うずまいて、強風。







それはつむじ風と呼ばれるもののように、







その日の氷帝に吹き渡った。














「信じらんない!!バカ景吾!!」




「あん?うるせぇんだよ。黙ってろ。」




「っ・・・・もうっ・・・あったまきたっ!!」













































『つむじ風』











































春の始まりを考えろ。



何かに別れを告げるもの。



何かに新たに出会うもの。



では、どちらでもないものに、春は何があると思う。



答えは至極簡単だ。



何かに別れを告げるもの。



何かに新たに出会うもの。



どちらでもないものは、どちらのものにも祝杯をあげる。



おめでとうを繰り返し、そして祝う。



去り行く別れを、新たな出会いを。



俺はそのどちらでもないものの先頭だった。



生徒会長として、卒業していく3年を送るイベント。



そして今度は新入生を迎えるイベント。



入学式。



オリエンテーション。



新入生と在校生の対面式。



新たな生徒会役員の面々。



さらにはテニス部部長で、新入部員についてのもろもろ。



・ ・・簡潔に言う。



俺は忙しいんだよ。








「どうしていつもそうなの?」







なのにこいつときたら。









「・・・。文句しかないんだったらここから出てけ。」


「・・・・ふざけないで。約束してきたのはそっちでしょ?!」


「・・・忘れてたんだよ。」


「だったら言うことがあるじゃない!!」








ちょっとした授業の合間の休み時間。生徒会室。



時間があれば俺はここで書類の確認。



もうすでに準備を終えたもの。



これから準備に追われるもの、様々だ。



必要があれば生徒会役員を呼んで細かな打ち合わせをする。



最近はその繰り返しだった。



今は俺との二人しかいない、そう思っていたんだが。



どうやら、さっきからの異様で険悪な雰囲気と



生徒会室から聞こえるのソプラノの怒鳴り声によって、



生徒会室の周りに変なギャラリーができ始めていた。






「おい、・・・」


「これで何度目?景吾が約束やぶったの。」


「だから俺は忙しいんだよ。お前だってわからねぇわけじゃねぇだろ?」


「わかってるよ!だけどここに来て昨日の約束の確認したら景吾、さっきなんて言った?!」


「・・・・・・・・・・・」






一緒に帰る約束をしていた。



昨日の放課後。



一緒に帰ろうと俺が誘ったが、予想以上に役員で話しあう放課後の総務会が延びてしまったため



俺は待ち合わせ場所にいけなかった。



こんなこと最近はたくさんあった。



約束をしても、それが叶わない。



どこに出かけるだの。一緒に昼を食べるだの。一緒に帰るだの。



俺だって、これでも気を使ってる。



最近忙しくて、とはなかなか一緒にいられないから、



少しでも余裕ができそうだと思えばすぐにでも約束を交わす。



・・・・・それがたまたま忙しさで叶わないだけ。



で、とくに約束が果たされなくても、



毎回俺に会いに生徒会室までやってくる。



別に何か俺に話しかけるだけでもなく、邪魔にならないように俺の隣に座ってることが多い。



だが今日は違った。



生徒会室に来て、俺の隣に座るとは俺に問いかけた。







「・・・景吾、昨日の約束覚えてた?」


「あん?」


「・・・・一緒に帰ろうって。景吾が言ってくれてこと。」






書類のミスに気付いて、急いで訂正していた俺は、



その書類に目を通したまま。



の顔を見ずに答えた。















































「・・・そんなこと言ったか?」

































































































































・ ・・・気付いたらそんなことが声になっていた。



書類に書かれた文字を追っていた目がふとを見た。



今、俺はなんて言った?



いきなり黙り込んだ



隣ではが目を見開いて俺を見ていた。



俺は。



・ ・・確か。






「・・何、それ・・・・・・。」






思い出した俺が言った言葉は、の癇に障るには十分だった。



の目が俺を睨み。



俺はそんなを見据えるが、弁解の余地はない。








「・・・・・最低だね。」


「・・・・・・・・・」


「・・・あたし、どれだけ昨日待ってたと思うの?昨日だけじゃない!その前もこの間もっ・・・・」


「・・・・・・。」


「何よ。」








春の始まりを考えろ。



時間にも仕事にも責任にも俺は追われてる。



から視線をそらして手元の書類を再び確認し始める。















「・・・悪いがあとにしてくれ。」



「(!!)なっ・・・・・・」













俺1人が仕事をしてるわけじゃない。



任せてる仕事をミスする生徒会役員がいれば、



忘れてたなんてぬかす奴もいる。



最後は俺が確認し、俺が後始末をつける。



毎日いらいらしていた。



周囲の行動の遅さ。



迫ってくるのは、追いついてくるのは時間ばかり。



今までだって文句の一つも言わなかっただったが、



いきなりの怒りに触れて、俺の普段からの苛立ちはつのるばかりだった。



これ以上険悪にならないためにも。



とりあえず今は、に落ち着けと思うばかりだ。



だが、は俺の言葉に。






「信じらんない!!バカ景吾!!」


「あん?うるせぇんだよ。黙ってろ。」


「っ・・・・もうっ・・・あったまきたっ!!」






忙しいんだよ。



苛立ちばかりがつのる。



今手にしている書類さえ、訂正が終わったばかり。



また確認しなおさなければならない。






「どうしていつもそうなの?」


「・・・。文句しかないんだったらここから出てけ。」


「・・・・ふざけないで。約束してきたのはそっちでしょ?!」


「・・・忘れてたんだよ。」


「だったら言うことがあるじゃない!!」







続く掛け合い。



の怒気のこもった張り上げるソプラノ。



生徒会室周囲に集まり始めた野次馬。



手にする書類ばかり見て。



俺はけしてを見ようとしない。



正直、この状態は耐えがたかった。







「・・・なんでいつもごめんの一言もないの?!」


「・・・・さっきからうぜぇな。」


「景吾はいつもっ・・・・」


「俺のことをテメェに知られた覚えはねぇ。」


「・・・・・・・・・・・・・・・・」


「・・・忙しいんだよ。さっさと消えろ。」







にぶつけたのは、



全てに対する苛立ち。



一度見据えたの顔から、もう一度書類に目を通す。



が黙り込み。



少しの間のあと、俺の隣の席から立ち上がった。












「・・・・もう、いいよ。」











流すだけの声。



耳にはしっかり届くのに。






































































































「バイバイ、景吾。」













































































































































































俺がやっと顔をあげたのは、その言葉のあと。



の背中が見えただけだった。



生徒会室を後にしようとするその背中は遠ざかっていく。



無意識のうちに手にしている書類を持つ手に力が入っていた。






(・・・追えよ。)






誰に言ったんだ、その想いは。



バイバイの意味は、きっと・・・・・。



生徒会室から消えたの姿。



追うことはけしてなかった。



これでいい。そう思ったから。



最近は一緒にいられる時間などなかった。



話すことも少なければ、別段特別なつながりもない。



元からそろそろ限界だった。



・ ・・いいだろう。これで終わりでも。



からのさよなら。



十分すぎる条件が揃ってる。


















「・・・・・・・・・・・・・・」

















・ ・・いいだろう。これで終わりでも。



からのさよなら。



十分すぎる条件が揃ってる。



それは、桜もまだ咲かない春の始めの



怒涛のつむじ風。





































































































































































































































「跡部くん。これなんだけど。」


「予算の変更はこれ以上ないからこのまま担当職員にだしていい。」


「跡部。ここの退場のときなんだけど、この間の話合いだと・・・・」


「いや、それは・・・・・」






めまぐるしい。



毎日がめまぐるしい。



ここ最近ずっとそうだった。



・・・簡潔に言う。



忙しいんだよ。



毎日、毎日。



時間にも仕事にも責任にも追われて。



やらなければならないことは山積みで。






「跡部ー。」


「何だ・・・・ってお前か。さっさと消えろ。」


「なんでや。放課後も部活に来れへん部長の様子を見に来てやったんやろ?」


「余計なお世話だ、忍足。」


「ははっ・・・・まっ!からかいに来ただけなんやけどな。」


「・・・・さっさと消えろ。」






昼休みの生徒会室。



今度の来客は忍足だった。



がいつも座る俺の隣の席にどかっと座り。



俺に嫌味な笑顔をむけつつ、頬杖つく。



俺はそんな忍足の視線は気にせず、まだ確認の足りない書類のチェックを始めた。














「・・・・2限のあとの休み時間すごかったんやて?」



「・・・・・・・・・・・・・」



「お前がと別れたって、学園中が噂してるわ。」












忍足のさも楽しそうな声。



俺の反応をうかがっているのだろう、いつにもまして無駄にかすれる声と



含み笑い。



俺は書類から顔をあげて忍足を見ると、



試合で見せるような余裕の笑みをくれてやる。



こいつの余興に付き合うつもりなんざさらさらない。







「・・・・で?それだけ言いに来たのか?暇人。」


「いややなぁ、からかいにきたって言ってるやん。それで?噂はホンマなん?」


「・・・・あんなにうるさい奴とは知らなくてな。」


「ふーん。がうるさいん?」








忍足の挑戦的な笑み。



それから目をそらして、俺は再び書類を見る。








「・・・そろそろ限界だったんだよ。繋がりも薄かったしな」









生徒会室から消えたの姿。



追うことはけしてなかった。



これでいい。そう思ったから。



最近は一緒にいられる時間などなかった。



話すことも少なければ、別段特別なつながりもない。



元からそろそろ限界だった。



・ ・・いいだろう。これで終わりでも。



からのさよなら。



十分すぎる条件が揃ってる。



十分だ。



あいつからさよならを告げるなら。















「ほな、俺狙ってもええ?」














瞬間忍足を一気に睨み見る俺。



忍足は肩をすくめて自嘲する。







「だからからかいに来ただけやって。」


「寝言は寝てから言え」


「なんでやねん。別れたんやろ?」


「・・・・・・・・・・・・・・」







忍足は意味ありげな笑みを残して生徒会室から出て行った。



・ ・・・・笑えるな。



寝言を言ってるのは俺だ。



そうだ。



もう終わり。















































「バイバイ、景吾。」






















































































もう、終わりだ。









































































































































































































































































































「・・・・景吾。風邪ひくよ?」


「・・・・ん・・・・」


「珍しいね。景吾もサボるんだ。」


「今・・・」


「昼休みだよ。」





夏の屋上でまぶしい太陽に目を細める。



壁にもたれて眠っていた俺は少しの汗をかき。



その隣に、が座った。








「毎日部活お疲れ様!」








毎日毎日、同じ言葉を俺にくれる。



笑顔で、暑くても寒くても変わらず俺の隣に座る。








「・・・・あちぃ。」


「校舎はいる?冷房効いてるし・・・」


「人が寄ってくるほうがあちぃ。」


「ははっ・・・人気者だもんね!」








は俺の先の言葉を気にしたのか、



そのとき隣に座っていた俺との距離をさりげなくあけた。



まぶしい日差し。上がる気温。



うずまくような強風は、熱を含んだつむじ風。






「・・・違ぇよ。」


「え?」






の手を握り、奪い去るように突然唇を重ねる。



顔を離せば赤く染まる頬。



・・・・熱いくらいでいい。















「お前は特別。」














手を握り。



唇を重ね。



熱いくらいでいい。



お前は俺の傍にいていい。



この距離などない距離。



抱きしめれば、の手が俺の背中に回る。



覚えてる。



いつだってやけに愛しく思うのは、



背中に残る小さな手のひらの温度だから。
























































































































































































































































































































































































ゆっくりと開いた瞼。



目に映るのは、蛍光灯に照らされた、白いばかりの長机。



そこは誰もいない放課後の生徒会室だった。



総務会が終わって俺は1人書類の整理のために生徒会室に残っていたが



いつの間にか眠ってしまったらしい。



いつものイス。



目の前の書類。



生徒会室の壁にかけられた時計を確認し、夜につかった窓の外を見れば



こんなにここにいたのかと。



そして、



なんて夢を見ていたのかと。








(・・・本当にうぜぇ。)







くしゃっとかきあげた前髪。



小さな溜息を一つつき。



・ ・・俺はきっと。



お前じゃなくたっていいんだよ。



お前じゃ、なくたって。



手にした書類。



追おうとする文字の列。



思い浮かぶのは、いつも抱きしめれば抱きしめ返してくれる



背中に残る手のひらの温度。



・ ・・・終わったんだろ?



終わったんだよ。



何もかも。



のさよなら。



1人の生徒会室は、とても静か。



視線はそこにあるのに。



読む気など起きない。






(・・・・嘘だろ。)






1人の生徒会室は、静かだった。



とても静かだった。



こんなこと慣れている。



そうだ。最後は俺がまとめる。始末をつける。



1人など慣れている。



いつだってそうだった。



なのに。









心が、おかしい。









一つ。



また一つ。



落ちていくのは、窓の外の夜に近い。



心が、おかしい。



・ ・・・おいおい、嘘だろ?



嘘だろ?





















































































































































寂しい、なんて。


















































































































































































































































































こんな感情は知らない。



・ ・・いつもと変わらない。



何一つ違わない。



いつも1人で全て終えてきた。



時間に仕事に責任に追われ。



追われても、すべてこなしてきた。



最後は1人だ。



なんで今更。



今更、こんな。











寂しい、なんて。










(・・・笑えるな。)









・ ・・・・・ああ、笑えるな。



思い出すのは、背中に残る手のひらの温度ばかりで。









「くくっ・・・・・・・」









違ぇよ。



いつも1人じゃない。



いつも、とくに何を言うわけでもないが、



いつも誰かこの隣にいたんだ。



この隣にいたんだ。



・ ・・・本当に笑えるな。



ウザイ奴を相手にしたもんだ。



終わりなのに、終われないなんて。












「・・・・・バカじゃねえのか、俺は。」











さみしいなんて、初めて思わされた。



こんな独りよがりの寂しさ。



・ ・・・誰だよ。



俺を寂しがりなんてものにしやがったのは。



ちくしょう。






(・・・・寂しい。)






寂しい。



お前じゃなくてもいいなんて。








































































































































































































「・・・・・・景吾。」




















































































































































































































(お前じゃなきゃ、ダメなのに。)



















聞こえた声に、顔をあげた。



見えた姿に立ち上がった。



机の上の書類がバラバラと落ちてしまったが、そんなことどうでもよかった。



かすかにうつむき、小さくなり。



かすかに瞼を伏せ、泣きそうにも見えて。









「あのっ・・・・あのね、景吾っ・・・・・」

























言葉なんか、邪魔だった。
































「けっ・・・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・」

「景吾・・・・・?」





急いで駆け寄って、急いで抱きしめる。



の驚く声がする。



かすかに震えている気がするのは、



泣きそうだからなのか。











「あのねっ・・・・景吾っ・・・あたし・・・・・」



「・・・・・・・・・・・・」



「謝ろうと思ってっ・・・・・」



「・・・・違ぇよ。」



「え・・・?」









言葉なんか邪魔だった。



抱きしめたら、して欲しいことは唯一つだ。



思い出すのではなく、実際に感じたい。



が、何も言わない俺の背中に



手を回して触れる。










「・・・・甘えてたんだ、お前に。」



「・・・景・・・ご・・・・・」



「悪かった。」









甘えてたんだ、お前に。



約束が果たされなくても、いつも隣にいてくれたから。



許してくれると思って。



いろんな苛立ちをお前だけにぶつけて。



背中に感じる小さな手のひらの温度。



・ ・・・笑えるな。



寂しいだとよ。



笑えるな。











「・・・・・ちくしょう。」



「え?」



「お前のせいだ。」



「・・・・何が?」










抱きしめていた体を離して。



悔しいから、笑うのは余裕に見えるよう。



もう一度、ただただ抱きしめるのは、お前に伝わるよう。



言葉なんか邪魔なだけだから。






「しっ・・・仕事の邪魔しちゃうね!外で待ってる!」


「・・・・・違ぇよ。」


「え?」







奪い去るように唇を重ねる。



その手のひらの温度を、背中に残したまま。














































「お前は特別。」






























































































唇を離して、口角をあげて笑い。



の手をひっぱって。



俺から離さないように隣にいさせる。



書類をひろいあげ、適当に整えると、カバンを持って生徒会室を後にする。






「いっいいの?まだ仕事あるんでしょ?」


「仕事してない奴はたくさんいるかなら。明日からそいつらを存分に使わせてもらう。」


「・・・・・・・・・・・」


「・・・・お前といたいんだよ。」


「っ・・・・・・・・」







手を繋いで外にでる。



久しぶりに2人で帰るこの道を、



うずまく強風が吹きつける。



1人よがりの寂しさに、強く強く吹き付ける。






‘俺だって、これでも気を使ってる。’






付き合ってるのに、忙しくて会えないから。



そう思ってた。



だから、余裕ができそうだったら、すぐにでも約束を交わして。



本当は。



俺ができるだけといたいから。



そう思っていた、だけだった。








うずまく強風が吹きつける。








1人よがりの寂しさに、強く強く吹き付ける。








それは、桜もまだ咲かない、















































































































































春の始めの、つむじ風。






































































end.