうどいい。
「・・・なんか、妬く」
「あん?」
「あたしも気付いたのになぁ。景吾が具合悪いの」
「くくっ。妬くなよ。」
「だって蝶にあんなに優しく笑いかけるんだもん。」
「あいつじゃ頼りない。」
儚い真っ白な蝶。
でも悪いな。
たとえ俺に会いにきてくれていたとしても、
俺の相手はお前じゃない。
「帰るぞ、。」
「あたしまだ授業・・・」
「気付いたのはお前だろ?しっかり看病してもらわねえとな」
白い雪によく映える、お前の赤く染まった頬。
具合なんかもうとっくによくなっていた。
だが気付いたからには最後まで、心配してもらおうか、。
ひらひらと。ひらひらと。
今空に舞うのは雪なのか、それとも冬の異端者か。
end.