初めて好きと告げたとき




は赤くなってうつむいた。




しばらく黙って顔をあげると




俺に笑った。












「よかった・・・両想いだね、赤也。」










は俺にそう言った。






























『その悲しみ、シェークスピアに似て』










































薬の匂い、ガキの頃の注射の記憶。



その他もろもろあいまって



病院というところが俺は好きじゃなかった。





「ねぇ、赤也の誕生日来週でしょ?」


「なんだよいきなり」


「しょうがないから祝ってあげなきゃなあって」


「しょうがないからってなんだ、おい。」





が座るベッド。



個室の広く感じる空間。



どこを見ても白ばかりの部屋。





「祝うならちゃんと祝えよ。」


「ちゃんと?」


「まじめに。」


「えー」





俺がのいる部屋に入ってくるなり



は読んでいたらしい本を閉じて



俺に声をかけてきた。





「じゃあさ、どこか行こう!」


「・・・お前、入院中だろ」


「大丈夫!外出許可はちゃんととるから!!」





小さくガッツポーズをする



外出の意気込みは相当らしい。



俺はそんなの頭に手を乗せると笑った。






「何よ。赤也」


「・・・別に」





ポンポンっと叩く頭。



どうでもいいことに限って一生懸命になるはおもしろくて。



学校帰りにのところに来た俺はテニスバッグを病室の隅に置くと



壁に立て掛けられていたイスを持ってきてのベッド近くに座る。





「どこ行く?赤也」


「俺の誕生日だろ?が選べよ」


「こういう時こそ赤也の行きたい場所じゃない?」


「じゃあどこでもいい」


「えー!」





ふざけて、笑いあう。



以外誰もいない病室で。







俺の好きじゃない病院に



閉じ込められていた。






「そういや何読んでたんだよ」


「ん?・・・これ。」






俺が来たと同時にが閉じた本は



の膝の上にあった。



が手に持ち俺に本を見せる。



白い表紙に金色の文字。



‘Shakespeare’





「・・・さけすぺ・・あれ?」


「・・・期待通りの反応ありがとう、赤也」


「・・・なんて題名なんだよ、それ」





半ば恥ずかしいのか



怒っているのかわからないような



俺の声だった。






「作者の名前だよ。シェークスピア!」


「・・・・・」


「ほら、ロミオとジュリエットとか。悲劇の代名詞みたいな人」


「悲劇?・・・入院中なんだから明るいやつ読めよ。喜劇だろ!喜劇!!」


「ぷっ・・・赤也らしいね」






ふきだして笑う



一面が白の病室で



の笑顔は一際映えた。





「そういや今日学校でな」


「うん」





突然学校に来なくなった



突然の入院。



の体のどこが悪いか



俺は知らなかった。



知らなくても病室に会いに来るたび



は俺に笑っていたから。



知らなくてもいいと思ってた。



きっとすぐによくなって



また学校に来て



前みたいに一緒にいられるようになるんだと。



そう信じてた。



思ってた。








































あの日が来るまで。












































































































































































































































病院の長い廊下を歩く



俺の手には小さいブーケ。



クラスメイトの女子たちがに渡して欲しいと



俺に頼んだんだ。





(そろそろどこに行くか決めたかもな、。)





俺の誕生日の話が出てからは



はいつもどこに行こうか悩んでいた。



どうでもいいことに限って一生懸命になるはおもしろかった。



楽しそうにしているを見ているのが好きだった。





「早く、先生!!205号室です!!!」





(205?)





さっきまで静かだった病院の廊下を



看護師と白衣を着た医者らしきやつらが



薬品の匂いをさせたカートを押して



俺を追い抜かしてかけていった。






「今・・・205って・・・」






手にしたブーケの花びらが一枚廊下に舞い落ちる。



ブーケを強く握りなおした俺は



駆け出す。



向かうのは205号室。













の、病室。











「心拍数43です!呼吸が微弱。意識不明!!」


「治療室運んで!!それから・・・それからご両親に連絡を」





205号室の前で



息を切らした俺は見ていた。



慌ただしく駆け回る看護師。



病室から運ばれるの姿。



血の気のないその顔。





「っ・・・!」


「君!!ちょっとどいてなさい!!」


は?!どうしたんですか?!」


「・・・・大丈夫だ。大丈夫だから、今はここで待っていてくれないか?」





遠ざかるの姿。



それを追いかけようとする俺の肩に手を置いて俺を制止した男は医者だった。



その目が焦りの色を抱えていたのを見た俺は



体の力を抜いた。



医者は俺の肩から手を外し



が運ばれていった廊下を駆けて行った。











「・・・・










俺の手にあるブーケから



また一枚



花びらが散る。



知らなくてもいいと思ってた。



はいつも笑っていたから。



きっとすぐ元気になると信じていた。



思ってた。











「・・・・・・」










廊下に夕日の光が伸びる中



俺は



廊下にあるイスに座って待っていた。



の病室の前で



の笑顔に会えるのを



小さなブーケと待っていた。














































































〈コンコンっ〉





「・・・いつもノックなんかしないじゃない」





〈ガチャッ〉





「これでも気を使ったんだよ」


「似合わないなぁ。赤也には」


「・・・んだと?」


「ははっ」





が病室に帰って来るまで



病院内にいさせてもらえなかった俺は



が運ばれた次の日。



に会いに来た。





「・・・心配おかけしまして」


「具合は?」


「昨日よりはいいよ」





いつも通り学校帰りのの病室。



のベッド近くイスを持って行って腰掛ける。





「寒くなってきたね。部活はどう?部長。」


「今日は集中できなかった」


「幸村先輩に怒られるよ?」


「・・・誰のせいだよ」






夏が過ぎて先輩たちが引退して



新体制の部活。



部長になった俺。






「・・・あたし?」


「・・・・」


「・・・それは、申し訳なかったです」






ぺこっと頭を下げる



昨日、何があった?



聞きたいことは



喉からうまく出て来ない。



聞いていいことなのかわからないから。



を見つめ続ける俺。



はそんな俺に気付いたのか



困ったように笑って見せた。





「・・・赤也の誕生日もうすぐだね。どこ行くか決めなくちゃ。」


「・・・・


「・・・・・」





視線をそらしたのは



ベッドのすぐ脇にある棚に置かれた本を



が手に取った。



白の表紙と金色の文字。



‘Shakespeare’






「・・・悲劇ってどうしたらきれいになるか知りたかったの」


「え?」






の視線は手にある本に。



俺はの横顔を見続ける。



いつも笑っていたはそこにはいない。



涙目のは唇をかみ締める。





「お父さんとお母さんはあたしに会うと泣いちゃうんだって。だからお見舞いに来れないの」


?」


「ねぇ、赤也」





‘悲劇ってどうしたらきれいになるか知りたかったの’





それは



がシェークスピアを読む理由。

















































































「あたし死んじゃうんだって」



































































































































































































































視線を合わせたは変わらず涙目だった。



病室に差し込む夕日が焼けにまぶしい。



まぶしくて、悔しい。





っ・・・・・・」


「あたし消えちゃうんだって・・・」





を照らしてるその光は



の顔を陰らせる。





「変だよね・・・。聞いただけなんだけど。怖いの。」


「・・・・・・・・・」


「あたしね今も生きてるのが不思議なくらいなんだって。」





「ねえ赤也。」





悔しい。



が泣きそうなのに。



照らすことのできる夕日。



何もできない俺。















「あたし本当に死ぬのかな?」












そんなこと、ない。



イスから勢いよく立ちあがる。



のベッドまで行くとを引き寄せる。



俺の腕でを覆った。





「赤也っ・・・・」


「俺が死なせない。」





死なせはしない。



死なせてたまるか。







































































































「俺が、助ける」

































































































あまりに



あまりに無力な何もしてやれないこの手で。



ただを抱きしめることしかできないくせに。



の涙で俺の肩が濡れた。





「誕生日、祝ってくれるんだろう?」


「っ・・・・・うん!!」





は笑った。



俺は学校帰りに必ず病院によっては



と一緒にいた。



は笑った。



シェークスピアを閉じて。













「24日の夜?ってか今日!」


「夜ね。11:50くらいに病院の前庭。10分くらいならいいって看護師さんが。」


「10分って・・・・」


「ごめんね、赤也。本当はあたしから赤也のとこに行くべきなんだけど・・・・結局病院の敷地内だし。」


「・・・どこでもいいって言ったろ?」


「・・・・赤也の生まれた日になるときに一緒にいれたらいいなって、前から思ってたんだよ?」










合わせた唇。



笑いあう俺と



の病室は白い。



の笑顔はその白によく映えた。



俺は



その白に消えてしまいそうで、



いつも怖かった。



俺の誕生日になる10分前の秋の暗闇にさえ



は消えてしまう気がして。





。寒くねえ?」


「うん。平気。」


「・・・・・・・(本当に、平気なのか?)」





が看護士から借りたという腕時計をちらちらと気にする。



その腕が以前よりずっと細くなっていたことに驚く俺がいた。



表面上は何も変わっていないと思っていた。



の死を宣告されても



は俺に笑ってくれたから。



病院の前庭に置かれたベンチに座る俺たち。



秋の、夜の帳の中。





「・・・・・・・・」


?」


「・・・・早く・・・・赤也の誕生日になれば・・いいのに・・ね」


「(!)」





が俺の肩に頭を預ける。



の顔を覗き込めばは笑うが



その顔色は蒼白。





っ・・・何が平気だよ!!歩けるか?!」


「・・・無理」


「待ってろ!今誰か呼んでっ・・・・・」


「ううん。ダメ。赤也。」





立ち上がった俺の服のすそをがひっぱった。



振り返ってみたは唇をかみ締め、



涙目。



震えた手が俺を止める。





「あたしまだ・・・言ってなっ・・・・・」


「っ・・・・・・・」





この手には温もり。



どうでもいいことに限って一生懸命になるお前。



その姿が、好きで。



本当はいつだって、こうやって抱きしめてやりたかった。



ベンチの上。



抱きしめるの腕にある時計の針が、11:57を示す。





「ごめんね赤也・・・・あたし病院からでれなかったからプレゼント何も・・・・」


「いらねえよ!っ・・もうっ・・・もらってる。たくさん・・・・・」


「ねえ赤也。大好き」


「俺もだ・・・俺だってが好きだよ・・・・・・」


「よかった・・・・・・」





が弱弱しく笑うと



時計をつけている腕を持ち上げる。






「両想いだね、赤也。」


「(!!)」






あの時の



あの言葉。



初めて告げた想い。



同じだった気持ち。

























「ハッピー・・・バースディ・・・赤也」




























時計の針が0:00をさす。



たった今、9月25日。



が一番初めにくれたおめでとう。



を力いっぱい抱きしめる。



誰か呼びに行かなくてはならないのに、動けない。












「赤也・・・・・」








俺が側にいることを望んでくれるから。



弱弱しいその手で俺の背中に手を回して、



精一杯抱きしめ返そうとしてくれるから。






「・・・あたしに会ってくれてありがとう。・・・生まれてきてくれてありがとう」


「・・・・礼を言うなら俺がにだろ?」


「ううん・・・・。だってありがとう。」


っ・・・・・」






助けてと言ってくれ。



この手を離してくれ。



俺の足を動かせ。






「いいんだよ。赤也。」


「え?」


「悲劇は悲劇のまま。綺麗になんかなれない」






抱きしめる体を離す。



うつむくの顔を覗き込む。






っ・・・・・」


「でもあたしはよかった。・・・赤也に会えてよかった。好きになってよかった。好きになったのが赤也でよかった。」






その瞳いっぱいに涙をためて



は俺に笑う。



よかったと笑う。














「よかったっ・・・・・生まれてきて」












蒼白の顔色。



死なせない。



死なせてたまるか。



助けるんだ。





「嫌だっ・・・・行かないで赤也・・・・。」


!ダメだ!誰か呼んでこないとっ・・・・」


「今日で最後なの!」


「・・・・・・・?・・・・」


「あたし。遅くても早くても今日消えてしまう。自分でわかる。だったら最後に赤也と2人だけでいたい」


「・・・・っ・・・・」


「変だね・・・今日は赤也の誕生日なのに。・・・・あたしがわがままだ・・・・」





なんで。



怖いって言ったじゃねえか。



怖いって。



の頬に伝う涙。



・ ・・・・・ああ、怖いのは









死ではなく別れ。









「赤也・・・赤也泣かないで・・・・」


「なんでっ・・・なんでが・・・・」


「・・・誕生日は笑わなくっちゃ。たくさんの人が赤也が生まれてきてくれたことに感謝してる日なんだから・・・・」







秋の、夜の帳の中。



お互いの涙を拭いあう。



唇を合わせる。



が繰り返す。



‘ありがとう’と繰り返す。



どうしてなんだと何度も問いた。



帰してくれと何度も頼んだ。



その名前を何度も呼んだ。



もう一度脈打ってくれと何度も嘆いた。

















































































































































































俺の生まれた日。俺の好きな奴が死んだ。


















































































































































































































































































































秋の風が寒い。



寒い、寒い、寒い。



体が思ったように動かなくて。



意識はぼやけるばかり。



別に、それでよかった。



何もやる気が起きなくて。



ただ息をしていることすらわずらわしい。



別に、それでよかった。



空が晴れ渡る、ここは屋上。







「・・・やあ、赤也。部活の調子はどうだい?」


「・・・・・・・・・・・幸村部長」


「今は赤也が部長だろ?」







仰向けに寝そべる俺に影を作った人。



俺は目を腕で覆う。



が死んだことはきっと学校中が知ってる。



一生徒の死でも噂はすぐに広まるだろうし、



何よりクラスの担任がクラスメイトにの死を知らせていた。



幸村先輩も例外じゃないはずだ。






「何しに来たんすか。今授業中っすよ?」


「俺にそんなこと言うなんていい度胸だね。」


「・・・・・・俺に用事?」


「今日は誕生日だろ?お祝いをと思ってね」






秋の風が寒い。



寒い、寒い、寒い。



体が思ったように動かなくて。



意識はぼやけるばかり。



別に、それでよかった。



何もやる気が起きなくて。



ただ息をしていることすらわずらわしい。



別に、それでよかった。





「・・・・・」


「誕生日おめでとう赤也。プレゼントに部活に顔を出そうと思っているんだが?」


「・・・・別にいいっすけど。俺の誕生日プレゼント抜きで来てください」


「なぜ?」


「祝ってくれなくていいっす。」





俺は上半身を起こしてあぐらをかく。



俺の前に立っている幸村部長を見据えて



笑って言った。












「めでたくなんかない」










秋の風が寒い。



寒い、寒い、寒い。



が死んだ日なんてそんなものいらない。



めでたいわけがない。



おめでとうもありがとうもいらない。







「・・・赤也」


「・・・何も聞きたくないです」


「いや、赤也。後ろ」







いらねえよ、誕生日なんか。



が死んだ日なんか。



そんなものいらない。










「「「「「「あーかや!!」」」」」」


「痛っ・・・・!!」









どさどさと俺の頭の上に落ちてきた紙包みや箱。



後ろを振り向くと



そこには元レギュラーの先輩達。





「なっ・・・・・・」


「赤也。お前今笑える顔してるぜぃ?」


「本当、どうしようもない面じゃのう」


「仁王くん。ちょっときつい言い方ではないですか?」


「比呂士。ほっといていいと思う。」


「柳生。ジャッカルの言うとおりだ。全員が赤也がひどい顔をしていると思う確率99%」


「99%だと?赤也、たるんどる。」





・ ・・なんで。










「・・・あたしに会ってくれてありがとう。・・・生まれてきてくれてありがとう」










なんで?



先輩達、知ってるんでしょう?



めでたくなんかない。



感謝なんかできない。





「赤也!俺たちからの誕生日プレゼントだぜぃ!大事に扱えよ」


「丸井。そう言いながら俺たち全員のプレゼントを赤也の頭に落下させてのは誰だい?」


「うをっ幸村!そんなとこにいたのかよ!」


「切原くん。誕生日におめでとうございます。」


「ちゃっかり言ってるな、比呂士。」





がいないんだ。
















「誕生日は笑わなくっちゃ。たくさんの人が赤也が生まれてきてくれたことに感謝してる日なんだから」













笑えるか。



笑えるもんか。





「・・・っ・・・・・・」





祝ってくれなくたっていいんだ。



が、いてくれれば。



よかったを繰り返す



ありがとうを繰り返す



どうしてなんだと何度も問いた。



帰してくれと何度も頼んだ。



その名前を何度も呼んだ。



もう一度脈打ってくれと何度も嘆いた。



ああ、なんで



泣きながら笑うのは難しい。






「っ・・・・ありがとうございますっ・・・・・・」





ああ、なんで。



感謝なんかできない日よ。



俺からを引き離した日よ。











「・・・・ありがとう・・・・・・・・・・・・・・・ありがとっ・・・・・・」










ありがとう。



に会わせてくれて。





「赤也。誕生日おめでとう」





幸村部長の、声。



難しい。



泣きながら笑うのは難しい。



でも



誕生日は笑わなくてはならないと



教えてくれたから。



今できる精一杯の笑みで。





「ありがとう、赤也。」





に、どうか届くよう。





































































































































































































































































































ありがとうを ありがとう。











































End.