怖いんだ。
『嘘つきな君は。』
「今日の学級当番は宍戸とな。」
・ ・・・・はい?
朝。一日の学校生活のスタートを告げるSHR。
担任の発言に思わず口をあける。
(・・・忘れてた)
そういえばそうだった。
私の前の席の2人は昨日学級当番を終えたから。
私のクラスは日替わりで学級当番をまわす。
隣の席同士がペアになって前の席から順番に出番がやってくる。
今日は私と、私の隣の席の宍戸がその学級当番の日だった。
「今日は放課後仕事あるからな。宍戸は部活大変かもしれないけどできるだけやってくように」
「・・・・・はい」
隣で返事をする宍戸の声にはっとする。
・ ・・・・何も。
何も今日じゃなくていいじゃない。
座る自分の席。思わず膝の上で両手を握り締めている自分がいた。
「」
「・・・・・・・・・・・・・」
「・・・!」
「あっ!はい!」
瞬間、私が見たのは宍戸の目。
まっすぐな瞳。
交わした視線はすぐさま私から外した。
「なっ何?」
「・・・・・放課後。この教室にいろだとよ」
「え・・・・・」
「授業で使うプリントをとじろってさっき言われたろ?」
「・・・・・・・・・・・」
・ ・・・・そんな話してました?
「・・やっぱり聞いてなかったな」
「・・・やっぱりって何よ」
「・・・・別に」
あ。
(・・・・笑った。)
高鳴っていた鼓動が静かになっていく。
かちこちになっていた私の体がとけた気がした。
宍戸はいつもSHR5分前に教室へと姿を現す。
彼の登場に教室のあちこちで小さく女子が悲鳴を上げる。
あまり大きな声と高い悲鳴をあげると彼の機嫌が悪くなるのを彼女たちは知っている。
静かに私の隣の席へ腰を下ろす宍戸。
今朝のその時の私の緊張は半端じゃなかった。
「・・・おはよ」
「あっ・・・おはよ」
とても、びっくりしたんだ。
宍戸がいつもどおり「おはよう」って言ってくれたこと。
だって。
だって昨日。
「・・・おい」
「・・・・・・・・・・」
「もう先生来てるぞ」
「・・・・へ?」
視線を前へと向ければ教壇の上には国語の教師。
私の机の上には何もでていない。
黒板にはいつの間にかひしめく文字。
慌ててカバンの中からノートやら教科書なんかを取り出した。
「・・・・あの・・・宍戸?」
小さな声で話しかける。
隣の席の宍戸はうつむきながら肩を震わさせていた。
・ ・・・声にしなくても
笑われていることはばっちりわかった。
(・・・普通、なんだ。)
宍戸は。
緊張していたのは私だけだったんだ。
どうしようとか、どうしたらいいんだろうとか。
そう思っていたのは私だけだったんだ。
「・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・わりぃ・・・相変わらずおもしろいな、お前」
「宍戸ってしつれいだよね」
「・・・・悪かったって」
目が合う。
授業中、小さな会話。
本当に、隣同士じゃないと届かないほどの声で。
私が見たのは宍戸の目。
まっすぐな瞳。
交わした視線はすぐさま私から外した。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
昨日のことだった。
それは、確かに昨日のこと。
宍戸は私に
好きだと言った。
「当番今日誰だ?授業前に世界地図とりに行っておいてくれ」
休み時間に次の授業の社会科の教師が教室に顔を出した。
授業が終わったばかりでざわつきの大きかった教室で
私の隣の席の彼は無言のうちに静かに席を立ち、教師に言われたように授業で使う教材を取りにいこうとしてくれた。
「宍戸・・・私も手つだ・・・」
「いい。」
「・・・・・・・え・・」
「来るな」
その真っ直ぐな目に私を映して
宍戸は教室から姿を消す。
・ ・・・拒絶されたみたいだった。
近づくなと、一緒にはいたくないと。
(仕方、ないよね)
一度立ち上がった席にそのまま座った。
どうして今日、学級当番かな。
今日じゃなくてもいいのに。
昨日、あんなことがあったばかりなのに。
放課後。
日が落ち始めた頃。
私はいつも図書館にいる。
静かで落ち着く。
本を読むこともあるけど同じくらいぼーっとして過ごすことがある。
昨日も図書館で許されるかぎりの放課後の時間をすごした。
「「あ」」
校舎からでると偶然クラスメイトで隣の席の宍戸に会った。
テニス部の練習を終えたばかりなんだろう宍戸。
シャワーを浴びたあとの髪がまだ濡れていた。
「・・・ってなんか部活はいってたか?こんな時間に帰るってことは」
「ううん。図書館にいたんだよ」
「へえ・・・本とか読むような感じに見えねえのに」
「今日はぼーっとしてただけだけど」
「・・・・は?」
宍戸の目はまっすぐだ。
あわせる目はいつだって芯の強い、真っ直ぐな瞳。
途端に肩を震わせて笑い出す宍戸。
なぜ宍戸が笑い出したのかわからない私はただぽつんと1人取り残されたように感じる。
「・・・なんだよそれ・・・お前らしいなっ・・・ははっ・・・・」
「?」
「図書館で今までぼーっとしてだだけか?」
「たったまになら本も読むよ!」
笑われているのが私自身であることに気付いた私の必死な弁解は
彼の笑いを増幅させるだけだった。
・・・・本当は。
本当は宍戸ってよく笑うよね。
(あまり人と話すイメージじゃないから、とくに女の子と。)
だから、あまり知られていないと思うけど。
「・・・・・・・・・・1人か?」
「え?」
「送ってやるよ。一緒に帰るか?」
交わした視線は真っ直ぐ。
宍戸は私がうなずくと笑った。
見慣れた笑顔。
自分の鼓動が大きく鳴っているのに耳をふさいで。
それがなぜかなんて問うこともせず。
宍戸と一緒に歩いた。
初めて2人で帰る道。
あたしが何かすると宍戸に笑われるので、そのまま黙り込むとそれすらも笑われた。
からかうように。子供っぽい笑顔。
無邪気というか、無垢というか。
笑われてもいやじゃない。
それどころか
(・・・・・・・)
それどころか。
「・・・。」
「ん?」
「・・・・・・・・・好きな奴いるか?」
宍戸が突然足を止める。
あたしの家はもうすぐそこ。
そう告げると宍戸は真剣な目で私を見て足を止めた。
「すっ・・・好きな人?」
「・・・・・いるのか?」
「ぁっ・・・・・・え・・・・」
口ごもる私。
宍戸と一緒に足をとめ。
交わした視線。
自分の鼓動が大きく鳴っているのに耳をふさいで。
それがなぜかなんて問うこともせず。
・ ・・・怖いんだ。
(怖いんだ。)
傷つくのが。
「・・・・・いないよ。・・・そんな・・・好きな人なんか・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「しっ・・・宍戸は?テニス部だし、モテるし。・・・・かっ彼女とか!」
女の子の友達はみんな恋をしていた。
楽しそうで、頬を赤らめて恥ずかしそうにしている姿はかわいかった。
うらやましかった。
でも、恋が終わりを告げたとき。
彼女たちは泣く。
傷ついて、泣く。
楽しそうで、頬を赤らめて恥ずかしそうにしている姿はかわいかった。
それなのに。肩震わせて涙にくれるその姿は。
(・・・・とても、悲しいんだもの)
「・・・・いる」
「え?」
「・・・・俺の目の前に」
何を言われているかわからなかった。
ただ宍戸の目はまっすぐに私を映していた。
目の・・・前?
あれ?・・・・あたし宍戸になんて聞いたんだったっけ?
息が、少しあがる。
交わす視線に。真っ直ぐに見返せている自信がない。
「・・・好きなんだよ、が。」
怖かった。
終わりがあるのなら始まりなんていらない。
傷つくのが怖かった。
私もいつか泣くのかな?
心を痛めて、肩震わせて。好きだったのにと泣くのかな。
怖いんだ。
あなたの瞳はまっすぐだから。
その目にいつかまっすぐに、好きじゃないと言われる日が来てしまうのが。
自分の鼓動が大きく鳴っているのに耳をふさいで。
それがなぜかなんて問うこともせず。
「・・・嫌い」
「・・・・・」
「あたし・・・宍戸の目が、嫌い」
あたしは顔をあげることができずにうつむいていたから
その時どれだけあなたを傷つけていたかなんて知るはずもなく。
「・・・ごめんなさいっ・・・・宍戸・・・・」
あたしは嘘を吐いた。
自分に。宍戸に。
顔も合わせられずに聞いた、悪かったなという宍戸の声。
そのあと、また明日もバイバイも言えなかった宍戸が
本当はあたしと家の方向が逆だったことに。
それなのに家まで送ってくれたことに。
声もかけられない後ろ姿に気付かされた。
学級当番の仕事は主に先生たちの雑用だと私は認識してる。
授業を終えて黒板にびっしり文字を埋めたまま帰っていってしまう教師のあとに
黒板をきれいにするために教壇に上ったりとか。
「・・・・・」
黒板消しを右手にセット。
手の届く範囲ならチョークなんて痕だって残させない。
問題は
手の届かない上の方。
(跳ぶの?跳ぶの?)
ジャンプするしか手はない。
授業の合間の休み時間次は移動教室だから
クラスメイトはみんな教室からいなくなっていた。
背伸びをしてみる。それはもうバレリーナ顔負けのつま先立ち。
それでも黒板の一番上ぎりぎりまであるチョークで書かれた文字には手が届かない。
跳ぶか。ジャンプ。何回すれば消し切れるだろうか。
「・・・小せぇな」
「宍戸」
「貸せよ」
「あ。」
跳ぶ準備ばっちりのあたし。
突然教室に姿を現した宍戸は
そんなあたしの右手にセットされた黒板消しをすりととると
さっさと黒板の上の方向に残されたチョークを消してしまった。
「・・・・・・・跳ぼうと思ってたのに」
「跳ぶ?」
「ジャンプ」
黒板消しを黒板下の低位置に戻して手をはらっている宍戸。
どうして、こんなに普通なんだろう。
いつもどおりなんだろう。
なんだか、
無性にむなしくて。
私はうつむいてしまった。
「・・・・・」
「・・・・え・・・」
あ。
(・・・・笑った)
ふっと笑みを浮かべた宍戸があたしの髪に手を伸ばす。
そっと撫でてあきれたように言うんだ。
「粉まみれ。」
チョークの粉に降られ、あたしの髪には粉が乗っていた。
宍戸が笑う。
その目は真っ直ぐで。
真っ直ぐで。
あたしは恥ずかしさにぎゅっと目をつぶった。
その瞬間、あたしの髪を梳いていた宍戸の手はとまる。
「・・悪い。」
「宍戸っ・・・・」
「嫌だったよな」
あたしが見たのは宍戸の後姿。
見えたのは後姿。
宍戸が教壇から降りて教室から姿を消した。
(・・・・怖いんだ。)
傷つくのが怖いんだ。
その真っ直ぐな目にいつか、好きじゃないといわれるのが。
だから嫌いって。
そう言った。
目が合うとそらすんだ。
嫌いと言った目をそらすんだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
なのに。
宍戸が触った自分の髪に手を触れる。
嫌いと言ったのに。
私の髪をすく、宍戸の手は優しいばかり。
「・・・・・・多いな。」
「・・・・・うん」
その日の放課後。
誰もいなくなった教室には山済みのプリントが3つ。
順々に重ねてホッチキスでとじるようにとの雑用。
本日最後の学級当番の仕事。
目もあわせずに宍戸が手にプリントを取り始めたから
私も仕事をやり始めた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
話すこともなくホッチキスを綴じる音がぱちんっとたまに教室に響くだけ。
息がつまりそうだ。
宍戸は普通でも、私は普通ではいられなかった。
なんて身勝手なんだろう。
わかっているのに。すべての原因は自分じゃないか。
嘘つきな自分じゃないか。
「・・・・」
「・・・・・なっ何?」
「とじるのは後にして先にプリント全部重ねたほうが早い」
「あ。・・・・・そうか。そうだね」
宍戸が黙々と重ねていくものも自分が重ねていたものも
私はできればすぐにホッチキスでぱちん。
よくよく考えればいちいちプリントを持ったりホッチキスを持ったり
なんて効率の悪いことをしていたのかと自己嫌悪になりそうになる。
「・・・ぷっ・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「ははっ・・・・・・」
宍戸が肩を震わせて噴き出した。
私、笑われるようなことしただろうか。
効率が悪いことはしてたけど。
「あの、宍戸?」
「・・・・・なんでそんなとこで落ち込むんだよ」
「・・・・・・・・・・・・」
宍戸は笑いながら言う。
その笑顔は変わらない。
いつもどおりで。
普通で。
あたしは、普通なんかじゃいられないのに。
嘘つきな私は。
「は見てて飽きないな」
宍戸はよく笑う。
からかうように。子供っぽい笑顔。
無邪気というか、無垢というか。
笑われてもいやじゃない。
私はその笑顔を見るととてもうれしくなる。
とてもうれしくなる。
「・・・・っ・・・・・・・・・・」
「・・・・・?」
うるさく鳴る鼓動。
締め付けられた胸をとっさに押さえる。
苦しいのは胸なのか。本当にそうなのかわからないのに。
片手で口元を覆う。
顔が熱い。
「・・?どうした?」
「(・・・・・聞こえない。)」
聞こえない、聞こえない。
聞きたくない。
自分の鼓動が大きく鳴っているのに耳をふさいで。
それがなぜかなんて問うこともせず。
だって怖いんだ。怖いんだ。
「・・・宍戸。あとあたしやっておくから部活行きなよ」
「え・・・・?」
「これくらいすぐ終わらせちゃうから!だから・・・・」
「?」
顔が上げられない。
視線を合わせられない。
そんなことできない。
真っ直ぐな宍戸の目を真っ直ぐに見返すことなんてできない。
「・・・・。こっち向けよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「」
宍戸があたしの肩を掴む。
あたしを宍戸の方に向かせようとする。
怖い。
終わりがあるのなら始まりなんていらない。
その真っ直ぐな目に好きじゃないって言われたら。
私は。
・ ・・・・・・・・私は。
「・・・嫌い」
「・・・・・・・・・・・・」
「嫌い。宍戸の目。」
真っ直ぐで。
「大嫌い」
硬く固く目を閉じた。
閉じて、息があがって。
自分の肩から宍戸の手が離れていくのを知った。
「・・・・・・・悪かった。」
「・・・・・・・・」
「・・・・・」
宍戸が言葉を続けないから
あたしはゆっくり目を開けた。
うつむいていた顔をあげた。
宍戸は、
優しく笑っていた。
「これで最後にするから」
ほんの少し悲しそうで。
あたしは、逃げたくなった。
「・・・・・好きだ。お前が。」
逃げたくなった。
怖くて。
怖くて。
傷つくことよりも、宍戸がもう
私に笑わなくなってしまう気がして。
宍戸が少しずつ私から離れていく。
カバンを手にし。
教室の出口から姿を消そうとする。
(・・・・・待って)
待って。
宍戸の目は、いつも真っ直ぐだったね。
「っ・・・・・宍戸!」
見抜いてよ。
身勝手な私の自己防衛。
傷つくことが怖くて嘘吐いて。
「待って・・・・待って、宍戸。」
「・・・」
「ごめんなさいっ・・・ごめんなさいっ・・・・」
嘘つきな私は
目が合うとそらすんだ。
怖くてそらすんだ。
これ以上優しいあなたを好きなってしまわないよう。
ごめんなさい。
騙したいのに、宍戸はいつだって優しいから、笑ってくれるから。
「・・・嘘です。」
宍戸が教室で立ち尽くす私に少しずつ近づいてくる。
いまだ、顔を上げられない私に。
「・・・・嫌いなんて・・・嘘です。」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・好きっ・・・・好きですっ・・・・」
伝われ。
伝われ。
伝わってしまえ。
始まってもいないのに終わりなんて怖がるものじゃない。
ましてこの想いが怖さに負けるわけがなかったんだ。
「宍戸が、大好きです」
立ち尽くす私の手を引いて。
嘘つきな私に笑って。
好きです。大好きです。
傷つきたくない。
好きだからこそそう願う。
「・・・・」
「・・・っ・・・」
「・・・なんだ」
再び私の肩を掴んだ宍戸。
顔を上げれば宍戸の笑っている顔。その真っ直ぐな目を見つめる。
「・・・泣いてるかと思ったのに」
「なっ泣きそうだけど・・・・・」
「別に。・・・泣いてもいいぜ?」
立ち尽くす私の手をひいて。
「これが最初で最後だから」
俺が、お前を泣かせるのは。
宍戸が私の髪を静かに梳く。
優しく触れる。
宍戸が笑う。
バカだなって笑う。
宍戸が私の手をひく。
そのまま抱きしめてくれる。
私は嘘を吐く。
大嫌いだと嘘を吐く。
嘘でしか言えないことを。
「やっと。目が合ったね」
「・・・お前がそらしてたんだろ」
「・・・・ごめんなさい」
「バーカ。」
立ち尽くす私の手をひいて。
真っ直ぐな目で嘘を見抜いて。
嘘つきな私は宍戸の優しさに泣いた。
泣き終えて、目を合わせると宍戸は笑った。
バカだなと笑った。
怖かったんだ。傷つくのが。
でもそれよりももっと怖い。
この想いが伝わらないことが。
あなたがわたしに笑わなくなってしまうのが。
嘘つきな私は、本当を告げる。
「・・・嘘でよかった」
宍戸のつぶやきにひそかに心で思う。
嘘でしか言えないよ。
嫌いだなんて。
自分さえも騙しとおせない私はダメな嘘つきで。
騙しとおすつもりだったのにできなかった。
嘘をつくには、あなたは優しすぎるから。
あなたの笑顔が好きすぎるから。
end.