「見てみろぃ!!」
「すごい…ブン太よくこんなに綺麗な場所知ってたね!!」
あたしとブン太の目の前、
広がるのは海。
『海が青い理由』
春がすぎて梅雨が来て、もうすぐそこの夏。
けれど夏の始まりにはまだ届かないこの時期の海は
晴れていても少しだけ寒くて、
人の気配はなかった。
「、!!今度の日曜日、部活休みになった!!」
「ホント?休みなんて久しぶりだね!!」
「の行きたい所に行こうぜぃ。もしかしたら今年の夏はあんま遊べねえかもだし。」
幸村君が倒れて、
前以上に全国優勝を意識し始めたブン太達テニス部は
休日は一日中部活にあてた。
一緒にいられる時間は減って
休みの日なんて滅多になかった。
「あたしの行きたい所?」
「そ。どこ行きたい?」
「・・・・・・海。」
「海?」
「うん、…海がいいな。」
「!ほらカニ!!…食えんのかな。」
「食べちゃ駄目だよ、ブン太。」
あたしがお弁当を作って
ブン太がいい場所を知っているからと
電車に乗っていつものデートより少しだけ遠出
「、知ってる?」
「ん?」
「海が青く見えるのは、空の青が映ってるからなんだってよ」
「…ブン太、らしくないこと言わないで。ビックリする。」
「・・・別にいいだろぃ!」
「あははっ」
ブン太が連れて来てくれた海はとても綺麗だった。
真っ青な空が映った真っ青な海だった。
夏の始まりには届かなくても
夏のようなその景色が、あたしはうれしかった。
「そんでさー真田が殴ろうとしてきてよ」
「ブン太よけちゃったんだね。」
「とっさにな。そんで俺の真後ろにいたジャッカルにガーンって」
「桑原君ってついてない?」
ゆっくりと早く、
時間はすぎて、
あたし達はたくさんたくさん話をした。
手を繋いで
浜辺を歩いて。
今までとこれからの一緒にいられない時間を必死で埋めるかのように。
青い空が映っていた青い海は
空と一緒に赤く染まる。
公道から浜辺へ続くコンクリートの階段に
あたしとブン太は手を繋いだまま座っていた。
そんな、海を見ながら。
「、料理うまくなったよな。弁当マジうまかった。」
「練習したんだよ?頑張りました」
「大会の時、俺に弁当作って。俺自分で昼飯持ってかないから」
「うん!」
時間がすぎていくのが
名残惜しいのに
その後の沈黙さえ心地よかった。
「…日が沈んだら、帰ろっかブン太。」
ふいに、肩にかかった重み。
近くに夕日の色とは違う赤い髪。
さっきのあたしの提案に
返事はなかった。
代わりに返ってきたのは、ブン太の寝息。
あたしに寄り掛かって
ブン太は寝てしまったらしい。
(…疲れてたもんね、部活忙しいし)
ブン太の寝顔。
かわいいなんて言ったら
きっと怒るね。
怒るブン太を想像したら、
自然と顔が笑っていた。
常勝立海大。
あなたの背負った責任に
あたしはがんばってって
無責任なことしか言えないから。
この夏のお祭りも花火も
ブン太と一緒にいられなくても我慢。
でも、もしも、この先もブン太と一緒にいられるなら
15歳の夏に二人の思い出がないなんて
嫌だから。
だからあたしは、海を選んだ。
夏の始まりに届かなくても
海が青い理由をブン太が教えてくれた
それだけで、忘れられない思い出。
多忙なあなたに
多くは望まない。
でも、これだけはあなたに。
起こさないように小さな声で
「来年も一緒にこの海に来ようね」
この夏のお祭りや花火に行けなくても。
まだ夏の始まりに届かなくても。
ブン太とずっと一緒にいたいな。
「・・・来年も、その次の年も、その次の次の年も、その次の次の次の年もな」
「ブン太!?起きてたの?!」
「最初から寝たフリだっての」
ブン太はあたしの肩に寄り掛かったまま。
「二人で来ような、この海。ずっとずっと一緒に。」
「…うん」
夕日が、沈む。
「帰るか、」
立ち上がる前にブン太があたしに
キスを一つおとした。
繋いだ手はそのままで
私達は駅に向かう。
振り向けば確かにそこは、さっきまであたしとブン太がいた海。
15歳の夏に海が青い理由を
あなたが教えてくれた思い出のように
毎年少しずつ
この海で思い出が増えていけばいいなって
ねえ、ブン太。そう思ったよ。
二人の夏の思い出が。
end.