想わないと決めた。
考えないと決めた。
探さないと決めた。
求めないと決めた。
そんな俺の努力。
あんたは全部、無駄にするんだね。
『優しい嘘』
「ブン太ー!!」
だって、こんなの間違ってる。
「おう、。今日何?」
「お弁当の中身を聞く前にもっと気のきいた会話はないの?」
「あー・・・腹減らね?」
「・・・・減らない」
「あっ!悪かったって!すねんなよ、。」
俺の名前じゃないのに、
声がすれば振り向くなんて。
こんなの間違ってる。
「もういいですー!お弁当は赤也にあげちゃうから!!」
「は?あっこら、!!」
「ねぇ赤也ー!」
あんたを笑わせてるのは俺じゃないのに
俺の目の前で笑うから錯覚するんだ。
「じゃあブン太さん、いただきまーす!!」
「うをぃ!赤也!!」
俺が笑わせてるんだと錯覚するんだ。
「先輩、いいんすよね」
「もちろん」
「ちょっ、おい、!」
先輩は休みの日の部活に昼飯をつくってもってくる。
テニス部の練習を見に来る。
・ ・・ブン太さんを見に来る。
「嘘だよ、ブン太」
ブン太さんを見に来る。
先輩は笑う。
ブン太さんに笑う。
俺の好きな笑顔で笑う。
・ ・・・・・・わかってたんだ。
先輩がブン太さんのものだったなんて、
ずっと前からわかってた。
わかってたんだけど、
「でも赤也にも後でちゃんとあげるね!」
「・・・・あれ?先輩って料理得意でしたっけ?」
「何?その疑いのまなざし。」
「あははっ」
わかっては、いたんだけど。
そうやって俺の前で笑うから。
「赤也、丸井。練習始めるよ。」
「あっじゃあな、。」
「うん、がんばってね!ブン太」
「・・・・・・・」
「赤也もだよー?」
「・・・もちろん!」
好きに、
なっちゃったんだ。
俺のものじゃない人。
そよそよと吹く風。
ネットが静かに揺れて。
コートの周りの木がざわつく。
レギュラーの誰かがボールを打つたびにあがる歓声は耳が痛くなるほど高く。
そんなギャラリーの大勢の中の1人。
そのはずなのに、
そよそよと吹く風。
綺麗になびく髪が目立つから
どこにいても先輩がわかる。
見つけて、見てしまう。
ブン太さんを目で追う先輩を。
「赤也。次お前だろ?」
「わかってますよ、ジャッカル先輩。」
完全な一方通行。
俺がコートに立ってる時だけでも俺を見てくれないかとか。
「ほう・・・赤也。俺相手に余所見とはいい度胸だ。」
「えっ?おわっ!!真田副部長!顔面すれすれは危ないっす!!」
こんなの間違ってる。
間違ってるんだ。
たとえ一度目が合っても。
(あ。)
そんなの偶然。
だって、あんたは俺のものじゃない人。
「・・・・先輩。さっき目合いましたよね」
「ん?そうだね。赤也、真田に怒られてたね」
「そういうとこ見てないでくださいよ」
「いいじゃない。楽しそうだったし。」
諦めようと、
思ったんだ。
想わないと決めた。
考えないと決めた。
探さないと決めた。
求めないと決めた。
そんな俺の努力。
「ー!腹減った。」
「お昼休憩になったの?ブン太。」
「おう。」
「あっじゃあ、赤也もから揚げだけ食べてって」
「・・・・・本当にいいんすか?」
「もちろん!」
その笑顔が全部、無駄にする。
俺じゃない人が笑わせるその、笑顔が。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
こんなの、間違ってる。
ブン太さんと先輩は木陰に2人でいた。
俺は部室で昼を食って、
そのあとレギュラーの誰より早くボールを打ち始める。
(・・・間違ってる)
俺の打ったボールが
ネットにひっかかる。
ブン太さんが見えた。
そよそよと吹かれる風にさらわれる先輩の髪が見えた。
その笑顔が見えた。
・ ・・こんなの間違ってる。
どうやったらあの人から笑顔を奪ってしまえるだろうかなんて。
好きでいてはいけないなら
いっそ嫌えばいいと思った。
でもどうしたらいいかわからなかった。
どうしたら嫌えるかなんてわかるはずもなかった。
そよそよと吹く風。
ネットが静かに揺れて。
コートの周りの木がざわつく。
ブン太さんが見えた。
そよそよと吹かれる風にさらわれる先輩の髪が見えた。
その笑顔が見えた。
<がちゃっ>
「あっ赤也。お疲れー。」
「・・・・・他の先輩達は?ってかなんで先輩ここに」
「3年ミーティングだって。ブン太が部室の中に入ってろって言うから入っててみた。」
一日の部活の終わり。
俺は郊外を走ってクールダウン。
そして部室に戻ってきた。
そこには先にクールダウンを終えた他のレギュラーの姿はなく。
代わりに先輩がいた。
「・・・・・・・・・・・・」
「ん?何?赤也。」
「・・・・いえ、別に」
自分のロッカーを開けてタオルを取り出し
額から流れる汗を拭く。
先輩はイスに座って部室内に置いてあるトロフィーや賞状に目を向けていた。
「あっ赤也着替えるよね。出てくね」
「えっ。・・・でもブン太さんに中にいろって言われたんでしょ?」
「そうだけど、でも別に・・・。」
「いいっすよ、先輩達が着てから着替えますから。」
一度イスから立ち上がった先輩が再びイスに腰を下ろした。
汗がおさまり始めた俺。
気付くと先輩が俺を見ていて目が合った。
「・・・なんすか?」
「初めて赤也を見たときにね」
「・・・・ん?」
「生意気そうだなあと思ったの。」
今の先輩の言葉を聞いて
思わずこけそうになった俺を想像して欲しい。
先輩は笑いながら俺を見ていた。
・ ・・・かわいいなんて思っても
言えるはずもなくて。
「でも、赤也って優しいよね!」
初めて、先輩に会ったとき、
その時にはもうあんたは、
ブン太先輩のものだった。
その笑顔は、
俺じゃない人のものだった。
「なんすか、いきなり。」
「あたしに気を使ってくれてありがとうってこと。」
「・・・・・・・・」
優しくなんか、ない。
「・・・・・先輩はさ」
「ん?」
「考えたことないの?」
「何を?」
部室の床の上に俺のタオルがバサッと落ちる。
部室の中、
先輩に近づく俺。
先輩の目の前に立って、
目を合わせる。
「ブン太さん以外にあんたのこと見てる奴がいるとか」
初めて、こんなに近づいた。
思わず息を呑んでしまうほど、
俺の顔は先輩の顔に近づいていた。
「赤也?」
「・・・・・・・俺、優しくなんかない。」
「え?」
こんなの、間違ってる。
<ガタガタッ>
間違ってるんだ、こんなの。
「あ・・・・かや?」
「なんで気付かないの?」
「・・・・・・え?」
「いつも見てるのに。」
俺が組み敷く先輩。
俺はあんたを見下ろして
あんたは俺を見上げて。
イスから床に押し倒して、
その細い手首を掴む。
「・・・・・・・・・・」
「あっ赤也っ・・・冗談やめようよ!ね!!」
「・・・冗談?」
この、想いが?
「っ・・・・・・あか・・やっ・・・・・」
先輩の首に俺は顔をうずめる。
嫌いになればいいと思ったんだ。
でもどうすればいいのか、わからなくて。
どうやったらあの人から笑顔を奪ってしまえるだろうか
そんなこと考えて。
想わないと決めた。
考えないと決めた。
探さないと決めた。
求めないと決めた。
そんな俺の努力。
無駄にしてしまう
その笑顔を。
嫌えない。
嫌いになんてなれない。
好きだから。
俺のものじゃない人。
嫌えないなら
傷つけてしまえばいい。
「冗談じゃない。冗談じゃないよ」
「赤也っ・・・・」
「ね、してもいい?」
「なっ・・・・・・・」
傷つければ
きっと俺に笑わなくなるでしょ?
何も知らないくせに、
俺に笑うのはやめて。
目を合わせる先輩。
(・・・・・そうやって怖がってくれればいいんだ。)
怯えた色の目。
もう一度、先輩の首に顔をうずめて先輩の制服のボタンに手をかけた。
「っ・・・・・・・」
傷ついて。
傷ついてよ。
俺に笑わなくなってくれていい。
俺のこと好きになってくれないならそれでいい。
それでいいから
好きになってくれないならせめて
俺を忘れないで。
傷ついて、刻んで。
たとえ笑ってくれなくなっても。
「赤也っ・・・・」
「・・・・・・・・大丈夫。ミーティングって1時間くらいかかるから。」
顔をあげて先輩を見る。
手首をにぎって、その力をこめる。
先輩の唇に俺の唇を近づける。
「・・・・・・・赤也。」
「(!)・・・っ・・・・」
先輩は、
俺に、笑った。
優しく、そよそよと吹く、風みたいに。
触れる寸前の唇。
俺は躊躇して、あわせることができず。
なんで。
ダメだ。
そんな目で見るなよ。
(傷ついて)
何も知らないくせに、
笑わないで。
いつの間にか俺の先輩の手首を掴む力が弱まって。
先輩の両手が、
そっと俺の頬を包んだ。
「っ・・・・・なんでっ・・・・」
「ん?」
「なんで笑ってられるんだよ!っ・・・・俺・・・は・・・・」
「・・・・・・・・・」
「怖がれよ!・・・・・傷つけよ!・・・っ・・・・」
「・・・・赤也、それは無理よ」
その目が、
あまりに優しくて
吸い込まれそうで・・・・・。
先輩の手は、俺の頬を包んだまま。
「赤也が一番、傷ついてる顔をしてるんだもの。」
一度でいい。
俺を、愛して。
好きになって。
本当は、
いろんな願望入り混じって、
こんな、どうしようもないこと。
こんなこと忘れて。
違う、忘れないで。
忘れないで。
ここにあんたを想ってる奴がいること。
「・・・先輩・・・・・・」
「ん?」
「キス・・・してもいい?」
忘れないで。
「・・・・・・いいよ」
そんな優しい嘘、
ついてくれなくていいから。
何も知らないのは、俺のほうだった。
俺だった。
好きだと、想うばかりで。
何も知らなくて。
「・・・・・行けよ・・・・・行って、先輩。・・・・」
「・・・赤也・・・」
「ブン太さんのところ。・・・・・きっとすぐミーティング終わるから」
「でも・・・・」
「・・・行けよ・・・・・行けって・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・行け!!!」
先輩が立ち上がる。
俺が乱した制服をなおして。
躊躇しながらもゆっくりと歩き、
部室のドアを開けた。
「・・・・・・ごめんね、赤也。」
なんで。
謝るのは先輩じゃないでしょ?
先輩が部室から姿を消した。
「・・・・っ・・・・・」
泣き顔なんて、見せたくなった。
みっともなくて。
忘れて。
忘れないで。
「っ・・・・・好き・・・です・・・・先輩の・・ことが・・・」
言えばよかった。
そう言えばよかった。
こんなどうしようもないことじゃなくて
「好きです・・・・・・っ・・・・こんなに・・・・・・」
言えばよかった。
忘れて。
忘れないで。
好きになってくれないならせめて、
忘れないで。
俺があんたを好きなこと、
忘れないで。
きっと明日もあんたは笑う。
きっとあさってもあんたは笑う。
その次の日もその次の日も。
あんたは俺に
笑ってくれる。
「・・・キス・・・してもいい?」
震える声が
情けない。
「・・・・・・いいよ」
ウソツキ。
優しい、ウソツキ。
「っ・・・・・・・・」
傷ついて。
傷ついてよ。
俺に笑わなくなってくれていい。
俺のこと好きになってくれないならそれでいい。
それでいいから
好きになってくれないならせめて
俺を忘れないで。
けして届くことのない告白は、
部室の俺以外誰もいない空間に吸い込まれていった。
先輩はずっと笑ってた。
ブン太さんの隣で。
変わらずに、
「・・・おはよう、赤也。」
「・・・おはようございます、先輩」
変わらずに俺に笑ってくれた。
でも、ねえ
先輩。
痛くて仕方がないんだ。
痛くて、痛くて痛くて。
嫌いになんてなれない
俺のものじゃないあなたの
優しい嘘。
End.